Ⅹカツテノナカマ【Old Member】
新旧の邂逅。
―――5/5_16:05―――
「紀蘭?」
「そう、はじめまして。俺は『玉泉 紀蘭』。ついでに君の名前も教えてくれないか?」
「俺は『望月 十伍』だ、よろしく」
「こちらこそ」
紀蘭が手を差し伸べたので、十伍も自然と手を差し出して、握手をする。
だがそこへ割って入る者が一人。
「ちょ、ちょっと私を無視しないでよ!」
十伍を押しのけて紀蘭の前に立つ。
「黙りこくっちゃったのはそっちじゃないか? 全く変わっていないな、楓は」
とても二人は親しげであった。
こういうときに部外者になってしまう、例えば十伍のような者は、この場にいるとなんだか気まずい。
そう、気まずい。
話しに割って入っても良いのか悪いのか悩んでしまう。
「そっか、じゃあ十伍が入ったのか」
話を振られたことで十伍は部外者でなくなり、やや落ち着きを取り戻す。だが言っていることがまだよくわからない。
「えっと、その……」
答えにくそうにしている楓。
「気にする必要はないよ、楓。いいんだって。あのギルドは俺から自分で抜けたんだから」
「ギルド?」
「そう。僕は元『不断の輪』のメンバー。そして君は僕と入れ替わりで入った新メンバー」
十伍がギルド『不断の輪』に入ったのはおよそ一週間前。
ギルドには七人までと定員がある。彼が入ることができたのはその七人の中に空席があったからだ。そこへ十伍が加わって『不断の輪』は七人となった。
「俺が入る前に入っていた……人?」
「ま、そういうことだね」
「今はどうしているの?」
不安げに尋ねる楓だった。
元メンバーとの再会を喜ぶはずなのに、楓はあまりそうではない。
十伍は自分が紀蘭の代わりに入っているということがこの場を気まずくしているのでは、と罪悪感を抱く。
「こっちでうまくやっているさ。そっちは?」
「みんな元気だよ。それよりあれ以来一度も連絡なくて心配したんだよ! もしかしたらもうあの時にいなくなっちゃたんじゃないかって……」
俯く楓の頭の上に紀蘭は優しく手を置く。
「それは悪かったよ……。そうか、楓はまだ俺のことを心配してくれていたのか。会えてよかったよ、本当に」
紀蘭の手が楓の頭から離れると、彼女は頭を上げて、立ち去ろうとする彼の腕を掴む。せっかく出会えたのだから、こんなにもすぐに別れるなんてもったいなくてしかたがなかった。さらにわがままにことを言えば――――――。
「行かないで」
だが紀蘭は彼女の手をそっと自分の腕から外した。
今は彼にも彼の居場所があるのだ。
彼女のわがままが通ることはない。
「また会えるさ、そのうち」
「わからないよ、そんなの……」
なかなか折れてくれない楓だったので、んー、と困ったような表情をしながら紀蘭は十伍のほうを見る。
いきなり助けを求められた十伍だったが、どう手を出していいのかわからない。そもそもこの問題には十伍はこの件に関わっていない。
『新メンバー』と『旧メンバー』という関係があるのみだ。
「連絡」
ぽつりと呟く。
「なんだい?」
「連絡くらいくれてもいいじゃないって言っているの! 確かに紀蘭は『不断の輪』を抜けたけど、だからって連絡を絶つ必要なんてないじゃん! だから……」
必死で乞う様子を見た紀蘭は、「わかった、わかった」と言った後に、手を振って雑踏の中へと姿を消していった。
そして残された二人。
「なかなかいいやつじゃないか」
「さぁ?」
「なんだよそれ……」
「だって十伍には関係のないことだもん」
楓はそそくさと帰ろうとし、十伍はそれを早歩きで追って行った。
帰りにはあまり二人は言葉を交わさなかった。というよりは楓があまり話したがっていないように思えたからである。
その無言の彼女の様子を電車の中で横目に見ると、どこか嬉しいようで悲しいような複雑な気持ちでいるように見える。
十伍は彼女も考えたいことがあるのだと理解し、自分も少しだけ昔のことを思い出しながら電車が駅に着くのを待った。
〔PM04:37〕
夕焼けが街を染め出している頃に十伍たちは彼らの住むマンションに到着した。
十伍も部屋へと戻っていったことはいいものの、することがなくて時間を持て余していた。
「どうすっかなー」
次の【RAID TIME】発生まで最低でも二時間はある。
『ラセツ』と名乗った者の言葉を信じれば、今日はもう襲っては来ない。
ただ信用できる相手ではないため、この問題が片付くまで警戒は怠らないとギルドの皆で決めた。
「散歩でも行ってくるか」
自室を出て、適当に外をぶらつく。
まだ春ということもあり夕方でも寒くはない。
とりあえず近くの公園にでもふらっと立ち寄ると、見知った顔があった。
「上手いな」
十伍は公園でバスケットボールをしている少年へと近づく。
誰かが近づいてきていることに気付いたその少年――晃輝はキッと睨む。
「なんだお前か」
「睨むなよ……」
相手が十伍だと知った晃輝はまたすぐにバスケットボールを拾っては、そのボールをゴールへと綺麗に吸い込ませる。
この公園にはバスケットボールをするためのコートがあるわけではない。ただ一つだけゴールが設置されていてそこへただひたすらシュートを決め続けている。
