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大空の黒騎士  作者: 雨晴
第一章
10/47

9 隅田隊長、岩倉二番機-1

「何だ、ありゃあ」


 滑走路脇のハンガーから、秋山整備主任の呟きが漏れた。

 小さな声が、大きなエンジン音に掻き消される。

 迷彩色の巨体が、ゆっくりと降り立ってくるところだ。

 目を細める。


「CN-552?何積んでやがる」


 CN-552、大型輸送機。俗称はペイロード・キング。

 中央基地との連絡便の、ゆうに数倍はある巨体が、身体を震わせて接地する。

 何事かと、整備訓練生も駆け寄ってきた。


「主任、何です、あれ!」

「わっかんねえ。特にこっちに連絡無いからな、学園側だろうが」


 あんな大物動かすだけの理由が、今この基地の正規部隊には見当たらない。


「うわ、しかもエスコート付きじゃないですか!」


 訓練生の大声に、上を見上げる。直掩機らしい極東軍の新標準機が4機、滑走路上空を旋回している。


「今日、何か訓練でもあるんですか?」

「聞いてねえなあ」


 と言うより、訓練に出てくるような機でもない。軍に10機しかない貴重な金食い虫だ。

 使いどころは限られる。


「まーた学長の差し金かね」

「何か新兵装のテストでもするんですかね」

「それも有り得るが、練習機弄りの俺らには関係の無いこった」


 ほら、早くエンジンバラすんだよ。唐突に訓練生のケツを蹴り上げる。飛び上がった訓練生が走り去るのを見て、最後にもう一度、輸送機を振り返る。

 まるで隠すように、一番端の駐機場へその巨体を預けるところだ。


「何が出てくるか、気になるところだが」


 とは言え、どうせ検閲対象なのだろう。

 わざわざ黒幕で覆わなくとも、見るなと言われれば見ませんよ。思い、背を向けた。

 さて、訓練生達の出来の悪さを指摘してやらなければ。こいつらの戦場は、この場所だからだ。
















「地点Bではこの位置で、教官機を見失ったね」


 暁中尉の指摘に、4人が頷く。


「上空4500フィート、速度400ノット、天候は良好、見失うような条件ではないけれど、何があったかわかるかな」

「教官機の右急旋回を、左急旋回と誤認しました」

「そう、フェイントだね」


 暁が、静止されたビデオ映像を巻き戻す。


「改めて見れば勘違いするはずの無い動きも、空戦下、視野の狭い状況では簡単に誤認する」


 ビデオ上でTA-7練習機が、270度のロールを打つ。


「うわー、これに騙されたと思うと、何だか癪です!」

「最初に比べれば落ち着いてきたから、そろそろ対処できる筈だよ」


 例えば。言って、今度は早送りでビデオを飛ばす。3番機の映像が、前方に行くTA-7を映している。


「この時の榛原は、吉野を左後方に従えていたけれど」


 スロー再生。このスピードで空に居られれば良いのに。隅田が思う。


「私が左へとフェイントを掛けたと同時、榛原が右、吉野が左に付いて行き先を遮った」


 4番機の映像が出る。確かに、向かって右側に榛原と暁機が在る。

 この判断は悪くない。言って、コマを進めた。


「まあ、下側がガラ空きだけれどね」


 言葉通り、そのまま背面降下していく暁機。4人分のため息が響く。


「センセー、やっぱり容赦ないなあ」

「敵機は容赦してくれないよ」

「そうなのですが、ああもあしらわれると少し、思うところはありますね」


 榛原が苦笑いを浮かべ、吉野も困った笑みを浮かべている。

 隅田だけ、真剣な表情を崩さない。

 一言たりとも、このデブリーフィングで聞き漏らしがあってはいけない。それだけ、為になる話だ。

 では、以上。その言葉で、ようやく隅田の表情から力が抜ける。


「次回の演習は3日後、0930。それまで各自、対策を練るように」

「了解しました」

「次回から回避行動も念頭に於いて行くから、覚悟するように」

「え、センセーに追い掛け回されるってこと?」


 その通り、と暁が頷き、うわー、と岩倉がうな垂れる。


「ずっとアラート響いてそう……」

「そうならないように、対策をしておくように」

「はーい」


 気の抜けそうな返事。

 途端、ばん、と机を叩いて飛び起きる岩倉に、吉野が驚いた。


「じゃ、皆で夜ご飯に行こう!」


 は?と言ったような顔が4つ。


「元気だねえ、岩倉さんは」

「まだ3時だぞ、落ち着けよ」

「そ、そうだよ、まだおやつの時間だよ」

「……たまに吉野の発言は的を射ないね」


 すまないけれど、申し訳無さそうな表情で、呟いた。


「ちょっと学長から呼ばれていてね、夕食には顔を出すから、7時でどうだろう」

