Ⅷトツニュウ【Let's go!】
―――6/4_16:45―――
「なによ、こういう入り口もあるんじゃない」
十伍、楓、柚子、由希、麗羽、の五人が入っていたのは、雑居ビルの地下駐車場にある一枚の鉄製の扉。中には一つばかりの電球があって照らしている。
加えてそこにはさらに下へ行ける鉄梯子が。
明らかに降りろと言わんばかりの雰囲気を醸し出している。
「試しに一回降りたんだけどね、ここも大して変わらないわよ? 結局は地下へ降りなきゃいけないから下水路に繋がっている」
「ああ、望月君は最後に降りること。いい?」
由希から受けた謎の指摘に首を傾げる。ここまで来る時もずっと最後尾を歩いてきたので、流れで最後になると言えばなるのだが。
彼にはわざわざ指摘された理由がわからない。
「気づいていないみたいだから、やっぱりさっきに降りてもらおうか。ね、楓ちゃん?」
「やめて!」
スカートの裾を押さえて頬を赤らめながら、鋭利な眼光で十伍を睨みつけた。
やっぱり十伍には由希が何を言っているのかがわからなかった。
結局、十伍が最後になる形で鉄梯子を降りると、ちょっとした通路に出た。水の流れる音とやや鼻をつく匂いから、由希の言うとおりこの先は用水路だと確信する。
【デバイス】の照明機能をオンにして、五人で『パーティ』を組む。
「前衛は私と楓ちゃんで、後衛は柚子と麗羽。望月君は……」
「由希さん、十伍はこき使っても大丈夫だから」
「じゃあ状況に応じて行動してもらおっか。いやー、望月君は便利ね、ホント」
「昔っから、どっちつかずの中途半端だからな」
「俺は構わないよ」
「……(前方を勢いよく指差す)」
「そうね。じゃあ、行きましょうか!」
由希と楓が先頭で駆け出し、その後に十伍、後尾を柚子と麗羽が続く。
これから先に何があるのか、走りながら十伍は胸の高鳴りを確かに感じていた。
『Reality Cyber Space』ではゲームをするというよりは仮想空間で生活するという色合いが今まで強かった。モンスターも自分たちから挑んでいくのではなくて、生活の中でいきなり襲撃を受けるものだった。
しかし、この『ダンジョン』はこの世界に来る前の純粋にゲームを楽しむという感覚を思い出させてくれている。
――――――チャプン。
「何かいるわよ! 皆、身を引き締めて!」
彼らが走っているのはトンネルと同じくらいの大きさで、中央に用水が流れているのだが端には人二人分の歩道がある。その歩道は水に浸っているわけではないから、先ほどの水の音は彼ら以外のものだ。
しかも前後ろを除けば鎖された空間なので音の反響も大きい。水の波紋を広げる音が次第に数を増していく。
【デバイス】の照明機能が照らせるのはそれを持つプレイヤーから半径十メートルの球体の領域。もちろん均一ではなくて遠いほどぼんやりとしてくる。
――見えた!
モンスターが先頭から十メートル圏内に入った。
五人が一斉に【武器】を構えて戦闘態勢に突入。
最初に五人を迎えてくれたのは背中に厳つい甲羅を背負った亀のモンスター。見た目からして危険そうなワニガメよりも一回り体が大きい。甲羅には紫の模様があり、顎も頑丈そうで噛まれると危ういかもしれない。
二匹が歩道に上がってきた。水中からも何匹か頭を出しているのが見える。
「ハッ!」
楓は【花鳥風月】でまず一閃。
亀のモンスターは頭を引っ込めて防御。
キィン! と金属と金属をぶつけ合ったような音ともに剣を伝って楓の身体に反動がくる。
――硬い! しかも全然効いてない!
