Ⅰシンライカンケイ【Guild】
Stage1開始。Stage0とは約一ヶ月の間があります。
――5/4_16:45―――
ここは四車線道路の交差点。【RAID TIME】では人が建物内へと移動するため、車は一台も走行していない。
「ねぇ?! あと何分?!」
栗色のロングヘアーを俊敏な動きと一緒になびかせながら、一人の少女が【魔性の大蛇】の胴体を真二つに切り裂く。
しかし【魔性の大蛇】は二つに切り裂かれた後も、尻尾の部分が動かなくなっただけだった。
頭が繋がったほうはまだ獲物に噛み付こうと必死である。
だが、それもあっけなく切り裂かれることとなる。
「【花吹雪】!」
『Reality Cyber Space』における【PSI】の発動。
彼女の持つ片手剣【武器】である【花鳥風月】が炎をまとう。その炎は風で花が舞い散るがごとく、たちまち炎の花が渦を巻く。
【PSI】の発動と同時に【花鳥風月】を後ろへ引き、足で地面をスピンさせると体もそれと同じ動きをする。
そして腰を回した反動も加え、【魔性の大蛇】の噛み付こうと牙をむき出しにした口を、開いているまま二枚おろしにしてしまう。
「げっ?!」
【魔性の大蛇】は最後の悪あがきとも言うべきか、切り裂かれた瞬間周囲に毒を撒き散らす。
すぐ近距離にいる少女はまともに浴びてしまうかのように思われたが『水の膜』が覆っていることで直撃はしない。
「うわっ、やっぱりきもい!」
「ちょっと楓ちゃん?! 何をやっているんですか! 一応私の【母の温もり】が発動しているからといってあまり無茶は……」
清楚で見るからに優しいオーラを発している女性は、槍で近寄ってくるモンスターに応戦しつつ、【花鳥風月】で【魔性の大蛇】を切り裂いた少女―――深沢楓に、自分の娘のように注意を促そうとした。
だが楓のほうは「そんなもの気にするか!」という感じで、また別のモンスターに立ち向かっていく。
「紗綾さん、大丈夫よ! 私を誰だと思っているの? さあ! モンスターどもかかってこいっ!」
先ほど楓に注意を促そうとも失敗した女性は堀江紗綾。【魔性の大蛇】の毒を楓が浴びることがなかったのは、彼女の【母の温もり】のおかげだ。そのスキルは、毒などの異常状態に陥るような効果を弱めることができる。
【魔性の大蛇】程度ならば【母の温もり】の効果を上回って毒の影響を受ける可能性は低い。
だが影響を受けないわけでもないので、多少警戒すべきなのだが。
《あと十五分や》
今度は直接ではなく、皆が腕に取り付けている白い装置―――【デバイス】から関西弁混じりの声が聞こえてきた。
【デバイス】はあらかじめ設定しておけば、プレイヤー同士間で通信機能を果たす。【デバイス】の側部に取り付けられたスイッチを押したまま話すと、その声が設定しておいたプレイヤーの【デバイス】から音声が発せられる、という仕組みだ。
「十五分ね。まだまだいける!」
楓は次に【暴食な狗】を三連続切りで消滅させる。
「楓! 今、何体倒した?!」
数メートル離れたところで同じようにモンスターを切り伏せている池永晃輝が両手剣でモンスターを粉砕する。
彼は楓と競い合うようにモンスターを倒し続けている。
「はぁ? そんなのいちいち数えてるわけないじゃん! でもまだまだ足りん!」
晃輝は張り合っているつもりなのだが、対して楓は競い合うというより、目の前のモンスターを倒していくことに夢中だ。
敵はまだまだいくらでもいる。
【RAID TIME】は街がモンスターで埋め尽くされる時間。どこに行こうとモンスターとの遭遇は避けられない。
だが彼らは避ける必要などない。倒して倒しつくすのだ。
「おっさんも負けてらんねぇなあぁ! 【大地の怒り】!」
一際でかい雄叫びを上げた大男が、自身の体ほどある巨大なハンマー、【巨人の鉄槌】を豪快に横振りする。
彼に襲い掛かろうとしていたモンスターの群れをまとめて吹き飛ばす。
絶大な破壊力により一撃で消滅してしまうモンスターもいる。
「おっさん、こえーよ」
「おっさんやるねー」
楓と晃輝から『おっさん』の愛称で呼ばれる大男は、竹之内武蔵である。
名からして強そうな彼は、ギルドリーダーだ。
ギルド『不断の輪』。
『Reality Cyber Space』においてギルド制度が存在する。定員があり、最大は七人で構成される。
ギルドの利点として主なものをあげれば。
一つ。ギルド内でのお互いのダメージが発生しない。
二つ。【結晶】によって換算される、この『Reality Cyber Space』から現実世界へと帰還するための【RP(Return Point)】を、ギルド内で等分することができる。
そして、ギルドの直接的な効果としてはこの二つだが、プレイヤーたちにとってはもうひとつ良い点がある。
それはこの略奪、裏切り、そして――――――『PK』が可能な『Reality Cyber Space』において、互いの信用を得ることができる点。
『Reality Cyber Space』に強制転移させられたプレイヤーは、【RP】を最大値まで蓄積すればここから出ることができる。
その【RP】獲得には【結晶】というアイテムが必須となる。これは主に上級モンスターからドロップしやすい。
プレイヤーは『Reality Cyber Space』から出るために死に物狂いで得ようとする。そこでプレイヤーの奪い合いが発生してしまう。
全員が略奪、裏切り、『PK』などの非人道的行為に及ぶわけではない。
