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Reality Cyber Space――《リアリティ・サイバー・スペース》――  作者: 月草
Stage1――Things brought by guild are...――
16/35

ⅩⅠトギレテハナラナイ【Constant Circle】

―――5/5_20:23―――


――待ってくれ!


 十伍は前方を歩く一人の少女に追いつこうとするが、彼女との距離は少しも縮まらず追いつくことが出来ない。


――どこへ行くんだ!


 栗色の髪をなびかせながら少女はただ前を向いて歩き続ける。十伍の方を振り向こうともしない。


――俺はお前といたいんだ!


 手を伸ばすも、その手は空気を掻くだけ。

 十伍は息を切らせながら懸命に走っているのに、どうしてか歩く彼女には届かない。むしろ距離がさらに広がっていく。


――なんで……


 少女は十伍の視界から小さくなっていく。

 見えなくなる。

 もうどこに行ったのかわからなくなる。

 それは絶対に嫌だ。

 だから十伍はただひたすら走り続けるしかなかった。


――なんで行ってしまうんだよ!


 もう少女は点になるほど小さく見える。

 遥か遠くに行ってしまう。

 もう二度と手の届かないところまで。


――置いていかないでくれ!


 限界がじわじわと迫ってくる。

 足が痛い。

 呼吸が苦しい。

 たとえ体が壊れてしまってもどうでもよかった。

 最後の力を振り絞る。

 だが足は崩れ、彼はその場に倒れる

 足がもう動かない。

 おぼろげな視界の先に彼女はいる。

 手を伸ばすことしか出来なかった。

 そこにもうその少女の姿が無いのだとしても伸ばすしかなかった。


「行くな!」


 十伍が手を伸ばした先にあったのは白い壁――ではなく天井だった。

 白い照明が目に突き刺さるように差し込んでくる。

 伸ばした手でその眩しさから目を覆う。

「俺……なにを……」

 状況の理解に脳が追いつかない。まだ意識が朦朧としている。

 そんな彼に横から声がかかる。


「起きましたか?」


 十伍はその声の方に目線を移す。

「紗綾さん?」

 そこにいたのはギルド『不断の輪』の一人で母的存在な堀江紗綾だった。

 彼女はキッチンで料理をしていた。ジュージューとフライパンの上で熱せられる音が聞こえてくる。野菜か? 魚か? 肉か? 十伍は匂いで肉の匂いだと察する。部屋の中には食欲をそそるいい匂いが立ち込めている。


「十伍君起きたんだね」

 

 十伍はその声でこの部屋にはもう一人いることに気付く。

「千世か……」

 ギルド内では最も背丈が小さい小動物を連想させる少女――日向千世。

 彼女は心配そうな顔をしている。

 なぜ彼女がそのような表情をしているのかまったく十伍にはわからない。それも彼はその心配されている対象が自分であることにもまだ気付いていなかった。

「大丈夫?」

「……え? えっと……あれ? なんで俺はベッドの上に寝ているんだ? それになんで紗綾さんと千世がここに……」

 十伍はベッドから体を起こす。

 部屋を見渡してみるとここは十伍の部屋ではなかった。見たところ男性の部屋というよりは、整理整頓がされていてまるで女性の部屋のようだった。

「ここは紗綾さんの部屋だよ」

「なんで俺が紗綾さんの部屋にいるんだ?」

「十伍君がそのまま公園で寝ちゃったんだよ。晃輝君が教えてくれて、その後は、おっさんが運んでくれたんだよ。十伍君の部屋は十伍君しか開けれられないから、紗綾さんの部屋に。そしてこうなりました」

