ⅩⅢキヨウナモノ【Jack of all trades――――――】
―――5/6_04:58―――
〔【RAID TIME】開始まであと01:47〕
暁時でまだ街は薄暗い。モンスターの目は獣と同じで人間よりよく聞くようでプレイヤーの居場所をどこからか嗅ぎつけてくる。
今日はゴールデンウィークの延長だ。
ちょうど五月五日――『こどもの日』の後に土日が続いている。少しお得な感じがあるだが、【RAID TIME】に休日は無い。
『Reality Cyber Space』開始後、【RAID TIME】が一度も起こらなかった日は一日か二日ほどだけ。
だからおおよそ毎日無休でプレイヤーはモンスターと戦っている。
「準備はできているか?」
「万端だから安心してくれ。昨日最後に起こった【RAID TIME】で調子は整えておいた」
「なら安心やな。耐久度もほぼマックスまで上げたし、弾も調達したでな」
「お前ばっか格好つけてるのが気にくわねぇ……」
「晃輝、アンタ対して格好つけても格好良くないわよ」
「楓ちゃん……晃輝君が落ち込んじゃう……」
「【HP】も【SP】も回復はしましたからね」
〔【RAID TIME】開始まであと00:34〕
「じゃあそれぞれ配置につくか。くれぐれも十伍は無理をするな」
「わかっている。一瞬たりとも気は抜かない。そして勝つ」
各々「頑張れ」と声をかけていつものようにそれぞれのポジションへ。
昨日最後に起こった【RAID TIME】でも『ラセツ』と名乗るものは襲ってはこなかった。彼が昨日言った「今日はもうこれで終わりだ」ということも含めて、今のところ全て真実となっている。
嘘をついてはいない。
そして他に発言したことも嘘でないとすれば「また戦えるのを楽しみにしている」から判断して日付が変わった今日、再戦を行うことになる。
『PK』の話題が浮上してから『不断の輪』では思うようにモンスター狩りが行えなくなってしまった。
【結晶】もなかなか回収することができない。
このままではいけなかった。早く問題を解決する必要がある。
(今日でけりをつけないと……)
アイテムウィンドウを整理しながら配置につく十伍。
力を出し惜しみする必要はない。むしろ出し惜しみなどしていてはいけない。これは個人の問題ではなく、ギルドという集団の問題だ。
他のメンバーに迷惑をかけるようなことがあってはならない。
そのためにはなんとしてもラセツと決着をつけたいところだ。
「十伍」
楓が十伍の元まで駆け足で寄って来る。前衛の彼女の配置は後衛である十伍の配置とはまったくの別だ。
「どうした?」
だから十伍はまだ何か用事でもあったのかと思った。
【RAID TIME】開始まで残り数秒しかない。
「無理しないでよね」
思いもよらない言葉に目をぱっちり開ける。楓なら「さっさと片付けちゃってよ。アンタがやらないと迷惑なんだから」ぐらいに強気で言ってくるものかと思っていたのに、十伍の予想とは真逆だった。
「なんだ、まだ気にしてんのか? 昨日のこと。大丈夫だ、安心しろ。昨日みたいなヘマはしないさ。ちゃんと片付けてくるからよ、絶対に。そしたら明日からは『K級』の狩りの再開だ」
十伍はグッと親指を立てて楓の前へと伸ばす。昨日の十伍が銃弾を食らったのは自分のせいだと楓は責めていたので、そんなもの忘れてしまえ、と重荷を外してやる。
「うん……。気をつけてね」
「あぁ、楓もな。ほら早くしないと【RAID TIME】が始まっちまう」
わかった、と返事をして急いで自分のポジションへと向かう楓の背中を見送る。
この背中は守らなくてはならない。
(絶対に守らなきゃ)
彼はいつしか見た同じような光景を照らし合わせながらそう思う。
あの時みたいなことはもう二度繰り返させない。
自分はいつまでも無力ではいられない。
〔【RAID TIME】START〕
「早くもお出ましか」
今回はすぐに姿を見せた。