しかし、少なからず自然と出てきてしまうのだ。
己が欲のために。
この『Reality Cyber Space』に仕組まれたシステムのように。
そのようなことが多発すれば、プレイヤー同士の信用というものの崩壊を招く。
そこで絶大な効果を発揮するのが『ギルド』。
このようなシステムがあればプレイヤーはお互い信用することができるというわけである。
その中の一つが、ギルドリーダーこと武蔵が率いる『不断の輪』なのである。
竹之内武蔵、深沢楓、池永晃輝、堀江紗綾の四人が『不断の輪』の前衛を務めている。彼らは皆、近接武器を使用するアタッカーである。
「よっしゃ! 俺もどんどんぶっ倒す! おりゃぁああああ!」
晃輝は両手剣で大降りかつ斬新に切っていく。
「さっきからザコしかいないんじゃないの! まだ『K級』は見つからないの? あの『新入り』はなにやってんのよ!」
楓は今ここから離れて上級モンスターを探している人の愚痴を言う。
【RAID TIME】で街に溢れかえるモンスターの中には下級、中級、上級モンスターが混ざっている。上級モンスターは倒した際に必ず【結晶】をドロップする。
だからプレイヤーたちはこれを目当てにして毎度戦っている。
不機嫌そうな楓を見て武蔵は【デバイス】の通信機能を使って、捜索に行かせている人に尋ねる
《どうだ? そっちで何か見つかったか? そろそろ楓のストレスが爆発しそうなんだ……》
頭を悩ませた武蔵にすぐ返事がきた。
朗報である。
《はい、見つけました。【魔性の大蛇】の『K級』です。他のプレイヤーはまだ来ていません。そこの交差点から西へ進み、一つ目の交差点を左折すればわかるはずです》
「ようやく見つけたのね! 私が行くまで勝手に倒さないでよ!」
【デバイス】を通じて相手に言い放った後、楓は一人でその『K級』がいる所へ向かおうとする。
「おい! 勝手に行くな!」
「じゃあついて来て!」
ギルドリーダーである武蔵が単独で行動しようとする楓を引きとめようとするが、さっさと先に行ってしまった。
モンスターは簡単に三段階に分けることができる。その見分け方がモンスター名の後ろについている『K』、『Q』、『J』の記号。意味はトランプの絵札と同じように『King』『Queen』『Jack』である。
『J級』はほとんどのモンスターを占めている低級。
『Q級』は『J級』が百体につき一体ほどの頻度で出現する中級モンスター。もちろん『J級』より強い。
『K級』は【RAID TIME】でも数体しか現れない希少な上級モンスター。【RAID TIME】で現れるモンスターの中で最も強い。
「あの子はほんとに変わりませんね」
ギルド内で補助と回復を務めることのできる唯一のプレイヤーの紗綾が、槍を携えながら武蔵の元へと近づく。
「まあ、あれはあれでいいんだがな。この逃げ場のない『RCS』では気落ちした時点で、そいつは退場だ」
『RCS』とは、この一ヶ月間でプレイヤーの間に広まった『Reality Cyber Space』の略称である。
紗綾と武蔵のいる所へ晃輝もやってくる。
「おっさん! 俺たちも早く行こうぜ!」
「ああそうだな。おーい! 千世! 凛夏! 俺たちもここを離れるぞ、って聞こえないか……」
日向千世。
椎名凛夏。
彼女らは『不断の輪』の後衛を務めているメンバーだ。
交差点では四方向から敵が寄ってくるので、前衛四人が戦っている間に後ろからモンスターが近づいてくるのをせき止める必要がある。
凛夏は銃を取り扱えるプレイヤー。
『VRMMO』のタイトルでは、ファンタジーのジャンルが多いせいで銃を得意としているプレイヤーの割合が低い。
この『Reality Cyber Space』では、魔法が存在しておらず、【PSI】にも遠距離攻撃を行えるものが少ないため、後衛で戦えるのは銃を使える者に限られる。
そして凛夏は機関銃の扱いに長けている。機関銃とは通称『マシンガン』とも呼ばれる。
『Reality Cyber Space』内で、銃の中でも威力の大きい連射可能な銃となっている。また短所もちゃんとある。銃は遠距離からの攻撃が可能なため、ゲームバランスを取るために近接武器よりもモンスターへのダメージは低い。さらに機関銃は持ちながら移動というのができないために、近くでモンスターに囲まれると窮地に落とされる。
そこでサポートが必要になる。
その役割が千世だ。
彼女はギルド内で最大の防御力を誇っている盾と剣の使い手。
千世がいることで凛夏は安心して銃機関銃を撃ち続けることができるのだ。
《聞こえるか? 楓が先に行っちまった。俺たちも楓の後を追う》
重機関銃の発砲音はすさまじく大きい。だから通信機を通してでないと彼女に声は伝わらなかった。
《了解や。うちらもそっち行く。千世ももういいわ。引き上げるで》
《わかったよ、凛夏ちゃん》
矮躯な割には大きな盾と剣を持つ千世が、てくてくと小動物を思わせるような仕草をしながら小走りで退却する。
凛夏も重機関銃をアイテムウィンドウにしまってから武蔵たちの元へと急ぐ。
彼女らも揃ったところでまた通信が入る。
《武蔵さん。楓が一人で『K級』に挑むとか無謀なことしそうなので早く来てください》
《ん、わかったよ。捜索ご苦労さん》
「さあ、行くぞ!」
武蔵が【巨人の鉄槌】を肩に乗せて、先頭を走り出す。
そして、この場にいなかったもう一人の『新しいメンバーの名』を叫ぶ。
「十伍の元へ!」




