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大空の黒騎士  作者: 雨晴
第一章
15/47

14 ブレイクタイム-3

 時速40キロで過ぎてゆく風景は退屈にも感じられ、それでもその光景を焼き付けてゆく。

 あの頃から、何一つ変わらないように見える。

 恐らくそれは錯覚で、営みの中、変わらないものなど無いと理解している。

 揺さぶられるがままに進んでいく。ああ、あの鉄塔はまだ在るのか。


「それでね、よーすけが―――」


 空から見ても変わらなかった風景は、ここに降りても変わらなかった。

 見たくなかった。見るべきではなかった。いっそ、一思いに消え去ってしまえばよかったのだ。この木偶も含めて。

 なんて醜い人生だ。


「ねえセンセー、聞いてる?」

「ああ、聞いているよ」


 植樹一本取っても、きっと変わらない。その光景に苛立ちさえ覚えて、視線をずらす。

 かつてを振り返るのは、勇気のいることだと思う。たら、ればは付き纏う。時間を巻き戻す技術を、人はまだ得ていない。

 過去の積み重ねで現在があるのなら、どこで間違えたのだろう。

 何もかもを捨て置いて得たものなど、何も無いのに。


 バスが揺れる。

 僅かに今までよりも揺れは収まりつつある。その場所へ辿りつつある。

 まだ新しい、舗装されて数年だろう道。まるで過去など無かったかのような。


 ああ、もう近いのだろう。15分ほどの道のりを、とても長く感じる。

 この場所だけは、記憶のどこにも整合しない。

 見てはいけない。


『次は、新興住宅地区一番街―――次、停まります』


 それでも機会音声に立ち上がれば、不思議そうな表情の教え子が居た。

 降りるよ、と声を掛ける。


「え、センセー、ここで降りるの?」

「ああ、目的地だからね」

「でも、こんなところで降りたって何も無いですよ、見物なんでしょ?」


 何も無い。的を射た響きだと思う。

 そうだ、こんなところには何も無い。もう何もかも消え去ってしまっている。

 勇気を持って振り返っても、そこに過去なんて無い。

 何も無い。

 見るものなんて。


「駅前に近い三番街と間違えていませんか?」

「いや、ここで合っている」


 ゆっくりだった風景が、より緩やかになる。笑顔の家族連れに、目を細めた。

 そこに、過去なんて無い。置いていった過去なんて、在る訳が無い。


 振り払うように停車したバスのオートドアが、ゆっくりと開いた。
























「ったくよお、いつまでも占拠しやがって」

「ただでさえ狭い駐機スペース、輸送機二機分使ってますもんね」


 忌々しそうに呟いた秋山整備主任の目線の先に、巨大な輸送機が鎮座している。

 隣に居た整備兵が首を傾げ、何なのでしょうね、と昼食のサンドウィッチを頬張った。


「二機分どころか三機分だぜ、さっさと飛んでいけばいいのによ」

「この基地に配備された訳ではないんです?」

「配備されてたら、とっくに俺らに整備要請が出てるだろうが」


 それもそうですね。言って、平らげる。



「一時待機にしたって、わざわざ西部基地に置く理由が無い」

「もう三週間ですが、音沙汰なしって変ですもんね」

「暇貰うような機じゃ無いはずだが」

「戦時真っ只中ですから、仰るとおりかと」


 ペイロード・キングの渾名通り、戦車なら6台、戦闘機だって通常作戦機ならそのまま2機は積める化け物だ。

 全軍に十機しか配備されていないそれを、わざわざ放っておく理由がわからない。


「何か降ろした形跡もありませんし、何も積んでいない可能性は?」

「いや、ギアが沈んでる」


 ほれ、と懐から双眼鏡を取り出し、整備兵に手渡す。見れば、確かに寸胴の巨体に、降着車輪が踏ん張っているのがわかる。

 おお、と傍ら。


「かなりの大物ですね、あれは」

「着陸時の音もおかしかったからな、満載かもしれん」


 三週間まえの、ギシ、と言う着陸音を思い返す。CN-552の貨室を満載に出来る積荷など、そうそう無い。

 それが此処に在る理由も、無い。

 筈だ。


「いやあ、気になりますねえ」

「確かに、いい加減気になってきたな」


 飛来したときにはニード・トゥ・ノウを貫こうとした秋山も、そろそろ限界だ。


「あれのせいで、整備ハンガー潰されてますからね」


 輸送機の駐機場が潰されたせいで、中央連絡機の二機が、整備用のハンガーを間借りしている。

 舌打ち。


「効率悪くてたまらん、何機診てると思ってやがるんだ」

「戦闘機を雨ざらしで整備なんて、やってられませんし」


