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大空の黒騎士  作者: 雨晴
第一章
14/47

13 ブレイクタイム-2

「あれ、センセー?」


 敷地内の端側で見知った後姿に声を掛ければ、振り返った相手は間違いなく暁だった。

 近寄れば、いつもの軍服姿ではない。


「なんだ、校内にいたんですね!」

「ああ、特に行く宛てもなかったからね」


 言って、首を傾げた。逆光に、少しばかり眩しそうに眼を細めている。


「岩倉空士は、出掛けなかったのかな」


 小隊の面子全員が里帰りしていると思い込んでいたからか、不思議そうに尋ねる。

 途端、俯いて唸り始めた。

 どうした、と暁。その、と岩倉。


「……赤点を、取ってしまいました」

「おや、それは残念だったな」

「はい、残念です」


 それで、どの科目で?

 再びの質問に、えっと、と顔を上げる。


「現文と古文と数学と物理と歴史と外国語!」

「ふむ、全教科だね」

「違いますよ、センセー!政治学と生物は回避に成功しました!」


 なるほど、全教科ではない。

 すまなかった、そう謝罪すれば、岩倉の盛大な溜息がこぼれる。


「おかげさまで休み期間中、ずっと補習ですよ」

「これに懲りて、次回からは励んでくれるよう期待しておくよ」


 はーい、気の抜けた返事。その返事を、行き交う軍用車がかき消していく。


「それでセンセー、その格好、どこかにお出掛け?」

「ああ、街へ出向くだけだよ」


 珍しいラフなスーツルックの暁が指をさす。基地と駅前を繋ぐバスの停留所。

 今度は、岩倉が首を傾げる番だ。


「お買い物ですか?」

「いや、見物だ」


 見物?とさらに深く首が傾ぐ。


「何か気になるものでもあるんですか?」

「まあ、そうかな」


 嘘を言っているようにも見えないその表情。まあ、無表情だが。

 何だろう。思い、しばし考えてみる。確かに栄えた駅前だが、わざわざ見物になど行くような名所がある訳でもない。

 特にお祭りだとか、イベントがある訳でもない。

 気になる。


「センセー、誰かと約束してる?」

「いや、していないよ」

「何かこれ、って言う用事、ある?」

「無いね」


 その返答に、表情がぱっと明るくなった。


「私、ついて行っても良いですか!」


 はと、暁が少しだけ気付いたようなそぶり。


「いや待て、岩倉」

「じゃあ、ちょっと待っててください!」


 着替えてきますんで!

 言うが早いか、制服姿がとんでもないスピードでその場から去っていく。待て岩倉空士、その声が届くはずも無く。


 仕方なく、停留所のベンチに腰掛けた。

















 訓練生の居ない校舎は静かで、執務室も例外なく、穏やかな空気に包まれている。

 橋本学園長こと橋本中佐の手許で、幾らかの資料が行き来する。 

 北部方面隊の活動報告書。ここ数ヶ月間の交戦記録やスクランブル回数が記されたそれは、学園の執務室には似つかわしくない。


「やはり、反応が鋭いな」


 呟いた独り言は、毎日スクランブル回数を示した折れ線グラフだ。ある日を境に、極端にアラート回数が減っている。


「所詮は噂程度で、ここまで過敏に反応するならば」


 確実に、工作員が居る。その確信は口に出さず、タバコに火をつける。

 学園長としては褒められざるも、中佐の肩書きならば許される。勝手にそう思い込んでいる。吐き出した煙が、広い室内に分散していく。


 これまでこちら側の切り札であった黒騎士が失われたとあれば、敵方は意気揚々と攻め入るだろう。

 今の小康状態は、"それ"を確信したいがための、言わば空白期間だ。

 逆を言えば、それを確信できない程度の位置にしか、工作員は紛れていないのだ。


「ならば、やりようは幾らでもあるが」


 前線の工作員の操作などいくらでも出来る。それは良い。問題は、上層部の稚拙な戦略だ。もう一息、吐き出す。

 上層部は、北部の戦力を強化している。その補給線として、我々西部ではなく東部を選んだ。

 これで、東部戦力も増強される。補給線を絶たれれば、勝機は無い。

 当然悟られないような工作は実施されるとしても、前線の工作員は見抜いてくるだろう。見抜かれれば、操作の隙無く手遅れになる可能性も捨てきれない。


 西の守りが手薄過ぎる。


 それは、これまでの驕りだ。敵国の領空、領土からして、ここまで航空機や艦艇を引っ張ってくるメリットが少なかった。これまでは。

 確信できる。今攻めるなら、ここだ。北部の投入戦力を回されれば、簡単に攻略されてしまう。それくらい脆い地になってしまったと、そう言うことだ。

 上層部も馬鹿じゃない、と言いたいところだが、どうも中央のパイプ経由で伝わってくる情報では北部戦線維持が第一目標のようだ。

 戦力の移動は、当方では難儀だ。完全移行に3月はかかる。比べて敵方は、例えば航空機で言えば、敵軍主力が無人機であるが故の転戦の容易さもある。2週で事足りる。

 舌打ち。


 冗談じゃない。


 守るべきは領土であり、国民であり、北部戦線ではない。頑なに北部を守りたがるのは、ただの意地だ。"クーデター軍なんぞに一戦たりとて負けられない"、そんな下らん意地だ。

