Ⅶアソビデハナイ【Duel】
バトル開始。
―――5/5_12:00―――
〔【RAID TIME】START〕
戦の前の腹ごしらえは既に済ましてある。
「作戦通りで行く」
武蔵の言葉に他六人が「了解」と返事をする。
『PK』の対策としては後衛三人が警戒に当たることとなった。
凛夏と千世は定位置で『J級』のモンスターを排除。十伍は移動しながらのモンスターとの戦闘、警戒、偵察。
前衛の四人も、とりあえずは怪しい影には気をつけつつ、上級モンスターを倒して【結晶】の回収に専念している。
ギルド内でもレベルの高く、さらに機動力に優れた十伍が警戒役には適任だった。
そして今回は『K級』の捜索は避けて、なるべく近くで十伍も動くことになっている。
「『PK』ねぇ……」
楓が『J級』を軽く屠りながら呟く。彼女は十伍に与えられていた『役割』について知って不満だった。そして今朝に店にいた人物のことも聞かされていた。ただ彼女もその者についての特徴は掴めなかった。
「まったく『新入り』のくせにそんな役割を与えるなんて、俺たちだって頼りになるっての!」
晃輝も楓と同様に不満を持っていた。
苛立ちをモンスターにぶつけて一刀両断する。
「すまねぇな、ほんとに。これじゃリーダー務まってねぇ」
武蔵は今回のこの件を迷っていたことに不甲斐なく思っていた。
もっと早くから話しておけば良かったと。
昨日彼が十伍に言ったことを思い出しては恥かしくなった。
「おっさん、もういいよ。そんなのだと、おっさんらしくない。もっとさ! どかーん、とやるのがおっさんだ!」
「そうよ! なんか調子狂うなって思うのはおっさんのせいだ!」
楓と晃輝がいつもの武蔵にない気迫の無さについて指摘する。
それを聞いて彼も持ち直し始める。
「そうだよなぁ! 俺が先人を切ってやらねぇとなぁ! いくぞ! 【大地の怒り】!」
巨大ハンマー【巨人の鉄槌】でモンスターをなぎ払い始める。
それを見た楓と幸祐もいつもの調子を出し始める。
十伍は離れたところで前衛の調子が元に戻ったことを確認する。
(さて、俺には俺のやることがある)
周囲一体を見渡す。
今日は交差点での戦闘は行わず、道路で行っている。これは開けたところで戦うのを避けるためだ。四方から狙うことができる場所では、どこから攻撃が飛んでくるかがわからない。だから一本線の道路のほうが見張りはしやすいし、敵が攻撃して逃げるなどということをしないように追跡することもしやすい。
だから敵側としては狙いにくいのだ。
ただ十伍には引っかかることがある。
(今朝に会った奴は本当に仕掛けてくるのか?)
サングラスなどで顔を隠していたため、どんな人物かもわからない。ただのはったりの可能性だってある。
だが彼は否定する。
その者が口にした言葉があったから。
(絶対来るはずだ)
彼はそう断言する。
しかし、どこからやってくるかはわからない。
彼がまた前衛の方へ視線を戻した時だった。
視界の横に黒い影を見る。
(来たか!)
その者は十伍と戦うのを楽しみにしていると、発言した。
けれどもその者が今狙っているのは前衛だ。
十伍は黒い影に向かって弾丸を放つ。
それによって相手も居場所を知られたことに気付く。
黒い影は逃げ出し細い路地に入ろうとする。
「【追い風】」
十伍には移動速度を上げる【PSI】がある。【PSI】を使って強化したものと、常人の走る速度では、前者のほうが速い。
十伍の動きに最初に気付いたのは凛夏だった。
凛夏は十伍の代わりに通信を入れる。
《十伍が追跡を始めた》
十伍はただひたすら追跡する。
先に入っていった者と同じように十伍も細い路地に入る。
「……」
すると彼はすぐに立ち止まってしまった。
「また会えたな」
逃走者は薄っすらと笑みを浮かべる。その者は今は逃げるのを止めて、十伍のほうを見て立ち止まっている。
彼の発言から、十伍は今朝会った人物と同一だと判断する。さらにあの時の声と同じように聞こえたからだ。
「何が目的だ? 【結晶】の横取りか?」
十伍は逃走者に銃を向ける。
そして逃走者も十伍に銃を向ける。
「さっきのはほんの挨拶だ。こうした方がお前はついて来てくれるだろうと思ったからな。そして俺の目的はお前と戦うことだ」
問いに返答。
会話はそれで途絶えた。
数秒間の沈黙。
それはそれぞれの銃から発せられる銃声によって砕かれる。
「「――――――ッ!」」
二人とも最初の銃弾を避ける。
【強化】を発動中における弾丸から伝わる『痛み』というものは、実際のものに比べればかなり小さい。
だが当たれば一瞬の怯みが生じる。それは人間の反射機能が、ここは『ゲーム』で本当に弾丸が肉体を打ち抜くわけでなくても、勝手に弾丸を危険なものだと判断する。
そして一瞬の怯みは相手に次なる攻撃の隙を与えることになる。
十伍の【追い風】には時間制限があり、現在はもう発動していない。さらに連続で使用することもできない。
二人の距離は五メートル以上。
互いに物陰を利用して弾丸を防ぐ。
幸いにもモンスターはここまでは来ていなかった。相手方はそれを踏まえた上でこの場を選んだとも、十伍は考えた。
(どうする? 逃すのはまずい。でも相手の【HP】を『0』にするまで戦うわけにはいかない)
この勝負には決着がつくのだろうか。
十伍は疑問に思った。
