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Reality Cyber Space――《リアリティ・サイバー・スペース》――  作者: 月草
Stage2――They are sleeping under "here".――
30/35

Ⅶオモカゲ【She is not ――.】

―――6/4_16:30―――


 『ダンジョン』の入口発見から一日が経ち、十伍は予定通り柚子に協力を持ちかけた。その結果、意外なことに柚子たちのほうも一箇所発見していたのだ。彼女らのほうも今はギルドが二手に分かれているため、いきなり踏み込むのを躊躇ったらしい。

 今日一日の授業を終えて十伍は柚子と校門の前で楓や麗羽と由希を待っている。


「その楓っていう娘はどんな感じ?」

「うーん、いつも一人で突っ走っているなー」

「それ大丈夫なの? あたしたちとうまくやれる?」

「大丈夫だろ。たぶん楓の実力ならお前らについていけるはずだから」

「そーいう……、んー、あー、やっぱお前、ちっとも直ってねぇよ」


 頭を抱えてため息を吐く柚子。

 彼女に呆れられた理由が十伍にはわからなかった。そのわからないことそのものですら一つの理由であるのに。


「ああ、柚子。あれだ。あれが今の俺と同じギルドにいる楓だ」

「ん? どれどれ?」

「あの茶髪のやつ」


 下校するため校門に向かってくる生徒は大勢いるが、それはほとんど全てが『Reality Cyber Space』のシステム上の一つとして動いている『NPC』だ。現代技術において人間を極めて忠実に再現しているが、それでも意思を持った(プレイヤー)とは区別はつく。

 十伍の言葉どおり茶髪の流麗な髪を揺らしながら楓は校門へと向かってくる。赤い陽光を浴びて彼女の髪はより美しく映える。

 まだ楓が校門にいる十伍たちに気づいていないようだったので、彼女を呼ぼうとした時だった。


「っぐ……、おい、柚子、何を……」


 突然のことで十伍は混乱する。気づけば柚子に胸倉を強引に掴まれていて、門の壁面に背中を打ち付けていた。


「どういうことだ……」


 十伍の耳に入ったのは陽気な声ではなく、とても低いものだった。顔を上げた柚子の表情を見て、十伍は言葉を失う。



「どういうことだっ! 十伍ぉおっ!」



 張り上げた声と同時に十伍が壁に押さえつけられている力が増した。いつもはチャームな八重歯から歯軋りがなる。きつく細くなった瞼から覗く双眸には十伍の顔が映っていた。

周囲の何もかもが柚子の視界に入っていなかった。ただ眼前の彼を睨んでいた。


「今回ばかりは誤魔化しも何も聞き入れねぇぞ! あんだけ似ていて気づいていないわけがないっ! 『鈍感』なんかで済ましたりなんかしねぇ!」


 怒号は周囲一体に聞こえているだろうが、校門を出て行く生徒は一人も彼女らに目を向けない。


「お前、一体ここで何してんだ! まさか、あの娘に『あいつ』の面影を重ねているなんてことは許さねぇぞ! どうなんだ、応えろ! 十伍ッ!」


 『NPC』である生徒たちは柚子の声に反応を示さなかったが、プレイヤーである本質は現実の人である彼女にはしっかりと聞こえていた。


「ちょっ! 何やってんのよ……」


 これから一緒に行動することになる人たちを紹介するから、と言われて楓は校門まで来た。それがいざ来てみれば、校門から怒り狂った大声が聞こえ、走って駆けつければ、そこでは十伍が見知らぬ女子生徒に掴みかかられていた、という状況である。


