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大空の黒騎士  作者: 雨晴
第一章
11/47

10 隅田隊長、岩倉二番機-2

 かちゃかちゃと、小気味の良いタップ音が響いていた。

 宿舎棟の共用スペースに設置された数台のパソコン。

 夜の一時、皆寝静まっている。

 黙々とレポートを打ち込む隅田の顔に少々疲れが見える。

 それでも訓練小隊とはいえ隊長の任を負う者として、責務は果たさなければならない。

 新任の教官がレポートの提出など求めないとしても、この学び舎に在る限り、これは必要なことだ。言い聞かせて、ここまで来た。

 10枚綴り、最後の一行。タン、と最後のエンターキー。


 瞬間、彼の背中からぎしりと鳴った。オフィス・チェアの背もたれが、彼の体重を支えてくれる。

 眼を閉じれば、意識を持っていかれそうになる。

 良くない。部屋で寝なければ、明日に支障が出る。

 一つ伸びをすれば、ぽきと鳴った背中。息を吐いて、立ち上がり、振り返る。


 そこにジト目の岩倉が居て、割りと驚いた。













「うお、びっくりした」

「びっくりした、じゃないよ」


 夜の一時。皆を起こさないように小声で、むっとした顔を見せ付けてやる。


「よーすけ、何時だと思ってるの」

「何時って―――ああ、すまん、起こしちゃったか?」


 そう言うことじゃない。的外れの返事に、はぁとため息が吐いて出た。


「ほら、これ」


 抱えていた片方の缶を投げつける、ナイスキャッチ。

 銘柄を見て、顔を顰めた。


「コーヒーじゃんか、俺は寝るんだよ」

「いいの、ちょっと付き合って」


 渋る彼の背中を押して、ベランダへと追い遣る。


「おい、こんな薄着で」

「いいから、いいから」


 二人でサンダルをつっかけて外に出れば、少し冷たい風にあてられた。


「むう、少し寒いね」

「だから言ったじゃんか―――まだまだ秋だと思っていたけどな」


 窓を閉めて、小声だったそれを解く。プルタブを開けて、呷る。暖かいそれが、心地よかった。


「む」


 低い声に顔を向ければ、隊長殿がプルタブと格闘している。


「不器用だなあ」

「ほっとけよ」

「ほら、こうやって、指のお腹で押さえつけるんだよ」


 機体操作の邪魔になるからと、短く揃えられた爪。もう皆は慣れたはずなのに、まだプルタブも開けられない。

 難しそうな顔をして御礼を言う彼が、少しばかり可愛らしくも思う。言えば、きっと怒るだろうから言わないけれど。


「うん、美味いな」

「美味しいよね、あったかい」

「ちょっと前まで、あんなに暑かったんだけどなあ」


 吐いた息が白い。嫌だなあ、寒いのは、好きじゃないのに。

 ふう、とお隣から聞こえてくる。ため息ではないけれど、一息吐く、のような。


「それで、どうしたんだ」


 ベランダから一直線に進んだところに滑走路がある。そこを見つめながら、静かな声で尋ねられた。

 言おうとも、思ったけれど。

 やめた。


「最近よーすけとこうやって話すことも無かったからさ、ううん、気晴らし?」

「何だ、それ」


 苦笑いよりも軽いその笑みを受け止めきれずに、ふいと視線を移す。

 滑走路の奥には駐機施設があって、夕方にやってきた大きな輸送機が鎮座している。

 何だろう、あれ。思うものの、今考えることじゃない。視線を、彼へと戻す。


「ね、よーすけ、最近どう?」

「どうって、何が?」


 尋ねれば、首を傾げて返ってきた。


「センセーのこととか、隊のこととか、よーすけのこととか、色々」

「……そうだなあ」


 もう一口呷る。見ればさっきまでの笑みは消えて、生真面目な横顔。


「暁中尉は、まだまだ謎が多いけど、それでも良い教官だと思うよ」


あの人から盗める技術は多い。そう言って、飲み干した。


「まだ20日ほどだけど、5回の演習で全部機動の色が違うって、どうかしてる」

「それ、褒めてる?」

「失敬な、褒めてるよ」


 笑顔に笑顔で返す。


「デブリーフィングでもこちらの良いところ、悪いところを的確に指摘してくれてる」

「あれで教官経験無いって、凄いね」

「橋本学長と知り合いっぽいからなあ、裏がありそうだ」


 少し考えるような顔をして、答えに辿り着けずに、あー、と唸る。


「秋山整備主任から聞いたけど、北部戦線じゃ撃墜数32機だって」

「わ、本当にエースじゃない」

「本当、どうして教官なんてやってるんだろうな」


 それが有人機のそれなのか、それとも無人機のそれなのかわからないけれど。32機は簡単に出せる数字ではない。

 そのベテランに、稽古を付けて貰えるのは、とても貴重なことだ。


「でも、変に若いな」

