Ⅲトラワレノミ【Can't Log Out】
―――4/10_10:45―――
「今度は何が起こってんだ?!」
十伍はまたも目の前の光景に驚いていた。
少女の方も少し驚いていることが顔に出ている。
彼らが目の前にしている光景。
先ほど都会のど真ん中で大量発生したモンスターの群れが一斉に出現した時と同じように光のエフェクトを放ち始めたのだ。
そして次々とモンスターは姿を消していく。
また変化は彼らの体にも起こった。
「次はなんだ?!」
【強化】を使った際に発した白い光の膜が点滅すると消えた。つまりそのスキルの効力が切れたことを意味している。
また彼らが持っていた【剣】が強制的に装備が解除されて、アイテムウィンドウに戻ってしまった。
唐突過ぎることなのに少女のほうは十伍よりかなり冷静だった。
「そういうことなのね……」
十伍は隣に立っている少女の方を見た。
「何かわかったのか?」
尋ねると、少女は自身の腕に取り付けられている時計のついたアイテムウィンドウを出すために使った白い装置を指差す。
「?」
十伍もそれを見ると。
〔【RAID TIME】終了 これから6時間以内に次の【RAID TIME】は発生しません〕
「なーなー?」
「なによ?」
「この【RAID TIME】ってどういう意味なんだ?」
十伍はずっと気になっていたこの言葉の意味を知っていそうな少女に尋ねることにした。
「そうね。簡単に言ってしまえば、『襲撃時』になる……つまりはさっきのは『モンスターによる襲撃』ということで捉えていいんじゃないかしら?」
モンスターの襲撃。
いきなり現れたかと思うと、またいきなり姿を消す。
全てのモンスターがまとめて。
「それでさっき話しそびれたことの続きを話していい?」
今度は少女の方から十伍に話しかける。
周囲は【RAID TIME】が終了したことでまた人が建物から出てきて、すぐ元通りの街となっていた。
「デスゲームってやつか?」
「そう」
デスゲームとは、すなわち死のゲーム。命を賭けた危険なものだ。
「そんな一昔前の創作モノじゃあるまいし……。そんなことが起こりうるのか? だって『DREAM』には安全装置がしっかり付いてるし、危険性はほとんどなくなっているはずだろ?」
今から数年前のことだ。
この『VR技術』が完成する前に、それを取り上げた小説やら漫画やらアニメが流行りだした時があった。その時に多く取り上げられた内容で、『ログアウト不可能』とか『デスゲーム』というものが多かった。
だから、『VRMMO』が完成してしまった今、そのような事態が起きれば一大事なことはずいぶん前からわかっていた。だから国の法律で様々な基準が設けられて、ようやくそれをクリアした『DREAM』が人々の手元へと流れたのである。
だから、本当に『ログアウト不可能』や『デスゲーム』なんて作れる奴なんていない。というのが一般常識だ。誰かに「これは実在したんだ!」など話せば馬鹿にされるだけ。
それなのに少女は何故かそのことを執拗に取り出してくる。
「そりゃ私だってそんなものあるとは思わなかったわよ。この世界にさえ連れて来られなければね」
少女はこの街の高くそびえ立つ建物の頂点を見上げる。
十伍も彼女と同じほうをみた。
「このゲーム……よくできてるわよね」
「ああ、俺は今まで何十と見てきたけどこれはなんか次元の違うシロモノだ」
プレイヤーを圧巻するほどの作り。
誰がこんなものを作ったのか?