「近くで見ると余計にだな……、それに声も、か」


 困惑顔をする楓を見て、柚子は荒げていた声量をさげる。冷静さを取り戻して、十伍を掴んでいる手をそっと放す。


「あははー、ごめんなー、こりゃ最悪の初対面だ。あたしは『柚子』」

「そう、私は『楓』、です。先輩、でしたよね?」

「先輩だからって敬語で話さなくてもオッケーだよ、楓ちゃん。ニシシ」

「わかったわ、柚子さん。それより、いつまで暗い顔してんのよ、十伍。ああ、柚子さん。さっきのことは気にしていないから。どうせコイツが腑抜けているのが悪かったのよ」

「……ったく、心配も欠片も無いな、楓」

「は? なんでアンタの心配しなくちゃいけないのよ。それで柚子さん、あとの二人は? ……柚子さん、聞いてる?」

「――え? あぁ、スマン。そのうち来ると思う」


 楓は、柚子が自分の顔をじっと見ていたので、小首を傾げた。はっと我に帰ったような柚子はすぐに楓から顔を逸らしたので余計に不思議に思った。


「さっき遠くで柚子の声が聞こえたような気がしたんだけど何かあったの?」


 一足遅く来た由希は楓の背後から顔を覗かした。

急に他人の顔が横に来たので反射的に楓は横に飛んだ。


「あなたが望月君の楓ちゃんね。はぁ、けっこう可愛いじゃない」

「え、ええ、それはどうも……って、『望月君の』ってどういうこと?!」

「あれ? さっきのって、恋敵との喧嘩じゃなかったのかしら?」

「こ、恋ぃ?! そんなんじゃないわよ!」

「おい、由希! さっきの言いぶりだと私もかぁ?!」

「まぁまぁ、望月君もなんか言ってやってよ」

「俺に振らないでくださいよ」


 由希が顔を赤くした楓と柚子をなんとか落ち着かせる。

(望月君は二人が怒ったから顔が赤いと思っているんだろうなぁ、やっぱり面白い子)

 ふふふ、と一人で意味ありげに笑う由希を楓は訝しげに見つつ、ふとある疑問が浮かんだ。


「あれ、もう一人は?」

「……(楓の肩をツンツンと突く)」

「わっ!」

「ごめんね、びっくりさせたみたいで。この娘は麗羽ね。無口だからちょっと付き合いが難しいかもしれないけどお願いね」

「……(手のひらを向ける)」

「よろしく、らしいわ」

「は、はあ……。よろしく」


 先日、十伍が初対面だった時と同じように楓も接し方に戸惑っている。麗羽と同じように手のひらを向けて挨拶を交わした。

 これで行動するチームはお互いの紹介は終わった。


「それでこれから学校に一番近い入り口から初めて足を踏み入れてみようかと思うんだけど、そちらはいいかな?」


 下校時刻では既に太陽が西に傾いている。日の入りまではもう数時間しかない。

 『不断の輪』側の二人は互いの顔を見合し、


「夜までにはあっちに帰ればいいんじゃないか? おっさんも夜遅くになりさえしなければ心肺はしないだろうし」

「そうよね。ええ、私たちは大丈夫よ、由希さん」

「そうとなれば決まりね。早速、行きましょう」


 先導したのは由希。

 この五人で行動する場合は、彼女がリーダーになるようだ。少々心配していた十伍だったが、彼女が年上だからか楓には異論はないみたいであった。おとなしくその後を歩む。とは言え、今後一人で突っ走る楓の悪い癖が出ないかヒヤヒヤしているのではあるが。楓の後ろを無言で麗羽が、さらにその後ろを柚子が行き、十伍は最後尾を行く。


「柚子」


 前を歩く柚子の横に並ぶ。そして前方、具体的には由希と話を始めた楓の背中を見ながら小さく声をかけた。


「どうした?」


 対する柚子も彼のほうを見ずに返事をする。話し口調は陽気ではないにしても、ついさっきまでの刺々しいものではなくなっていた。

 そのさっきまでの刺々しい口調で問われたことに対してまだ返答をしていなかったので、十伍は言っておかなければならないと思った。


「楓は、楓だ。今の俺のギルド――『不断の輪』のメンバー、ただそれだけだよ」


 柚子が十伍の本心をわからないように、彼も彼女がその答えについてどう思ったのかはわからない。

 彼の答えについて彼女は何も返さなかった。

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