ⅩⅤチュウトハンパナモノ【――――――and master of none.】
―――5/6_05:06―――
「屈服させたら諦める、忘れちゃいないだろうな? この前言ったことを」
前回の戦いで決着をつける方法として条件を出した。
『Reality Cyber Space』では戦いの本当の最終的な結末は、相手プレイヤーの死を意味する。
十伍は相手プレイヤーを殺すことなく決着をつける方法としてラセツが提案した『屈服させる』ことに乗った。
対してラセツはそのような気遣いはなく、真っ向から十伍を『殺す』つもりで戦っている。
「あぁ……」
今までの攻撃を全て防がれ、さらに反撃を受けたラセツはどう出ようか模索している。だが十伍の『武器を場に応じて随時変更しながら戦う』という戦法に対する方法がなかなか見つからない。
「まだ屈服はしていないのか?」
手を失ったかのように見えるラセツとは現在、一定の距離を保ったまま攻撃の手を止めている。
もう十伍はすぐにこの戦いを終わらせたかった。
「まだだ」
実力は見せ付けた。
一週間、渋谷区から離れてこの戦い方もその間はずっとしてこなかったが、それでもラセツより強さは上だ。
鈍った状態はそのうち戻る。
それならば、もうラセツには自分身勝つことはできない。そう思って彼が早く諦めることを願うのだが、そうはいかなかった。
「わかった」
十伍は少々手荒な真似もしなければならないかと残念に思う。
できれば人は傷つけたくない。
前回の戦いで楓が狙われた際にラセツの渾身の一撃を受けることになったが、その仕返しをしようなどとは思い至らない。
「ならすぐに終わらせてやる」
【追い風】と静かに呟く。
システムアシストによる加速力で間合いなど一瞬のうちに消えてしまう。
ラセツは銃剣の斬撃を剣で受け止めようとする。
「【青き閃光】!」
十伍がもう攻撃を止めることができないところまで引き寄せて【PSI】を発動する。
ラセツは密かに笑む。
【青き閃光】は刀剣系の【PSI】において珍しい、中距離先頭にも
役立つもの。刀の一閃と同時に青色の雷撃を前方へと放つ。
しかし、それだけではない。
電撃系の【PSI】には攻撃対象を怯ませる付加効果が備わっている。
そして本来中距離で使えるこの【PSI】だが、中距離でしか使えないなどというきまりはどこにもない。
近距離戦闘にも十分使える。むしろ近距離の方が相手に電撃を当てる確率が上がるのだ。
十伍とラセツはもう目と鼻の先まで近づく。
相手方の十伍はもう引き下がることが出来ない。
「電撃の餌食になれ!」
十伍は雷撃をまとった刃を見ても少しも気にとめない。そのまま激突しそうな勢いでラセツへと迫る。
「【紙一重の鎧】」
薄い水の防御膜が十伍を包む。
この【PSI】の持つ効果は状態異常の影響を少しだけ弱めることができる。これは紗綾が持つ【母の温もり】と比べればかなり効果が低い。
さらには状態異常を弱めることが出来るだけであって、ダメージは軽減できない。雷撃はその薄い膜など簡単に貫通する。
だがそのようなことは百も承知。
彼はただ【青き閃光】の付加効果を防ぎ、怯むことさえなければそれで十分だ。
「【煌】!」
「またその【PSI】かッ!」
一度だけお互いの【武器】がぶつかり合う時だけに十伍が発動した【PSI】。
初発ではこの【PSI】の能力はラセツには気付かれていないため、攻撃を読まれることなく行使できた。
またも彼らの二つの【武器】が衝突し合って金属音を立てた『瞬間』に発動された。
雷撃は十伍を襲った、だが彼にとってそんなことはどうでもいい。
この一撃を加えるだけで決定打になるのだから。
この瞬間に二人の間では光のエフェクトが放たれて、剣が砕け散った破片が舞っていた。
「な――――――!」
【武器】の破壊。
『耐久度』を失った【武器】はその時点で使用不可になり、破壊されてばらばらになった後に消滅する。
それがこの刹那の間で行われた。
破壊されたのはもちろん十伍の持つ銃剣ではなく――――――ラセツの持つ剣だった。
剣は無残にも消えていく中で十伍は次なる攻撃の態勢へと入る。