十伍は近くのベンチに座り込む。
「何しに来たんだ? なんか用か?」
「んー、暇だったからな」
「あっそ」
会話が長続きしない。
晃輝も楓と同様であまりフレンドリーな人物ではないようだ、というのが十伍の抱いた印象だ。
ちなみに十伍は高校二年生で、晃輝は高校一年生なのだが、とくに先輩後輩という意識は全く持って存在しない。
晃輝と同じ学年の千世は対照的で、十伍が入ったときからまるで子犬がよって来るようになれ親しかった。
『不断の輪』には色々な人がいるものである。
「あ、そういえば、さっき紀蘭っていう人に会ったぞ。俺が入る前のメンバーだったんだってな」
さきほどの楓からは紀蘭という人物について聞き出すことは出来なかったので、晃輝に聞いてみることにした。『不断の輪』の者なら誰でも知っているはずだからである。
その話題を持ち出したところで晃輝はボールを取りに行くことを止めてしまった。
「……」
ボールを拾いに行く代わりに初めて十伍のほうを向いた。
夕日の逆光で彼の表情は十伍からは見えない。
「そうか。だが俺達には関係ない」
それだけ言うとまたゴールの方を向き直し、ボールを取りに行く。
「……それだけか? 楓は戸惑っていたぽかったけど再会には喜んでいたぞ?」
あまりにも晃輝の反応が素っ気無かったため、なにか変に思えた。楓の話では連絡も一切とっていなかったようなので、十伍はてっきり喜ぶと思ったのだが……。
「楓はアイツと会ったのか?!」
なぜそこまで驚いたのかは十伍にはわからなかったが、とりあえず頷く。
「けっこう仲よさそうだったな。もしかして……付き合ってた、とか?」
どことなく気になっていたので試しに訊いてみることにした。楓と紀蘭との様子を見ていた限りでは考えられなくもなかった。
晃輝はそっぽを向く。
「知るか……そんなこと……」
「……じゃあさ」
そこでもう一つ晃輝に関することで聞いてみることにした。
百パーセント彼をからかうつもりで。
「晃輝は好きなのか? 楓のこと」
今度は口で出さなくとも態度で答えを表してくれた。
ボールを取りにいく足は止まってぎこちなく晃輝は首を回す。ロボットの真似でもしているかのようだ。
「な、な、な、なんだとぅお?!」
夕日の逆光で彼の顔は影になっているが、それでもどんな表情をしているかは想像することができた。
さぞかし、驚きと、戸惑いに満ちた顔をしているのだろう、と。
「ははっ、お前、いきなり、何を言い出すかと、思えば」
「声がカタコトになってるぞ?」
十伍は「これでコイツの弱みを握った!」と心の中でガッツポーズ。
しばし沈黙した晃輝だったが……。
「あぁそうさ! 惚れてるわ! 悪いか! アホ!」
開き直ってしまった。
近くの民家まで聞こえそうな声の大きさで叫んだが、もしこの近くに楓本人がいたらどうするつもりなのだろう、と十伍は半ば楽しみだとも思いながら驚いた。
バックに浮かぶ夕日が彼の顔の肩代わりをしている。
「はぁ……つーか、言うなよな」
「わかってるって」
「って……待てよ……。お、お前まさか今日出かけてたのか?! 楓と! まさか狙ってんじゃないだろうな?!」
「狙ってないから安心しろ。――――――安心しろ、楓は『アイツ』じゃないからな」
「ん? まぁいいや。とりあえず安心した」
晃輝は後半が聞き取れなかったが、十伍が恋敵でないことを知って安心できたので別にどうでもよかった。
ようやくボールを拾って、そのまま公園を出て行こうとする。
「止めるのか」
「お前のせいでそんな気分じゃやなくなったんだよ」
原因を作ってしまったらしい十伍はもう少しここでただぼーっとすることにした。
晃輝はそんなこと気にせずに立ち去ろうとしたのだが、まだ何か用があるようで立ち止まってしまった。
「お前は絶対にこのギルドを抜けるなよ」
まっすぐ十伍の目を見据える。
彼の顔はいつになく真面目であった。
「とくに抜けるつもりはないが」
それにつられて次は真面目に答えてしまう。
「ならいい。だがもし再びこの輪を途切れさせるようなことがあれば俺はお前を許さないからな」
「?」
晃輝はそのことが聞きたかっただけのようですぐに帰っていこうとした。
(なんだったんだ?)
十伍はベンチに寝転がった。これでこの公園にいるのは彼一人となった。
横には真っ赤な夕日がある。
今の季節は春だが、夕日は今とは正反対の季節を思わせる。それはある一人の少女の名のように。
(かつての仲間、か……)
今日はまた色々なことがあった。
【RAID TIME】では渋谷区にいた頃の十伍を知っている者と交戦。
楓に連れられて渋谷区に久しぶりに訪れたこと。
そこで『不断の輪』の元メンバーと会ったこと。
そのどの出来事もが十伍に昔のことを想起させる結果となった。
十伍は腕で目元を覆う。今回ばかりは堪え切れなかった。
忘れたほうが楽なのか。
だが忘れたいとは思わない。
彼のかつての仲間であり――――――大切な人だった。
叶わぬ願望を抱いては唇を噛む。
(会いたいよ。俺はお前にまた――――――)
彼の意識はそのまま闇へと落ちた。