わずかに削られた『HP』表示とともに【鉄壁の甲羅】の名称が現れる。
その名の通り甲羅は鉄のように硬かった。
すぐに次の攻撃へと切り替える。亀ということもあってか相手の動きは遅い。
「【花吹雪】!」
【花鳥風月】の刀身がオレンジ色の閃光を放ち、火花が舞い始める。さらに溜めをつくることで一撃の威力が増す。
次こそは仕留める。
【鉄壁の甲羅】が反撃のため頭を出したところがチャンス。
甲羅に覆われていない頭目掛けて渾身の突き。
剣先は甲羅の中まで突き刺さると豪快に内部から炎を噴射。内側から焼かれることで『HP』バーは一気にレッドゾーンに陥り、遂には消える。
「所詮、亀は亀ね」
「いい動きをするわね、楓ちゃん! 私も負けてられないわ!」
【PSI】の発動詠唱――【氷華】によりこちらは白刃となる。
それはまさしく、氷の刃。
攻撃特化の楓とは違って、由希は攻撃と防御のバランスを重視しているため一撃は弱い。
それを補うのが素早い連続攻撃。
彼女の持つ片手剣は中でも『レイピア』という部類に当たり、基本としているのは剣を振るよりも突くことにある。
針を穴に通すように、細長い剣先は甲羅の隙間へ的確に命中している。
十数発の連続攻撃でようやく【鉄壁の甲羅】を倒す。
「動きが止まってた?」
「よく気づいたわね。麗羽の【凍つる氷塊】と比べれば微々たるものだけど、【氷華】は威力増大に加えて麻痺効果もあるわ。通常よりも敵の怯みが大きいと言ったらわかりやすいかしら。それが連続攻撃を補助しているのよ」
そのまま陸に上がった敵は由希と楓が倒していく。反撃は受けにくいが、能力値的には【体力】と【生命力】に重きを置いた【鉄壁の甲羅】は一体を倒すのに少々時間がかかっている。
逆に水中にいる敵は他三人が銃撃で倒していた。
一発目は麗羽の【凍つる氷塊】で【鉄壁の甲羅】の動きを停止させ、そこから柚子は【双子の光華】で連射、十伍はピンポイント射撃で大ダメージを与える【風穴】で仕留めていく。
「ちょっと、あれ見て!」
順調に敵を倒していった先にはこの下水道を塞ぐように鎮座する『K級』の【鉄壁の甲羅】だった。
「おでましたな、『K級』」
「こんな狭いとこだと、もっとでっかく見えるなぁ」
「そんな悠長なこと言っている場合じゃないみたいよ」
甲羅から出た頭の数は今までとは違い三つ。それぞれが大口を開ける。
「皆! 私の近くに来て! 早く!」
『K級』の【鉄壁の甲羅】の口から吐き出されたのは膨大な水。下水を流れているのと同じく異臭のするものだった。ダメージに関わらず受けたくない攻撃である。
「【雪室】!」
突如、由希を中心として囲うように吹雪が舞う。それはやがて仮設的なかまくらとなって彼らを攻撃から守る。
攻撃と防御をこなす、これがバランスタイプだ。
攻撃が止むと、五人とも一斉に反撃に出る。
「麗羽、頭を引っ込める前に麻痺を!」
由希は指示を出す。
と言っても麗羽の銃は回転式拳銃で連射型ではない。一度に三つの頭に弾を撃つことはできなかった。
ぎりぎりで二つの頭が甲羅の外に留めることに成功する。
その二つの頭に五人が集中攻撃を食らわせる。
さすが『K級』で『麻痺状態』からの回復が早い。
後退して防御。
攻撃が止んで反撃。
それを繰り返すこと五分強、ようやく【鉄壁の甲羅】の『K級』を撃破した。
「けっこうしぶとかったわね、さっきの」
「さあ、先へ進みましょ」
「待てよ、楓。ちょっと休んだほうがいい」
「何言ってるのよ、だらしない」
「強がるなよ。この戦闘で【PSI】を使いまくっただろ」
「はいはい、こんなところで痴話喧嘩はナシナシ」
「だから、そんなのじゃないってば!」
十伍に向かっていた矛先は変わり、楓は由希にガミガミ言い訳をし続ける。それを無言無表情で麗羽はなだめる。
視線を感じて十伍は柚子を見た。
「なんだ?」
「なんでもねーよ」
十伍と柚子の間では未だにぎこちない空気が流れていた。
〔17:50〕
彼らは夢中で『ダンジョン』の先へと足を踏み入れていた。
『K級』はあれ以降現れていないが、やはり【RAID TIME】よりも『Q級』の頭数が多いという感想を抱く。
「あら、もうこんな時間なのね」
「まだあと、一時間くらいならいけるわよ」
「帰りのことも考えないといけないぜ、楓ちゃん」
ゲームで『ダンジョン』攻略に行くときに持って行くものがある。基本、回復アイテムとかだったりするのだが、決められた街へ一気に帰還するアイテムもある。
ここ『Reality Cyber Space』では、回復アイテム――食料や飲料一般に当たるものはあるが、帰還アイテムの存在は知らない。
『ダンジョン』自体が見つかっていなかったため、そういうものも見つからないのも当然とも言えるが、こうなってしまった今では必要となってくる。
「【デバイス】に『ダンジョン』のマッピング機能が追加されているけど、これ見る限り迷路みたいだからなあ」
「来た道を戻るしかないだろ」
「そうよね、来た道でまたモンスターが出現しているだろうし、今日のところはここまでにしておきましょう。楓ちゃんはそれでいい?」
「そうよね、しょうがないわよね……」
「ありがとう。明日も来ればいいわ」
こうして『ダンジョン攻略一日目』は終わりを告げたのだった。




