ⅩⅥセイサイ【Return】
―――5/6_05:10―――
「紀蘭……何を……」
――しているの?
楓は目の前で行われたことに現実性を持てない。
彼女はまだ紀蘭のことを『仲間』だと思っている。彼もそう思ってくれていると信じている。お互いに仲間である。それが例え『ギルド』という一つの枠組みから外れたのだとしても変わらない。その『仲間』という延長線上からは決して脱することは無い。
それが彼女の理想だった。
では『仲間』とは一体何なのか?
一週間ほど前に新しいメンバーがギルドに入った。彼は『不断の輪』の一員となった。あとから入った彼も今では『仲間』である。彼は他のメンバーを守るために奮闘している。彼がいなくては今のこのギルドは成立たない。
それは彼女が認めたことであった。
『仲間』ならば他の『仲間』を守ることなのではないのか?
間違いなんてどこにも無いと思っていた。
当然のことだと思っていた。
誰かに聞くまでもないことだと思っていた。
だが今は違う。それを今すぐにでも誰かに聞いて確かめたかった。
呆然と立ち尽くす楓にはこの状況に対して俊敏に動くことができるだけの冷静さがかけていた。
《晃輝! 私のほうからはおっさんが壁になって撃てへん! 楓の代わりにお前が紀蘭を止めろ!》
凛夏からの通信で晃輝の体の硬直が解ける。
目の前で行われたことを今すぐ止めさせなければならない。一番近くにいる二人のうち楓は全く役に立たなくなっているので晃輝が動く。
両手剣を振りかざし彼は鬼の形相でかつての『仲間』に切りかかりに行く。
「紀蘭! 絶対に許さねぇええええええ!」
彼が向かう先にいるのは――刃に体を突き抜けられた彼らのリーダーである武蔵と、その刀を持つかつての『仲間』である紀蘭。
「――――――!」
だがそれを邪魔立てする者たちが現れる。
晃輝の元へ銃弾が飛んできた。
【強化】による『痛み』軽減により倒れはしないが、それでも武蔵と紀蘭の元へと駆け寄ろうとした晃輝の行動は止められる。
「くそッ、なんだ?!」
モンスターに混じって人影が各所から現れてくる。
その人影たちは『不断の輪』のメンバー、楓、晃輝、凛夏、千世、紗綾のそれぞれの元へと一人ずつ、攻撃を仕掛けに出た。
晃輝の元には同じく剣を持つ者が襲い掛かる。
「邪魔すんじゃんねぇ!」
晃輝の斬撃に相手の方も斬撃を衝突させ、刀の押し合いが起こるも、お互いの力が対するものを吹き飛ばす。
その直後にもまた剣を振りかざして両者の剣の間で激しい金属音を奏でる。
「邪魔をするな、とは無理な相談だ……そしてお前のポイントも奪わせてもらうぞッ!」
今すぐにでも武蔵のところへ行って紀蘭がしてりうことを止めなくてはならない。武蔵は体を貫かれてから反撃に躍り出ようとしない。晃輝は何らかの特殊効果が働いていると推測する。もし、武蔵自身が今行動不能ならば他の誰かが駆けつけてやらなければならないのだ。
しかし、現在『不断の輪』のメンバーは晃輝と同じように後から現れた敵たちとの戦闘で精一杯だ。駆けつけようとしても行かせないように妨害が入る。
それだけではない。
「こいつら……」
今回の一連の事件に深く関わっている要因。
その者たちもラセツと同じ目的で行動しているならば、目的はつまり――『PK』。
『不断の輪』を襲った集団はただのギルドではない。
相手プレイヤーを殺すことを目的とした殺人ギルド。
そのメンバーは全員『不断の輪』を皆殺しにする気でいる。一瞬の気の緩みで『HP』を根こそぎ持っていかれる危険性は大である。
『不断の輪』の彼らは、ただある一人の少年が早くこの場に帰ってくることを願うことしかできなかった。
〔【RAID TIME】終了まであと19:45〕
「おっさん、話せるかい?」
紀蘭は不適な笑みを浮かべて自身が刀を刺している対象の顔を見る。
その顔に苦の色があることははっきりとわかった。
「紀蘭……何を……、ぐッ……」