 一極集中など、馬鹿の所業だ。

 美味くないタバコを押し付けて、火種を潰す。


「だが」


 この城は、やすやすとは抜かれない。抜かさせない。西の要諦は、この場所であるべきだ。あの日から、そうだった。

 もう二度と、本土爆撃などという苦渋は御免なのだ。思い、立ち上がる。

 ただその為に、橋本はこの場所に居続けているのだから。

 














 




「おかえり、陽介」

「ただいま、母さん」


 家の匂いを懐かしく感じつつ、敷居をまたぐ。玄関に一足しかない靴に罪悪感を覚えての、母親との再会。


「あら、少し背が伸びたかしら」

「少しだけね、1センチも行かないくらい」


 そう、と切り替えしが来て、ほら、と声が掛かる。


「上がりなさい。お昼、出来ているから」

「うん」


 促されて、頭の中に浮かんだ"お邪魔します"なんて言葉を必死で飲み込んだ。

 小さな家だ。ほんの数歩で居間へとたどり着く。居間に鎮座している仏壇を向く。足を折る。

 父親の遺影に手を合わせ、元気でやっていると報告する。

 巧くやれているかは、胸中しまっておく。


「陽介、夜、何が食べたい?」

「今から昼じゃんか、食べてから考えるよ」


 苦笑いで応じて、母親を向く。小さなテーブルに座るように求められて、一息つく。


「でも久しぶりね。忙しいのね、訓練生って」

「1年ぶりかな、中々長い休みが取れないから」


 言いながら、テーブルにミートソースのスパゲティが用意される。ありがとう、と一言。

 こんなことも、一緒に暮らしていたときには言わなかった。くすぐったそうに、笑われる。

 対面に相手が来る。いただきます、と二人。


「それで、どうなの」


 最近、同期の部下に同じ質問をされた気がする。


「どうって?」

「病気も怪我も、無かったの?」

「そうだね、問題なく、毎日過ごしてるよ」

「良かった、メールだけじゃ、わからないものね」


 久方ぶりの母親の料理は文句無しに美味かった。

 学食のそれも不味くはないのだが、きっと、これが慣れた味なのだろう。


「一人暮らし、うまくいってる?」

「寮生皆と助け合ってるし、何とかやれてるかな」


 食事は学食だし。美味しい?うん、まあまあ。そんなやりとり。


「陽介、隊長さんになったのよね」

「うん、訓練小隊のだけれどね」


 何とか頑張っているよ、そう伝える。幾らかは虚勢だが、岩倉がああ言ってくれた手前、あまり自分を無碍にも出来ない。


「そう、よかった」


 呟いた表情が、心無しか嬉しそうだ。自信を持てと言ってくれた岩倉に、感謝するほかない。 


「母さんの方は、大丈夫だった?」

「私は、いつも通りよ」


 元気でやっているわ。言って、力こぶを作ってみせる。

 嘘を言っているようには見えないが、それでも疲れているようにも見えて。


「そっか」


 それでも、そう見える母を前にしてもそんな返事しか出来ない自分に苛立つ。

 笑顔のまま、首を振られる。


「私のことなんか気にしていないで、貴方の思う通りにやりなさい」


 言われた途端、鼻の奥がツンとした。突然だった。必死にその衝動を抑え付ける。

 そんなこと、自分の夫と同じ道を辿ろうとする息子に言える言葉じゃない。空の上で死んだ父親を持つ子が貰って良い言葉じゃない。

 橋本学園への入学を望んだときに、同じ言葉を掛けてくれたことを思い出した。


「でもね、たまにでもいいから、こうやって顔を見せてくれると嬉しいわ」

「―――もちろん、時間があれば、帰ってくるよ」

「そうしてね。陽介が無事でいてくれれば、それで良いから」


 言って、仏壇に視線をやる。

 少しだけ悲しそうな横顔を見て、手にしたフォークを強く握り締めた。

 眠い・・・っ!忙しい合間でしか書けないので、遅れてしまってすみません・・・次回も休息日のお話になりました。ちょっと長いですね・・・

 そしてまたお気に入り登録を頂きました・・・幸せっす・・・ご期待に沿えるよう、精進します!

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