「まだ25歳だっけ?」

「それで中尉だから、順調な出世だな」

「私たちと、10も違わないのにね」


 どうやったらあの技術を手に入れることが出来るのだろう。

 それに。


「32機じゃ、有人機も墜としてるよね」

「まず間違いなく、墜としてるな」

「……そっか」


 私のつぶやきで、少しだけ静かになる。場を切り替えるように、よーすけが咳払い。


「暁中尉が来て下さってから、隊全体の能力は向上していると思う」

「そうなの?」


 軽い頷き。顔つきが、隊長のそれに変わる。


「吉野は、これまでちぐはぐだった攻撃、回避のウェイトを纏めて、榛原のフォローが出来るようになった」

「うん」

「榛原はそのフォローを巧く使える余裕が出来てるし、使い所も理解してると思う」


 ここ最近の、第二エレメント二機の動きを思い返してみる。確かに、そんな気がした。

 言われてからでないとそれに気付けなかった自分に、内心腹が立つ。


「荒れないよな、劣勢下でも」

「うん、良く助けてくれるしね」

「技術向上もそうだけれど、中尉は実技ありきで多く飛ばしてくれるから、ありがたいよ」

「そうだね、飛んでみなくちゃわかんないこと、多いよ」


 座学も重要だってわかっているけれど、センセーの言う通り、空戦は経験なんだと思う。


「で、お前は機動のキレが増したよな、特訓の成果か?」

「―――え」

「シミュレーターでの自習履歴、見たんだよ」


 何で見るのさと恨めば、あまり根を詰めるなと窘められる。


「無理して調子狂われても困るから」

「ご、ごめん」

「いいよ」


 会話が途切れた。お互い話すでもなく、何となく目を逸らす。月が、大きく見える。


「よーすけは」

「ん?」

「よーすけは、どうなの」


 問えば、一瞬の無言が返ってきた。どうやら自分のことはとんと判らないらしい。

 今度吐いたのは、正真正銘のため息だ。


「どうなんだろうなあ」


 言って、手すりにもたれ掛かった。見上げた先に、大きな白の月。


「俺は、まだまだ足りてないかな」


 空になったコーヒー缶が、アルミ製の手すりをカツンと鳴らす。

 ただ黙って、先を促す。


「お前たちへの指示も、空戦技術も、状況判断も、中々どうして、上手くいかない」

「それが、自己分析?」

「ああ」


 今度はこっちがため息を吐く番だ。大げさにすれば、何だよと、ジト目が来る。


「20点かな」

「何がだ」

「隊長の自己分析に対する、部下の評価得点」


 少しだけ力をこめて、ずいと彼へ向き直る。

 少しだけ後ずさるのも、気にしない。


「よーすけはさ、自分が頼られてるって自覚、ある?」

「無いよ、そんなの。頼ってもらえるような器じゃないって、自覚してる」

「私はね、正規配属されても、よーすけの下で飛びたいよ」


 言えば、少しばかり驚いた顔をされる。


「そりゃあね、皆訓練生だから、技術は正規兵に劣るだろうけど」


 火照った頬に、冷たい風がほんの少し心地よい。


「私は、よーすけが隊長で不満なんて思ったこと、一度も無いよ」


 二人だってそうだ。あの二人だって、よーすけの指示も、空戦技術も、状況判断も、受け入れてるじゃないか。


「だからさ、もう少し自信持ってて」

「あ、ああ」

「で、もう少し私たちのこと、頼って」


 こんな時間まで一人でレポート書いてないで、素直に手伝ってくれって言えばいいのに。

 もっとフォローしろって、言ってくれればいいのに。

 少し悲しいし、寂しい。


「そんなに私たち、頼りない?」

「そんなわけ無いだろ、三人とも、俺には勿体無いくらいだ」

「ほら、そういうとこ」


 自分を低く見ないで。言えば、少ししゅんとされる。ちょっと強く言いすぎたかなと反省。

 でも、言っておきたかったことだ。


「よーすけは隊長だけど、私達みんな、同期なんだから」

「ああ」

「頼りにしてるし、頼られたいって思ってるって、ちゃんと知っておいてね―――っと」


 わざと大げさに、勢いをつけてアルミの手すりから離れる。

 言いたいことは大体言えたから、もう、いいや。


「じゃあ、おやすみ、よーすけ」

「岩倉」


 踵を返したところで声を掛けられて、振り返る。生真面目な、彼の顔。


「ありがとうな」


 別に、お礼を言われるようなことしてないじゃん。当然、そんなことを言えるはずも無く。


「また明日、頑張ろうね」


 少しだけ熱い頬を携えて、ベランダを後にした。

駆け足に進みますが、留めるようなところもないので。。。この二人は、大分出来上がってる感が出せれば良いな、と。。。

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