武蔵は自身の体に突き刺さった刀を抜こうとするができない。まず手がそこまで動かない。だらりと下に垂れ下がった手はわずかに上に動かせる程度。体が硬直していて思うように動かせなかった。
彼の【武器】である【巨人の鉄槌】を地面に落としてしまい、音を立てる。
「やっぱり【強化】発動中でも貫かれれば痛いか。麻痺効果の【PSI】を加えておいたから少しの間は動けないよ。ところで知っているかな? 俺たちがどうやって【RP】を他のプレイヤーから『奪い取る』か?」
「奪い取る……?」
プレイヤーが『PK』に及ぶ主な理由は二つ。
一つは、プレイヤーの狂気的な性格によるもの。他者を傷つけることをいとわず、さらにそれを行うことで快楽を得る。その者にとって『PK』とはいわば娯楽と同義とされる。
もう一つは『Reality Cyber Space』からの脱出方法を満たすことを目的とする。『Return Point(RP)』を最大値まで蓄積することができれば、この世界のマニュアルに従えば脱出は可能とされている。
『RP』はモンスターを倒した時にドロップする【結晶】をもって行われる。プレイヤーは『Reality Cyber Space』から脱出するためにこれを得ようとモンスターを駆り続けている。
しかし、【結晶】の入手方法は一つではないのだ。
他のプレイヤーが手に入れたものを奪う事だってできる。
プレイヤーの【HP】が仮に『0』となってしまった時には、その者の体は消滅し、代わりにその者がアイテムウィンドウに所持していたものが遺品のごとくその場に残る。
【結晶】のポイント換算は【STAND TIME】でしか行えないようになっている。
だから【RAID TIME】で手に入れた【結晶】はその【RAID TIME】が終了するまでアイテムウィンドウに収納しておくことになる。
だがこれらは一般のプレイヤーの知識にしか過ぎなかった。
「思ったことないかな? 『PK』したプレイヤーが【結晶】を持っていなかった場合のことを」
【結晶】を手に入れることが『PK』を行うプレイヤーの目的。だがその『PK』されたほうのプレイヤーが【結晶】を持っていない。それはつまり『ハズレ』ということになってしまう。
「あるんだよ、もっと効率のいい方法が。『PK』をしたプレイヤーのみが持つ特別な力がね」
紀蘭はその力――【PSI】の発動のため詠唱する。
――【罪】――
その詠唱の直後、紀蘭の持つ刀に異様なものがまとわりつく。
初めて見る未知なる【PSI】。非人道的な行為をしたものだけが知るこの世界の――悪の力。
だが武蔵にはそれがどこかで見たことがあるような気がしていた。
似ている。
それは【RAID TIME】の開始と終了のときに見られるモンスターが際に放たれる不気味な色合いのエフェクト。
【罪】によって生み出された異様な物質はやがて刀全体をまとい、その刀が貫いている武蔵の体にも及ぶ。
「何をした……」
「吸い取っているのさ。おっさんの【RP】をね。まったくこんな【PSI】があるなんてことは今のギルドに入ってから知ったよ。すごいと思わない? この【PSI】は人を傷つけることを代償する前提で成立っている。本来の目的がそっちにあるのかさえ思えてくるよ。全くこの世界は『残酷』だ」
刀が貫かれている武蔵が受けているものは『ダメージ』、『痛み』。それに加えて今まで仲間と集めてきた『RP』を奪われている。
その中には元『不断の輪』にいた紀蘭と共に勝ち取ったものだって含まれているのだ。
「そろそろ麻痺が切れる頃か」
紀蘭は刀を武蔵から抜いて、彼と距離をとる。
刀を抜かれた後に麻痺が切れたことによって、武蔵の体が崩れる。力が抜けたようにその場に膝をつく。今まで『痛み』を感じながらも彼は倒れることさえ許されなかった。
そして硬直が無くなったことで倒れるかに思われた。
だがしかし武蔵は決して倒れることはない。
膝をついたまま、【巨人の鉄槌】の柄を握る。そして少しよろめきながらもゆっくりと立ち上がってみせた。
