Ⅵスレチガイ【Desire or Promise】
―――6/3_11:03―――
十伍、楓、晃輝は明るみに帰ってきていた。
【RAID TIME】を除いて他にないと思われていた《武装可能エリア》を発見してしまった三人であったが、その先へ進むかどうかでは意見が分かれた。
まず先に進もうとしたのは楓。
その足を止めたのは十伍。
二人を見た後、十伍の側に味方についた晃輝。
――なんで止めるのよ?
――危険だ。情報の一つも無い状況で行って何かあったらどうするつもりだ?
――俺も今回ばかりはそう思うぜ。行くならギルドで行くべきだ。
十伍はてっきり晃輝が楓の味方につくと思ったのだが、彼もそんな優柔不断な奴ではなかった。ちゃんと状況を冷静に対処しようとしている。
二人の必死の説得により、今回は入り口を発見しただけでも成果とすることにして撤退を渋々決断。
「その様子だと見つけたようやね」
用水路から道路へと上がり帰ろうとしたところで、背後から声が。とある人物に待ち伏せをされていたのだ。
声がした方を三人とも振り返る。
「え、なんでここに!」
「凛夏……」
「そういえば凛夏さん、噂話には敏感でしたね」
十伍が渋谷区で活動していた時にどんな名がついたかも知っていた凛夏だ。十伍は『不断の輪』にいる情報通のことをすっかり忘れていた。
彼らより年上の彼女は三人を先導する。
「三人とも知ってしまったなら、ギルド会議は避けられんなぁ」
〔11:40〕
三人は帰る途中で、凛夏が今まで楓の後を追っている十伍と晃輝を、さらに後から追っていることを知った。
そもそも彼らよりも先に、凛夏は《武装可能エリア》の場所を知っていたのだ。加えて見つけた入り口がその一箇所ではなかったことまでも。凛夏が見つけただけでも三箇所。おそらく『不断の輪』の拠点付近にあるのはそれで全部であると凛夏は言う。
学校がない休日は暇であった十伍たちであるが、それを考えれば教育システムを受けていない凛夏にとっては丸一日自由が利く。十伍たちが学校に行っている間にも凛夏は一人で探索を続けていたそうだ。
楓は「なんでそれを教えてくれなかったのよ!」と掴みかかったのに対して、凛夏は「あとでわかる」とだけ返事をした。
そしてマンションに帰ってきて、武蔵、紗綾、千世を加えて七人が終結する。
「では、皆に聞く。俺たち『不断の輪』はこの件に関わるか否か」
やっぱりそういうことか、と十伍は凛夏がなぜ『不断の輪』に情報を隠していたのかがわかった。
このギルドの目的は皆が無事に帰ること。
万が一に【TIME OF CATASTROPHE】が発生した場合も、このギルドは立ち向かうことよりも逃げることを優先させるギルドなのだ。十伍が以前所属していたギルドとは違う。安全を第一に考えている。
反対に票を入れたのは、武蔵、紗綾、千世。
最低限、このことが一般的に知れ渡り、その進行状態を踏まえた上でどうするべきかという意見。
「私は……行くわ」
賛成に票を入れたのは楓。ただ一言だけを残して武蔵の部屋を出て行ってしまった。
その場で彼女を止めようとした者はいなかった。
「お前達はどうしたい?」
残された三人の返答を聞く武蔵。凛夏、晃輝、十伍の順に顔を見る。返答に戸惑っているようだった。武蔵もわかっているのだろう、三人とも同じことを考えているのを、楓がどう考えていたのかも。
「余計なことは排除しよう。正直に言ってしまえば、お前達はもっと前線にいられるはずなんだ。俺はこのギルドのリーダーとしてお前達の安全を守らなきゃならねぇ。だがこの先どういう展開を迎えるのかわからない。同時に四箇所も発生した例の事件。ここを脱出するまでに日数がかかるほど難易度は増している。通常の【RAID TIME】だけで地道にポイント稼ぎをしていれば何ヶ月か、それとも一年かかってもまだ駄目かもしれない。二ヶ月間過ごして俺たちもこの生活に慣れつつある。もし『ダンジョン』が、各自が好きなだけモンスターの狩場として活用できるならば脱出も早まるだろう。しかし今まで以上に疲労は増える。それに全員がついて行けるかが心配なんだ」
『不断の輪』には年も離れていれば男女比も大きくない。それぞれ似通った人の集まりではない。
そこに生まれるのは『MMO』では単純な問題だ。