ラセツは剣を失ったがもう片方の手には拳銃を持っている。 だがしかし、この近距離では拳銃など何の役にも立たない。
それでもせめて迫ってくる次なる攻撃の壁になればと悪あがきで防御に役立てようとする。
そこへ十伍は無防備となったラセツへと銃剣で『突き』を放つ。
拳銃などでは防御は不可能に等しく悲痛な声をあげて彼は弾き飛ばされるもダメージを食らう。
そして『痛み』も。
「ちくしょうがぁああ!」
ラセツはすぐに体勢を立て直して残った拳銃で十伍へと連射で弾丸を放つ。弾の弾道は痛みによって照準がややずれてはいるが、十伍との距離を広げることには成功する。
十伍は【武器】を盾に変更し、弾を全て防ぐ。
そのまま彼もラセツとの距離を広げることに。
これはラセツを優位に立たせるためではない。
『Jack of all trades』。
近距離だけが十伍の行動範囲ではない。
(的中は難しいか……)
連射を続けるラセツにしっかりとした照準を合わせることは困難である。ここでは彼の持つある【PSI】は使えないと判断し、銃剣ではなく連射が可能な【武器】へと変更する。
「拳銃なんかじゃ突撃銃には敵わないぜ」
突撃銃――通称アサルトライフルは凛夏が後衛で扱っている重機関銃とは違って軽量で、移動しながらでも連射で銃撃を行うことが可能だ。その分、重機関銃より威力は大分劣るが、この場面においてそこまでの威力は必要ない。
ただ相手の連射を上回り攻撃の隙を与えなくすればよい。
アサルトライフルを見たラセツは弾から逃げるようにして校舎の方へ向かっていく。銃撃戦では障害物が合ったほうが攻撃を防ぎやすい。
何も無いグラウンドよりかは余裕が出来る。
拳銃で勝てるはずが無い。これは使っているラセツ自身がよくわかっていた。彼の持っている【武器】はこれだけではない。
アイテムウィンドウには同じくアサルトライフルが入っている。
通常彼の、片手剣と拳銃を使うスタイルにおいて二つの【武器】切り替えにはアサルトライフルが向いていなかった。
切り替え速度を考えた結果、銃は拳銃を使うことになった。
だがアサルトライフルも使えるには使えるのでアイテムウィンドウには保持しているのである。
ラセツはどうにかそれを取り出したかった。
だができない。
今は十伍のアサルトライフルによる弾丸の雨が降り注いでいる。変えようにも【デバイス】を操作しているうちに雨に当たってしまう。
もし仮に十伍は今のラセツの立場にいたとしても【武器】は変更できるだろう。
それは彼だからできることだ。
瞬時にアイテムウィンドウを操作して【武器】を変更するなどという芸当はラセツにはできない。
だから今はただ逃げるしかない。
逃げるといってもただ姿を隠すために建物を目指しているだけではなかった。
「いつかは弾切れが来る……」
プレイヤーは一度に所持することができる弾の数には限りがある。その弾切れは、連射可能な銃ほどすぐに訪れやすい。
アサルトライフルを撃ち続けている十伍は弾切れも時間の問題。
「よし、このまま行けば……」
十伍との距離はかなり開いた。
これならば十伍も狙いを定めにくくなる。
そのまま建物の陰に潜んでしまえば、一時休戦できる。そして【武器】の変更も。先に使っている十伍はアサルトライフル同士の銃撃戦では弾切れは彼に起こる。
グラウンドと校舎の立地している場所には高低差があり、階段を駆け上れば校舎へとたどり着く。
階段を登り終えそうになったところでアサルトライフルによる弾丸の雨が止む。
狙うのが難しくなって諦めたか。ラセツはそう思うと弾の回避より逃げることに専念する。
けれどもこの行動は間違っていた。
逃げることしか考えていなかった彼は気づくことができなかった。
十伍の狙いを。
「このくらい離れれば大丈夫か……」
そう言ったのはラセツではなく十伍だった。
アサルトライフルから彼は光学照準器付きの狙撃銃へと変更。遠く離れたラセツを光学照準器から覗く。
「悪いな。殺しはしないが『痛み』は受けてもらう」
十伍は光学照準器と銃口の先にいるラセツに聞こえないにもかかわらずただ一度だけ謝罪の言葉を述べた。
そして引金を引くと同時に――――――
「【風穴】」