十伍は不思議に思う。
「でもね」
少女は言う。
「だからこそ危険なのよ」
少女は見上げるのを止めて十伍のほうを向く。
「これを見て」
白い装置のスイッチを押してウィンドウを開く。それを十伍にも見えるように、彼に近づいて見せた。
十伍は人に触れようとした時には感じることのできなかった人の感触を得る。プレイヤー同士は普通に接触できるようだ。
相手が女の子だからか、異様に当たった肩から腕までの感触がやわらかい。
「ねぇ? ちゃんと見てるの?」
「あ、スマン。ぼけっとしてた」
十伍はしっかりと少女のウィンドウを見た。
〔白樺 紅葉〕
ウインドウの中で一番大きく書かれている文字。
「しらかば……こうよう? 君の名前?」
「上は合ってるけど下は違う。『もみじ』、『しらかばもみじ』。私の名前。『本名』よ」
「へぇー」
紅葉。
いい名前だな、と十伍はただそんなことしか思わなかった。
もっと重要なことがあるはずなのに。
「……アナタそれだけなの?」
「え? ああ、かわいい名前だな――――――」
そう言った瞬間に世界の天と地が入れ替わる。
十伍はいつの間にかコンクリートの地面に叩きつけられていた。
「なに……を……すん、だ、よ……」
「アンタが真面目に答えないからよっ!」
茜音が背負い投げを十伍にかけたのだった。
「いやだって、ホントにかわいい名前だな、って思ったからさ」
「ま、まぁ、その……かわいい……とか、うん、うれしい、んだけど、さ」
少女はそっぽを向いて、指で自身の栗色の髪の毛をくるくるとねじまきにしていじっている。
しかし、はっとして。
「――――――って、そ、そうじゃない! 私が言いたいことはそれじゃないっ! 名前だけどそういう意味じゃない! 『本名』よ! 『本名』が使われてるのよ! なんで気付かないの?! アナタ鈍感すぎるわよ!」
照れたかと思うと、次は怒り出す紅葉に十伍は頭の上に「?」を三つほど浮かべる。
それでも気付かない十伍を見て紅葉は「はぁー」と深くため息をついた。
彼女は仕方なくまた説明することにする。
「あのね。アナタもウィンドウ開きなさいよ……」
十伍は言われるがまま白い装置のスイッチを押す。
すると。
〔望月 十伍〕
十伍も同じように名前が表示された。
「ふーん。これは『もちづき じゅうご』でいいのかしら?」
「合ってるよ」
「じゃあ十伍」
紅葉は十伍と書かれた場所を指差す。
(いきなり下の名前で呼ぶんだな……)
十伍は紅葉の顔をちらっと見てまた自分のウィンドウに視線を戻す。
「これ見ておかしいとは思わないの?」
「いや俺の名前で合ってるけど……」
「殴るわよ?」
握りこぶしを振りかざす紅葉。
「え?! ちょっと待てって。合ってる、って言ってるじゃんか!」
「だからそれがおかしいの! なに? アナタはいつもゲームするときは『本名』をニックネームにしてるわけ?」
「いや違う」
オンラインゲームをする上で『本名』をニックネームに設定するものはそうはいないだろう。なんといってもそれだけで個人情報の流出だ。それを自分から行うなど愚か過ぎるにもほどがある。
だからわざわざ匿名として『ニックネーム』が存在する。
これはオンラインゲームに留まらず、今やネット社会とまで言われるほどにでもなった時代の常識の中の常識である。
「そうじゃん! なんで俺の名前使われてんだよ! いつもなら『Fifteen』なのにっ!」
「ずいぶんそのままなニックネームね……少しぐらい捻りなさいよ……。まあこれでわかったでしょ? でもそれだけじゃない。アナタそこの店のショーウィンドウで自分の顔が反射するから見てきなさい。まず驚くから」
十伍はショーウィンドウの前に立つと彼女の言うとおり自分の姿が反射して映っている。
そこには『望月十伍』の顔が映っていた。現実世界で鏡の前に映るものと同じ。
そう映っていた。
なんらおかしなところはない。
ここが現実世界だという話ならばだが……。
「ここってホントにゲームだよな?」
十伍は何度も同じ確認を取ろうとする。
「たぶんね」
「すげぇえええええ!」
「だから反応が違ぁあうっ!」
今度は紅葉の回し蹴りが飛んでくる。
彼女の足は十伍の顔面を狙うために、彼女の背丈ぐらいまで上げられた。かなり柔らかい体をしている。
綺麗な肌色をしている太ももが露になる。
そしてそのさらに中も。
「あ、白だ」
ちらりと見えて白い布に目を奪われた。
紅葉の眉間にしわがよる。
十伍はそのまま顔面を蹴り飛ばされて、横に吹っ飛んでしまった。
「おい、貴様! 見たのか?! 見たんだな?!」
ずんずんと、紅葉は地に伏せた十伍の胸倉を掴みあげて強制的に起こす。
「す、すごい再現度ですね、アハハ」
この後に彼は『女子との関係』に目覚めそうになったとか、ならなかったとか。