ここが『Reality Cyber Space』でなければ、たとえ【HP】を『0』にしても相手のプレイヤーは『町に戻る』とかなどの程度で復活するが、この世界は違う。
一度きりだ。人に命が一つしかないのと同じように。
こと銃撃戦においては相手の【HP】はなかなか削ることはできない。
楓や晃輝のような剣、武蔵のハンマーのように、一撃にそれなりの攻撃力を秘めているものであれば、互いの【HP】は減少していきやがて決着はつく。
(切がないぞ。あれを使って一気に攻めるか……。それと武器破壊で決着をつけるか)
【武器】そのものへの攻撃も可能である。その場合はプレイヤーへのダメージではなく、【武器】へのダメージ、すなわち耐久度の減少。
これができれば相手の無力化ができる。
ただ新しい武器を取り出したりしなければの話だが。
「おい! 一つ聞く!」
十伍は相手に結着がつくように交渉を持ち込む。
「なんだ?」
お互いに一時打ち合いを止めた。
それでも物陰からは出ようとしない、相手も、十伍も。
「お前の目的は俺と戦うことで間違いないな?」
「ああそうだ。『あの時』に最前線にいながら生き残っていたということを聞いたものだからな。ふん、少々お手合わせ願いたかったのだよ」
「この戦いをどうやって終わらせるつもりだ? 俺がお前を戦闘不能にしたらそれで終わりになるのか?」
平和的な解決を望む十伍だったが、彼の思惑通りにはいかなかった。
「ずいぶんお気楽なことを考えているな。これは『遊び』ではない、『殺し合い』だ」
「どうしてもどちらかの【HP】が尽きるまで続けるのか?」
「……甘いな。世田谷区に移ってから生温くなったか?」
「俺は渋谷区にいた時も一人として殺していない!」
二人の意見はいつになっても噛み合うことはない。
どちらかが妥協するしかなかった。
先に口を開けたのは相手方。
「俺はお前を『殺す』つもりで闘う。お前が例えその気でなくともな。もしどうしてもお前の望む結果にしたければ、俺を屈服させて見せろ!」
にやりと笑ったのは十伍だった。
相手の【HP】を『0』にすること以外の終わりがあるならば、そうすればいい。
「構わない」
これでお互いの意見は噛み合わなかったものの終末は見えた。
「そういえば名乗っていなかったな。俺の名は『ラセツ』だ」
「『ジュウゴ』だ」
十伍はアイテムウィンドウを開く。これが相手の【HP】を『0』にすることを結着とする以上、相手は本気で来る。だから十五もそれに対応できるように【武器】を変更する。
準備を整えた十五だったが、相手のほうが先に動いた。
(なにっ?)
彼は完全に予想の裏をかかれた。
この停滞状況を覆すための『手段』に出ようとしたのだが、それを相手のほうが仕掛ける、しかも先にとは思いもしていなかった。
(まさか近接戦闘もいける奴かッ!)
十伍は『銃』を向けて放つ。
だがそれはほぼ効果の無いものとなる。
「【青き閃光】!」
相手の【PSI】が発動する。
先ほどまでは銃しかなかった手とは別に、もう片方の手で剣を握っていた。
その剣が縦に振り下ろされたことで電撃が地面を伝って十伍の元まで到達する。
「――――――【紙一重の鎧】!」
慌てて十伍は防御系の【PSI】を発動。
ダメージなどは軽減されるが、それでも強めの静電気が弾ける感覚を味わう。
そこへ相手は急接近していた。
十伍は振り下ろされる剣を『剣』で受け止める。
「それがお前の武器か」
「っ……」
それぞれの刃が弾きあい、その反動でお互いに後ろへ下がる。
「Jack of all trades.やはりその名の通り、器用に異質な武器まで使いこなす。それがお前のお得意武器か?」
十伍が右手に持つ【武器】。
それには鋭く槍のように前方へと伸びた刃がある。
またそれには弾丸を放つための銃口がある。
『剣』と『銃』。
二つの武器を備えた【武器】。それこそ十伍の扱う――――――『銃剣』だ。
「お前こそ。拳銃に片手剣。ずいぶん器用な使い方じゃないか」
相手が放った【青き閃光】による痺れが引いて立て直す。
彼が持つ『銃剣』は片手で扱うこともできるが、やや重量があるので左手を添えて支えている。
「ふんっ、お互い『銃』と『剣』を扱うもの同士か。そんなもの『RCS』でどうやって手に入れた?」
「そいつはちょっと教えられねぇよ。自慢の【武器】だからな」
十伍は額で汗をかいている。ここは人工的な仮想世界であり『ゲーム』なのだが、汗が滴る感覚を得る。
(どうする?)
十伍にとって相手が近接武器と遠距離武器を同時に使いこなすプレイヤーだということに加え、剣でも遠距離攻撃可能な【PSI】を持っていたことが厄介だった。
(あの【青き閃光】は麻痺効果もあるかもしれない。直撃は避けないと)
麻痺効果は一定時間の間、動きが鈍ってしまう。
一瞬の怯みよりも隙を与える結果となる。
《十伍、そっちは大丈夫か?》
十伍は返事ができなかった。
【デバイス】の通信機能を使うためには、【デバイス】にある通信スイッチを押さなくては発信ができないようになっている。
ここで両手を使えなくしてしまったら相手の攻撃を防ぐことが困難になる。
「どうした? 答えないのか?」
「……」
十伍は返事をすることはしない。代わりに『銃剣』を構えて戦闘体勢に入る。
彼はただ思った。
この戦いを終わらせてからすればいいと。