弾丸は一直線にラセツへと向かい、彼の体を貫いた。
光学照準器で彼の体が前方へ倒れるのを確認すると、狙撃銃をアイテムウィンドウに片付けてラセツの元へと歩み寄る。
階段を上ったところに苦しむ声を漏らしているラセツは蹲っていた。
「これでもういいだろ?」
十伍はもう【武器】を降ろしている。戦う意思はもうない。
やがてここには新たなモンスターだって寄って来る。これ以上【HP】を削ればモンスターの餌食となってしまう。
「決着はついた」
ラセツが持っている拳銃も破壊する。
これで新たな【武器】を出さない限り抵抗はできない。
「そうか……。いいだろう、お前の勝ちだ……」
「動けるようになったら立ち去れ。そして二度と世田谷区には来るな」
「ふっ、ああ……わかっている。守るさ、『今日限り』だからな。だがお前はもったいないな、仲間のために世田谷区に残るか……。『Jack of all trades.』さすがだったぞ」
十伍に付けられた二つ名。
だがこれは正しいものではない。
だから十伍はこの二つ名の本当の意味をここで明かす。
「その二つ名は間違っている。正確には『Jack of all trades, and master of none.』だ。俺の大切な――――――いや、とある剣士が皮肉でつけた名。『中途半端』で何も極めることができない俺に付けられたものさ」
英語が得意ではない十伍が覚えてしまった言葉。
これも一種の大切なものとして彼はいつまでも忘れずに憶えている。
《そのくらいにしておけ、晃輝》
十伍の【デバイス】から武蔵の声が漏れる。他のメンバーの通信が関係のない十伍のところからも聞こえてきた。
全体通信は、あらかじめ設定した相手全員に通信が行ってしまうためである。
今までは銃声音などでかき消されていたり、戦闘に集中して聞こえていなかった。
「そういえば、そろそろか……」
ラセツが一人でに呟く。
十伍はそれに気づいて彼のほうを見る。
「何がだ?」
尋ねるとラセツは急に拭き笑いをした。
それを訝しげに見る。
まだ何か企んでいるのか?
十伍にはそれを問い詰める必要があった。もしこの一連の事件がまだ続いているのだとしたら。
「おい! 答えろ! 何がおかしい! お前は何を企んでいる!」
胸倉を掴んで地に寝そべったラセツを起こす。
ただ彼は笑っている。その笑みは不吉だ。
「なあ? お前は『紀蘭』という人物を知っているか?」
十伍の体に悪寒が走る。
「紀蘭……だと?」
つい最近聞いたばかりの名前だった。
そして心当たりがありすぎた。紀蘭という名で思い浮かぶ人物は一人しかいない。
だがまだその人物のこととは限らない。同名の人物などいくらでもいるはずだ。
それをラセツはあっけなく個人一人を断定する。
「『玉泉 紀蘭』。ハハッ、元お前達のギルドのメンバーなんだってな」
「なぜだ! なぜお前がその名前を知っているんだ!」
「そりゃあ、だって……」
十伍はその続きを本当は聞きたくはなかった。
もう既にそのラセツの言葉が出る前に直感で予想がついてしまう。
とても望まない予想。
それはただの予想ではなくなる。
「紀蘭は俺たちのギルドの『仲間』だからさ」
「ふ、ふざける……なよ?」
「今頃アイツは『かつての仲間』との再会を果たしている頃じゃないかなー」
ずっと不気味な笑みを浮かべているラセツの胸倉を放し、アスファルトの地面に叩きつける。
十伍は汗が止まらない。
とても嫌な汗だ。
【武器】を持つ手が震える。
言葉が口から出ない。
「早く行ってあげたほうがいいんじゃないか? 今頃お前の仲間は――――――」
「【追い風】!」
ラセツの言葉を最後まで聞かずに全速力で十伍は『仲間』の元へと急ぐ。
(だめだ!)
走る。ただひたすらに走る。
【武器】をアイテムウィンドウにしまって、早く走るためにできる限りのことをする。
【武器】を持っていないところにモンスターが襲い掛かってくる心配などしている場合でない。
急がなくてはならない。
間に合わなければならない。
守らなければならない。
(俺はもう二度と『仲間』を失わせるわけにはいかないんだ!)
〔【RAID TIME】終了まであと20:14〕