 高校生をこのマンションまで運ぶだけの力を持っているのは『おっさん』の愛称で慕われている武蔵だけだ。

「そっか、あの時寝ちゃったのか、俺。それにおっさんにも世話かけっちまったか」

 公園のベンチで寝転がったことを思い出し、寝るつもりまではなかったのに失敗した、と世話をかけた皆に申し訳なく思った。

 紗綾が火を止めてから、皿に盛り付けた焼きうどんをリビングテーブルのところまで持ってくる。

 おいしそうな香りの正体はこれだった。

「ごめんね。簡単なものしか作れなくて」

「ああいいですよ、そんな。わざわざ作ってもらうだなんて。それよりすみませんベッド使っちゃたみたいで」

「いいのよ。十伍君は相当疲れていたみたいでしたから。今日も昨日も大変だったでしょうかから。あと、大丈夫でしたか? 先ほどまで魘されていましたけど……」

 何か悪い夢でも見ていたのだろうか? 魘されていたと聞かされた十伍だったがあまり思い出すことができなかった。

「心配したよ……」

「いろいろとなんか、ごめん」

 十伍はベッドから降りてありがたく紗綾が作ってくれた焼きうどんをいただく。やはり自分で不器用なりに作るものよりおいしい。

「【RAID TIME】が起こらなかったのは幸いでしたね」

「ん? そうだ。今何時なんです?」

「もうすぐ八時過ぎたよ」

 え? と焼きうどんを食べる手が止まる。彼が公園で寝ていたのは夕方。四時が過ぎた頃だったはず。

 彼の予想では六時ぐらいの程度だった。

 前回の【RAID TIME】は十二時半に終了。それから六時間の間は起きないが、それ以降はいつ起こるかわからない。

 寝ぼけた状況で望もうとすれば下手すれば死ぬ可能性だってある。

 だから【RAID TIME】終了から六時間以内には睡眠は済ませるという習慣をつけていた。

「えっと、それじゃあ俺ってかなりここにいたんじゃないですか? ホントなんかすみません。これ食べ終わったら自室に戻るので」

 焼きうどんを急いで口の中へかきこんでいく。

 すると紗綾はあわあわと。

「うっ……、ゴホッ、ゴホッ!」

 のどに詰まらせて十伍は咳き込む。

 紗綾の予感は的中してしまった。注意するのを遅れた彼女を見た千世は苦笑いをしている。

「だ、大丈夫ですか?! ほら飲み物です!」

 グラスに入った飲み物を差し出す。

 十伍は紗綾からそれを受け取って苦しみから解放されると「ふぅー」と息を吐く。

「あの……ひとつ聞いてもいい?」

「いいけど、 どうしたの?」


「紀蘭……っていう人はどういう人だったんですか?」


 その名前を出した途端、紗綾と千世は十伍から顔をそらす。十伍は触れてはいけないことに触れてしまったような気がした。

 だが少しながらそのことがわかっていた。それでも聞いておきたかった。

「そう……ですか……」

「なんで十伍君が知っているの? 紀蘭君のこと……」

「今日、会ったんだ。楓もその時いたいんだけど、アイツは嬉しかったようなんだけど、そのことを晃輝に話したらなんか……」

 やっぱり話さなければよかったか、と後悔の気持ちが湧いてくる。空気が異様に重い。

 しかしその元凶を作った十伍が、後々そんなことは許されない。

「そっか、やっぱり楓ちゃんは喜んでいたんだね。じゃあ私から話すよ」

「では私は洗い物やっておきますね」

 紗綾は十伍があっという間に完食してしまった焼きうどんの皿を持って台所へと戻っていく。

「あ、お願いします。楓は喜んでいたけどなんか困っていたような感じだったな」

「それは無理も無いよ。紀蘭君はこのギルドを抜けて渋谷区に行ったの。十伍君ならわかるよね?」

「あの場にいたのか……」

「だから私たちももう……死んじゃったんじゃないかと思ってたの。連絡も一切無かったからね。一番ショックを受けていたのは楓ちゃんだった。引き止めておけばよかったって」

「だったら嬉しくはないのか?」

 死んだかもしれない人が生きていたのだ。それは喜ばしいはずであるのに、なぜか素直に喜んでいないように見える。

 そこに一体何があるのか。

「私は嬉しいよ。でも晃貴君は紀蘭君が出て行ったことを一番不満に思っていた。このギルドの約束を破ったから」

 約束。

 ギルド『不断の輪』。

「私たちは皆で最後まで助けあってこの世界から出ようって約束したの……」

「『不断の輪』か。そういえば言っていたな、晃輝の奴。この輪を切るようなら許さない、か」

「十伍君はそんなことしないよね?」

 不安な表情をする千世。

 十伍は世田谷区よりややレベルの高い区域にいたため他のメンバーよりレベルが高い。その差が不安の種となってしまっていた。

「俺は抜けないから安心してくれ」

「よかった……」

「ただ一つ思うことがあるんだ。楓は紀蘭に戻ってきて欲しいんじゃないのか? またこのギルドに。でもギルドは最大で七人しか組めないし。それに……俺が埋めてしまったから」

 楓が紀蘭と会ったときのことを思い出しては、そうとしか考えられなかった。

 だから彼女はずっと自分のことを『新入り』と呼び続け、仲間としてまだ認めていなかったのではないだろうか?

 少しずつだが筋が通ってきた。

「仕方ないんだよ。紀蘭君はそう言ってきかなかったの。もちろん皆止めようとした。それでも抜けたんだから、他の誰の責任でもない」

 背も小さくて、普段は高校生とは思えないほど幼く、ギルド内でマスコット的な存在の彼女が、今だけとてもたくましい人のように十伍には見えた。

「そうですよ。だから十伍君が気に病む必要はないんです。今はもう仲間なのですから、あなたはね」

 洗い物を終えて紗綾が戻ってくる。

「俺も皆に感謝していますよ」


〔五分後に【RAID TIME】が発生します! プレイヤーはただちにモンスターの殲滅に取り掛かってください〕


 警報音とともに聞きなれたアナウンスが腕に取り付けられた【デバイス】から聞こえてくる。

「始まるようですね」

「準備しないと!」

「そうだな。今回は現れないといいんだが……」

 あの手ごわい相手はまた再選を挑んでくると言って去っていった。

 十伍でも苦戦を強いられる相手。

 それはギルドの誰もが遭遇しても苦戦する相手なのだ。

「とりあえず合流だな。ありがとう。ゆっくり休憩できたよ」

「いいんですよ、あなたは仲間ですからね」

「そうだよ! 頼ってくれていいんだよ!」

 本当にこのギルドの人々はいい人ばかりだった。

 皆が仲間を大切にしている。

 これが輪。

 途切れぬことの無い『不断の輪』。

(俺は恵まれているな)

 自分が助けられていることを日々実感させられている。

 十伍はあの時もそうだった。

 この世界に来たばかりの時も助けてくれる者がいたおかげで、今の彼はここにいる。

(どうして紀蘭は抜けたんだろうか?)

 こんなにいい人ばかりのギルドなのになぜ? と不思議に思ったのだった。

 とりあえず今はひとまずおいておき、十伍はまたそんな仲間たちを守ることによりいっそう専念するのであった。

話数のローマ数字が二文字になりました。

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