「すごいな……おっさんは。さっきはおっさんがあまりにも無防備だったから麻痺状態にさせられたものの、さすがに戦闘中では使えないんだ」
「何を寝ぼけたことを言っているんだ、紀蘭よ。知っているに決まっているだろ? なんたって俺たちはよう……」
武蔵は両手で【巨人の鉄槌】の柄を掴む。彼の体ほどある巨大なハンマーはさすがに片手では自由自在に振り回すことはできない。
両手に目いっぱい力を入れる。そして大地を足で蹴り飛ばす。
「『仲間』なんだからなぁああああ!」
巨人が手で押しつぶしてくるかのように【巨人の鉄槌】が紀蘭へと振り下ろされる。
だが身軽な紀蘭はそれをいとも容易く避ける。
代わりに衝撃を食らったアスファルトは一瞬で亀裂が走り、砕け散って破片を撒き散らす。
「うぉおおおおおおお!」
そのまま武蔵は今度、横殴りの攻撃をするも紀蘭には当たらない。
「無駄だよ。その攻撃は当たらない」
「俺もお前に訊こう! なぜお前の手には刀がある! それはお前の【武器】じゃないだろうがッ!」
「いいや。これも今や俺の【武器】だ。知らないんだよ、おっさんはね」
逃げるのを止めて、後ろではなく前方へ飛ぶために地を蹴る。
紀蘭は武蔵の攻撃を風のようにすり抜けて、懐に潜り込む。
「『不断の輪』を抜けた後の俺を知らない」
下から上へと刀を振り上げて武蔵の体を大きく切り裂いた。
その時に刀はまた異様なエフェクトを放っていた。それは【罪】の発動状態を指す。攻撃を受けるたびに武蔵の【RP】は奪われ続ける。【HP】の方も同時に。
やや体勢を崩しかけたところへ紀蘭は次々と切り刻んでいく。
「そろそろ【HP】が危なくなってきたんじゃないか?」
武蔵の【武器】は攻撃力に特化しすぎてサイズが大きいため、このような連続攻撃を凌ぐにはかなり向かない。
反撃することもできずに武蔵の【HP】が削り取られていく。
このまま『0』になってしまえば彼はこの世界から消滅してしまう。
(そいつは駄目だな……)
それは絶対に許されない。
まだここから消えるわけにはいかない。
彼にはやるべきことがある。
この世界から無事脱出することは全員に当てはまる目的。
けれどもそれとは別にやらねばならないことがある。
彼は『不断の輪』のリーダーだ。
仲間を引っ張っていかなければならない。
(それはお前も例外じゃないんだぜ? 紀蘭)
他のメンバーを残して勝手に死ぬわけにはいかない。
『Reality Cyber Space』から脱出するその時まで、『仲間』を全員導くことこそ彼の信念だ。
「こんな情けなぇただのおっさんが『仲間』を最後まで引っ張っていけるわけねぇんだぁああああ!」
だからそんな男でいてはいけない。もっとたくましく、勇ましく、そして屈しない男であれ。
気迫に満ちた武蔵の咆哮に威圧された紀蘭だったが、さらなるものが彼に迫り来ていた。
「な!」
紀蘭の剣は容赦なく武蔵の体を切り裂いた。
それは武蔵が【巨人の鉄槌】で防ぐことを止めたことによるものだった。だから守りを失ったことで斬撃は武蔵を直撃。
しかし、そんなこと全く気に止めることはなく、威勢をさらに激しくする。
「馬鹿なガキには一発食らわせてやらねぇとわかんねぇようだなぁ! 紀蘭! 覚悟はいいか!」
武蔵はもう既に【武器】を投げ出していた。
もはやそんなもの必要なかった。
『仲間』の目を覚まさしてやるのは【武器】だとか【PSI】だとかそんな『ゲーム』のことなんかどうでもいい。
一発お見舞いしてやれば十分だ。
右肩、右腕、右手。
それ以外もすべての力をこの一撃のために各部位に注ぎ込む。
そして――――――叩き込む!
「歯を食いしばれぇえええええええええええええええええええええ紀蘭ッッッ!」
鉄拳制裁。
紀蘭が『仲間』であるからこそ武蔵が選んだ方法。
武蔵は全身全霊の鉄拳を紀蘭の顔面に叩き込み、その拳の衝撃のまま紀蘭の体は宙を舞い地面へと叩きつけられた。
「こいつがお前のくれたプレゼントに対する俺からのお返しだ!」




