Ⅵモノシリ【Another Gunner】
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「凛夏さん、買ってきましたよ」
「そこ置いといて」
回転椅子に座った凛夏が一八〇度回転する。
そしてアイテムウィンドウを開いて、十伍が彼女にお使いを頼まれたものと、代金を机の上に置く。
「十伍はなかなか『おもろいもん』を持ってんなー」
凛夏から昨日メンテナンスのため預けていた【武器】を受け取る。
「あはは……俺がゲームやる時の癖でね。珍しい武器があると使いたくなっちゃうんです」
「でも何でこの一週間隠しとったん? 皆を驚かせるためか?」
「まぁ……」
十伍が『不断の輪』に入ってからはずっとアサルトライフルを使っている。
これは後衛で上空のモンスターを追撃するのに優れているからだ。それに銃の中でも移動速度もあまり落ちない。
「隠すなや」
凛夏が急に低い声で十伍の隠している本心を射抜く。
「なにを?」
これは昨日、リーダーの武蔵と話し合った結果で他のメンバーには話さないと決めた。だから誰にも話しておらず、十伍と武蔵以外は誰も知らない。
そのはずなのに。
「惚けんな」
まさか武蔵が話したのか? と十伍は思う。
または悟ったとでも言うのか、とも。
この件は十伍が自分で頑張ると決めた。他の仲間を守るために。
「昨日の【RAID TIME】の終わりといい、今朝の【RAID TIME】といい」
「何です……か?」
浅くつまらないことのように凛夏はため息を吐く。
「【PK】のことやろ?」
凛夏は一向に口を割らない十伍だったので、核心に一発で触れた。
それによって十伍の顔から驚きが出る。
「バレバレ。最近密かに話題になってきとるからな、この辺りでも。ほんで昨日の夕方はそれっぽい奴を追いかけたと」
「……ばれてたか」
十伍はもう隠し通すのは不可能だと判断する。
「ていうか、一応言っとくと気付いとったわ、私も」
得意げに笑ってみせる凛夏。
彼女は現実世界では高校を卒業してばかりの女性だ。高校二年生の十伍よりも年上である。
もう十伍と違ってもう子供でない。
「『そんな』って顔をすんな。思った通り十伍は追いかけてった」
「そこまで……すごいっすね」
彼の予想を遥かに超えたところまで凛夏は知っていた。知っていただけでなく、十伍が昨日の【RAID TIME】で『怪しい者』を追いかけていくことすら計算済みだった。
「悪いけど私に隠し事は無意味。アンタが『不断の輪』に入る前にも何があったかは察しがついとる。なぁ?」
凛夏は十伍のことをこの時『別の名』で呼んだ。
『Jack of all trades』。
彼女の笑みは悪魔のような笑みだ。
もう十伍は声すら出なかった。
「ま、精々私らの背中を守ってくれや。頼りにはしとるで、ほんま」
無言の後に、十伍は変な笑いが込み上げてきた。
「一体どこまで知っているんですか? ははっ、すごいや!」
「おいおい……壊れるな、正気に戻れ」
少しの間笑いが止まるのを待ってから十伍は話を始める。凛夏ならば何でも話せるような気がしたからだ。
「今日その名を聞いたのは二回目です」
その言葉を聞いて凛夏は眉をひそめる。
彼女がその名を知っているからこその反応だった。これを楓などが聞いたとしても「は?」と返されるだけだろう。
「知り合いか?」
「違うと思う……だけど渋谷区にいた奴には間違いない。この『二つ名』なんてそれほど知れているものじゃないから。それを知っている凛夏さんはすごいと思うよ」
「風の噂。それとアンタが私に頼んだ【武器】を見て立てた予想や。他にあんな武器使う奴はおらん。見たことない。というか見るのが楽しみや。だからアンタがさっきちゃんと否定しとったら私は信じてなかったで?」
「俺のミスってことか」
「情報提供にご協力感謝や。そいでその不審者は昨日の奴なんか?」
昨日の【RAID TIME】で十伍が取り逃がした怪しい者の正体。顔を見ることはできなかった。
店で会った者もサングラスなどで顔はわからない。ただあそこにいたということはその者も銃を使うという可能性が高い。
「はっきり言えることは、アイツはいつか【RAID TIME】に現れる、ということ。『戦うのを楽しみにしている』とか言っていたから」
「思いっきり【PK】やる気満々ちゃうか? その人物。それに狙いは十伍か」
「わからない。俺だけじゃなくて、他の仲間もつれてギルドそのものに攻撃を仕掛けてくるかもしれない」
「『俺のせいで結局は仲間を巻き込んでしまう』とか言いたそうな顔やな」
図星だった。凛夏は勘が鋭すぎる。
「話すべきやと私は思う」
「え?」
十伍が昨日下した決断とは全くの反対の答えを凛夏は言った。武蔵に相談された選択すらも見透かして。
「俺が一人で何とかしようとしている、って思ったんですか?」
「それは丸わかり。まあ、私も後衛の一人として警戒はしておく。ただ話しておいた方がええわ。そんで理解してもらい。『俺が警戒するから、皆はモンスターに集中しろ』ってさ」
凛夏はまた机の方に向きを変えてしまった。その時に彼女が浮かべていた笑みは楓や千世とは違って少し大人びた綺麗さを秘めている。
「え、えっと……」
「ほら用事は終わったやろ? 皆に話しとき」
「わかりました」
十伍は実感する。このギルド『不断の輪』には頼れる人がいるのだと。たとえ『Reality Cyber Space』ではレベルが高いからといって上級者、下級者などという枠組みは関係ない。ここは現実世界と同じで年上は頼れる。
この後、十伍は武蔵ともう一度話し合った上で、【PK】の警戒について皆に話した。
そして【RAID TIME】が訪れる。