『上』と『下』の差。それは力量さである。
渋谷区で活動していた十伍はこのギルドの中で一番腕が立つと言っていい。
「おっさん……」
「各自がどうあれ足踏みを揃えるのが『不断の輪』やからな」
「ごめんね、足引っ張っちゃって……」
「いいんよ、千世にはいつも後ろについてもろうて世話になっとるんやから」
「私もすみません」
「紗綾さんもいいんですよ、気にしなくても」
「たぶんお前らなら、もし『ダンジョン』に行かないという決断をした場合、それに従ってくれるだろう。だがなぁ、あのお転婆娘は思った通り縛り付けているみたいだからなぁ」
どうしたものか。
この場にいる誰もが楓を押さえつけているのは不可能なのだろうと思ってしまう。自分一人で誰にも話さず『ダンジョン』の場所を探していたのだ。もし彼女がそのまま誰にも知られること無く入り口を発見していたのだとしたら、その時はどうするつもりだったのか。
内緒で一人『ダンジョン』に乗り込んだに違いない。
「俺ちょっと、楓が一人で行ってないか見て来るよ」
「任せた、晃輝。何かあったら連絡してくれ」
まさか楓が一人でその足であの場所へ向かわないだろうと心配交じりに思っていたが、とりあえず晃輝が確認に行けばそれで少しは安心する。
「おっさん、ちょっと提案なんだが」
「構わずに言ってくれ、十伍」
「この前、俺が渋谷区にいた時の仲間が今こっちに来ていることは話したよな」
「おう、その娘の仲間も二人いるんだったな」
「その人たちは中心に近いとこにいた人たちだ。それに『ダンジョン』も探っているようだったんだけど。彼女らに手伝ってもらうのはどうかな?」
「楓を同行させるってことか?」
「えっと、まあ、そういうことかな?」
言っていいことかどうか確証が持てず、十伍は武蔵の顔色を窺っていた。十伍の提案は『不断の輪』以外でのグループ活動をするということに等しい。やや仲間の思いを裏切っていないかと不安であったのだが。
「それもありなのかもしれないな」
「わかった明日、学校で相談してみる」
「十伍、お前も楓について行ってやれ。凛夏もどうするか自分で決めてくれ」
「私は十伍が行くんならここに残る。後衛が二人も抜けるにはいかんからな。それに私より十伍が行くほうが適任やと思うしな」
「でも、それは……」
「行って来ていいよ、十伍くん」
「ええ、千世ちゃんの言う通りよ。私たちでも大丈夫そうなら、途中から加わることもできますし」
「……わかった」
〔12:00〕
「今度は突っ走らなかったみたいだな」
「アンタもきたの? 晃輝なら帰らせたわよ」
『ダンジョン』の件について話そうと思い、十伍は楓の部屋へ向かおうとした。ところが廊下から公園にいるのが見えたので、降りてきたのだった。
楓の口調は相変わらずのぶっきらぼうで、そっぽを向いたままだ。
「俺は楓の気持ちはわかるよ」
「そう」
「『不断の輪』……それを切るわけにはいけない、けど今のままでは物足りない」
「いちいち言葉にしなくていい。なんでこういう時だけ察しが良いのかしらね。最低よ、アンタみたいな男」
「前はよく『鈍感』って言われたもんだけど」
「今もそうよ」
「そっか」
――やっぱり楓はあいつに似ているな。
「それで? 話があって来たんでしょ?」
「ああ、明日学校行った時に柚子――前のギルドの奴に『ダンジョン』を協力してもらおうかと思うんだけど」
「それで私もその人たちと一緒に行くと?」
「まぁな、おっさん達の了承は得たよ。一人はさっき言った柚子で、後の二人は俺の一つ年上の由希さんと麗羽さん」
「ふーん」
「なんだか不満っぽいな? 三人とも女子だから良いかと思ったんだけど」
「はぁ」
楓が今までの鬱憤を全て吐き出すかのように深いため息をする。俯いたその体勢からベンチから一気に立ち上がる。
首を振って長髪が宙で美しい弧を描く。それから十伍の目を直視するように一瞥してから歩き出す。
「十伍のことを『鈍感』って言っていた人の気持ちがよくわかったわ。いいわよ、というか明日その人たちを合わせなさいよ」
十伍の横を通り過ぎた時の楓は笑っているように見えた。これで一段落かと思うと緊張の糸が切れる。
(とりあえず……これで良かったのかな?)