ラセツ。
お互いに名前を名乗っただけ。十伍のほうは本名で名乗ったが相手のほうはそうかわからない。どういう字を当てはめるかもお互いは知らない。
戦いにおいてそれだけで十分だ。
重要なのは名じゃない。
(Jack of all trades.なんでこの名だけが通ったのか。その『続き』が重要だっていうのに)
十伍が渋谷区にいたときに付いた――元々はとある少女が十伍のプレイスタイルを見て皮肉的に付けたに過ぎなかったもの。
なぜかその名は一部の者に知られるようになった。
名など本来どうでもいいものだ。
本当に重要なのは――――――『強さ』なのだから。
十伍は【追い風】を発動させてラセツを追う。
ラセツは十伍が追ってくることがわかると、移動し始める。
今回も場所を変えるようだ。前回のようにモンスターがあまり密集しない、二人で存分にやりあえる場所へと十伍を誘導する。
十伍もその誘いに乗る。
彼にとっても他のモンスターの邪魔立てが入ることは不都合だ。
一騎打ちでの決着をつける。
「ここは……」
連れて行かれた先は中学校のグラウンドだった。二年前までは彼も中学生だったのでまだ馴染み深い。
ここは建物の敷地内なのだが【RAID TIME】による建物内のカテゴリーには含まれていなかった。
見たところ後者は三つほどの胸に体育館、プールとある。建物内には入れなさそうだが、それを除いた敷地内は全て使えるように思えた。
「さて、どうだ? けっこう広いが、ここでやることに不満はあるか?」
右手には剣、左手は銃を持つラセツが周囲を見渡す。
「邪魔者が混じっているようだが」
この敷地内にはモンスターがわずかだが数対紛れ込んでいる。
前回戦ったときの細い路地ではモンスターのよってきにくい場所なのだが、今回は違う。
「まあ、たいしたことはないだろう。ただの『J級』なら問題ない。違うか?」
「ああ、そうだな。それに広いほうが動きやすくていい」
十伍は機動力には自身がある。その機動力は広いところほど発揮しやすい。しかし、それはここを決着の場として選んだラセツの方にもある。
〔【RAID TIME】終了まであと25:17〕
そして時間の猶予も今回は十分ある。
決着がつけられそうだった。
その時に十伍とラセツのどちらが立っているかはまだわからないが。
「準備はいいな?」
「問題ない。今回は本気で行く」
「それは……楽しみだなッ!」
先に攻撃に躍り出たのはラセツ。
両利きで戦う彼の【武器】は軽量なタイプ。それぞれを同時に扱うのに重量系を扱うことは不可能に等しい。そんなことができる者はよっぽど【STR】に能力値をそそいでいるとしかあり得ない。
実際にそんな『力』一筋で行こうというプレイヤーなどまずいないが。
「……?」
ラセツは不可解なものを見る。
十伍はお得意としているはずの銃剣をアイテムウィンドウに戻してしまったのだ。
いったい何を考えている?
そのような行動を十伍が取るはずがない。ラセツはいっそう警戒心を強くした。だがそれでも攻撃を止めることはない。
ある程度間合いを縮めると【PSI】を発動する。
「【青き閃光】」
グラウンドの土に当たるか当たらないかというところまで下げた剣を斜め上へと一閃。青色の雷光がほとばしり十伍へと迫っていく。
「【紙一重の鎧】」
雷撃が十伍へと衝突する。
まともに食らえばそれなりのダメージは受ける。それがラセツの予測だった。一度目の先頭のとき【紙一重の鎧】の効果は大方検討がついていた。
だからこそ彼には十伍がそれでは十分、いやほとんど防御にはなっていないとわかってしまっていた。
けれども所詮は予測。
「なにっ?!」
雷撃の光が消えた時に現れたものは。
盾。
攻撃を防ぐための【武器】。
確かに【青き閃光】は防げたとしても、それは攻撃のためのものではない。攻撃は最大の防御。反撃に出ることができない盾を持って何をしようというのか?