「いいえセンセー、私はお腹がすきました」

「吉野と"おやつ"でも食べててくれ」


 言えば、吉野が真っ赤になる。なるほど、指摘されると恥ずかしいらしい。

 暁が立ち上がる。


「遅いようなら、先に食べていてくれて構わないよ」

「いえ中尉、お待ちしております」

「ありがとう、隅田空士」


 では、行ってくるよ。軽く手を挙げて、部屋から出て行くのを見守る。

 自動の扉が閉まって、4人取り残された。


「……じゃあマナ、おやつ、行く?」 

「もう、香奈ちゃん!」


 今日も、橋本学園は平和である。




















「で、どうかね」


 唐突の質問は、訓練小隊に対するものだろうと判断する。一瞬考え、前を向く。


「筋は、悪くないかと」

「当然だろう、このアカデミーの首席達だぞ」

「たった5回の実習で、特定状況下ながら追いすがることが出来始めた。これは、良い成果と言えるでしょう」

「そうか」


 からからと、軽い笑い声が響く。どうぞ、と暁と橋本に紅茶が出された。

 盆を手にしたメイドが一礼し、部屋を出て行く。訝しげに、暁がその後姿を追う。


「"あれ"も、この学園の一環ですか」

「士官教育に給仕は無いだろう」

「では、基地司令の趣向ですか」

「ああ―――違うぞ、そう言った意味でなく、中世的なイメージが好みなのだよ」


 どうだって良い。一口頂きつつ、考える。一息。


「それで、此度はどのような用件で?」

「ふむ、ここ数日での君の心情を聞いておこうかと思ってな」

「一刻も早く戻りたいですね」

「にべも無いな」


 学長の苦笑い。とは言え、と彼が持ち直す。


「あの4人をこのまま置いていくのも、少しばかりは」

「ほう、愛着が沸いてきたと言うところか」


 言えば、紅茶の表面を暁が見つめる。そこに居るのは、いつもの無表情だ。


「確かに、学ぶことに真摯な者達を見るのは悪い気はしませんが」


 一息で呷り、ティーカップを空ける。


「やはりこの職は、私が勤めるべきではない。そう思います」

「君でなければならないんだ」


 今度は橋本がにべも無く告げる。


「黒騎士が墜ちたという噂、これは敵軍にも瞬く間に広がったな」

「今頃北部戦線は、恐々としているでしょうね」

「では、次に我々の取るべき方策は何かね」

「……次代の黒騎士を生む気など、更々御座いませんが」


 そう言うことではない。首を振り、否定を入れる。


「地力の底上げだよ、中尉」

「お言葉ですが中佐、4人の地力など上げたとしても」

「本当に判っていないな、君は」


 橋本も紅茶を飲みきり、カランとカップと受け皿が鳴る。


「幸い、君の居た北部も小康状態だからね、少し今の状況を見つめなおすと良い」

「相変わらず、仰る意味が判りません」

「相手が黒騎士の威光を恐れて攻めきれないのか、或いは建て直しに動いているのかは知らないが」


 良い機会だろう。言われても、暁の表情は険しくなるだけだ。


「幸か不幸か、黒騎士の墜落は敵に考える手間を与えている」

「状況の精査、まだ事実確認に追われているようですからね」


 そうだ。一つ頷く。

 カップを手に取るが、もう飲み干していた。手の中で茶器を遊ばせる。


「と言っても、こちらは攻め時とは言えない」

「上の判断では、防戦のようですからね」

「いつまで膠着するか知らないが、私の読みでは年は明かすと考えている」

「甘い読みですね」

「そうかな、それだけ敵にとっては脅威なのだよ、黒騎士隊は」


 "墜ちたのはブラフである"、その可能性を捨てきれない今、悪戯に兵を動かせない。大規模な動きを見せて、それが罠ならば。

 暁が、首を振って否定する。


「考えすぎでしょう、いくら化物と呼ばれようと、所詮一小隊、4機です」

「脅威と呼ばれるには、相応の理由が在るのだがね―――話が逸れたか」


 一息。手許の茶器を今度こそ受け皿へ戻し、両手を組む。


「まあ、君にとっても、或いは北部方面隊にとっても、充電期間と言ったところだよ、今は」

「また、休息云々の話ですか」

「そんな顔をするな、中尉」


 指摘しても、険しい顔は戻らない。ため息を吐く。


「あの4人に愛着が少しでも沸いたなら、もう少し付き合ってみたまえ―――おや」

「CN-552、ですね」

「ふむ、わかるのかね」


 橋本の声を飲み込んで、独特の6発エンジン音が執務室を包んだ。 

9本目、タイトルの隅田君と岩倉さんは次回ですね。ほぼ書きあがってるので、すぐお持ちします。。。

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