 どうも、と返ってきた双眼鏡を、秋山が覗き込む。迷彩色巨体の、半分も写し出さない。


「少し、調べてやるか」


 ぼそりと、隣の整備兵にも聞こえないような小声で呟いた。





























 前を行くセンセーの歩調に合わせて、少しだけ早足になる。住宅街の中、二車線道路の歩道を静々と歩いていく。


「センセー、どこへいくんですか?」

「どこにも何も、決めていないけれど」

「じゃあ何で、こんなところで降りたんですか」


 こんなところ。新興住宅地区一番街は、大きくなりすぎた基地の人間を受け入れるニュータウン。


「本当に、何も無いところなんですよ?」

「そうだね」


 行き交う車も、ただの乗用車。軍用ジープは此処まで来ない。

 車のナンバーもこの地区のものばかり。県外からのものなんて、無い。観光スポットなんて、ある場所じゃない。

 そりゃあ、ついていくって言ったの、私だけれど。

 むー、と私の唸り声が響く。


「まだ駅前のほうが、観光するところありますよ!」

「私は観光の為にこの場所を訪れたのではないからね」

「わざわざ長期休暇使っているんですよ?」

「行く宛てもないし、構わないよ」


 その言い方は、ぴしゃりと言い切られたようで。怯んでしまう。

 あれ、怒ってる?考えて、少しばかり落ち込む。


「怒っていないから、気にしないで良い」


 切り返しに、今度は驚いた。


「うわ、人の心読むのやめて!」

「判りやすいからな、岩倉は」


 むう、そんなに判りやすいだろうか、私は。思い、センセーのことを観察してみる。口数はいつも以上に少なく、歩くスピードは一定のそれ。

 何処に行くでもないのは本当なのか、ふらふらと歩き回る相手に、疑問が生まれた。たまに、その顔があちら、こちらへ向くのは。


「もしかしてセンセー、何か、探し物ですか?」


 言えば、その背がぴたりと止まった。驚いて歩みを止めれば、ゆっくりと相手の顔がこちらへ向く。

 いつも通りの無表情。けれどどこか、何か。


「そうだね、探し物と言えば、そうかもしれない」

「わ、じゃあ手伝いますよ!」


 何となくその表情が怖いと思ったのは初めてで、少し無理をして声を張る。

 苦笑いが来た。


「前に、守りたいもの云々と、説教をしたね」

「え?」


 急に何を。言う前に、先が来た。


「岩倉空士は、この場所が爆撃されたことを知っているかな」


 脈絡の無い唐突の質問に、頭が真っ白になる。そんなことを知るはずも無く、しかし嘘を言っているようにも見えない。

 苦笑いが掻き消えた。


「事前の空襲予想からかなり間があったから、逃げることが出来た人間が多いけれど」


 ”迎撃機が取り逃した敵攻撃機四機が"。そこまで言って、一度目を閉じた。

 その先も止まって、聞きたくなくて、耳を塞ぎたい衝動に駆られる。


「私の何もかもを奪って行ったよ」

「で、でもセンセー、私、そんなこと、聞いたこと無い」

「隠蔽されたからね」


 曰く、クーデター軍に本土爆撃を許したなどと認めるわけにはいかなかったと。

 曰く、旧市街地の爆撃は、橋本学園で開発された新兵器の試験運用だったと。

 曰く、その爆撃はニュータウン建造のための宅地造成と、空襲予報の訓練のためだったと。


「そんな馬鹿なこと、皆認めるわけ無いじゃないですか!」

「身内が死なず、多額の"生活費"が支給されれば、文句を言う人間なんて居ないものだよ」


 鋭く返され、言葉を失う。


「死者、けが人はゼロ、出来上がったのは溢れていた人間を養うことの出来るニュータウン、手許には生活費、用意された豪華な新居」


 特にこのご時勢、文句を言うのは少数だったよ。言って、目を逸らされた。その先に、家族連れ。

 住宅街の中、二車線道路。小奇麗なアスファルトに、冷たさを感じる。


「それでも私は、覚えているよ」


 四機分の機影、切り離された800ポンド爆弾、着弾、崩れ落ちる建造物。

 忘れるはずが無い。そう言う相手の表情は変わらない。女の子の、楽しそうな笑い声が聞こえる。


「私の探し物はね、岩倉空士」


 眩しいものを見るように、眼が細められた。

 見たくない。そう思う。聞きたくない、そうも思う。


「もう何処を探しても、見つからないんだ」

 あけましておめでとうございます、お待たせいたしました。仕事もだいぶ余裕も出来てくるはずなんで、投稿ペース戻していきたいと思います!頑張ります!

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