「血迷ったか! いいだろう! 守りなど無意味だと教えてやるッ!」
防御に回るという愚かな行動を取ったことを後悔させてやる、とラセツは近接武器――剣の方を振りかぶり、十伍へと突進する。
「守り? 違うな」
十伍は【デバイス】を素早い手つき操作する。それはほかのプレイヤーの並ではなかった。
パソコンのキーボードを押す早さには個人差がある。キーボードを見ながらでないと打てないものや、画面を見ながらも体がキーの位置を覚えてしまっている者もいれば、その中でも脅威なスピードで一瞬のうちに文章が完成しているという者だっている。
より慣れたものこそ後者になれる。
十伍の手つきはそれそのものだった。
【デバイス】のウィンドウを開くボタンを見ない。アイテムウィンドウの表示など見ない。アイテムウィンドウに入っている【武器】や【アイテム】なども見ない。
それなのに十伍にはどこに何があるかがわかっているように、敵をまっすぐ見据えたままで〔装備〕、〔変更〕、〔許可〕などのボタンを押す作業をこなす。
しかも一瞬のうちに。
彼の手にはいつの間にか別の【武器】があった。
「【煌】!」
切りかかろうとしたラセツの剣に十伍の『剣』が拮抗する。
さらにそれだけでは終わらなかった。
「くっ――――――」
剣がぶつかり合った瞬間、目を細めてしまうほどの眩しい閃光が放たれた。
そしてラセツは後ろへ大きく仰け反るも、足で地を踏み鳴らし土ぼこりが舞う。
正体不明の攻撃に一旦距離をとる。
だがそんな暇を十伍は与えようとしない。
またも十伍は素早い手つきでアイテムウィンドウを操作。
剣の代わりに次は『槍』。
「チッ……」
ラセツは慌てて発砲して反撃から逃れようとする。彼の片手に持つ拳銃は連射可能な自動式拳銃。
十伍は雨のように飛んでくる弾を銃剣の側面で防ぎながら突き進む。
先ほどラセツがしたことを今度は十伍が行う。
槍は剣よりもリーチが長く、それに正面を向きあったままなら全速力で突進すればいい。【追い風】を使用すればよりいっそう攻撃速度は格段に増すのだが、まだ次の使用可能な時間にはなっていない。
直進で襲ってくる槍を剣で正面から防ぐことは難しい。ラセツはひとまず背を向けてでも距離をとることにした。
「逃げ腰だな」
「くそっ……」
十伍はラセツの言葉をそっくりそのまま返す。
槍のリーチから、しかも長めに離れたところで銃を使用。
「【烈火の砲弾】!」
銃口が激しい炎を上げて弾丸を射出。
その弾丸の先には盾が待ち受けていた。
多少の反動は受けるがそれほどのものではない。
「あの『二つ名』の本当の意味はそういうことか……」
お互いの手が止まる。厳密には攻撃を防がれ続けられたラセツの攻撃手段がもう残っていないということ。
それがわかっている十伍も反撃を中断したのだ。
「俺はそんなたいそうな奴じゃない。ただの――――――『中途半端』なだけさ」
ラセツは次の攻撃手段を考える。その時間を会話を続けることでできるだけ引き伸ばそうとした。
「そうか? それだけの力があるなら中心部へ行っても通用するはずだぞ? なぜこんところにいる。お前なら中心部でポイント稼ぎなどあっというまだろ? 真っ先に『RCS』から出られる可能性だってある」
中心部――主に千代田区は強豪の巣窟と化している。出現するモンスターのレベルも高ければ、プレイヤーも弱者は相容れない場所となっている。
十伍の力はそこでもやっていけそうなもの。
しかし、最も中心から離れた世田谷区に彼はいる。
「そんなもの決まっている」
理由など一つしかない。
世田谷区に来た理由も一つしかない。
「『仲間』がここにいるからに決まっているだろ?」
十伍はアイテムウィンドウを操作して彼がお得意とする『銃剣』が出現する。
「だからその『仲間』のためにさっさとこの戦いを終わらせる」
戦う理由は、仲間のため。




