Ⅴオツカイニイコウ【To Gun Shop】
―――5/5_07:27―――
「ねぇ、新入り?」
「なんだ? というか俺には『楓』って呼べとか言ったくせに、どうして楓は俺のことを苗字ですら呼ばないんだよ?」
十伍と楓はまだ朝の街を歩いていた。朝なので人の数も少なかった。
今がゴールデンウィークであるということもあって、通学通勤する人が少ないためかもしれない。
「アナタをまだ認めていないからよ! 昨日だって『K級』見つけるのに半分も時間を使ったしぃ? 私が【魔性の大蛇】を倒しに行こうとしたら邪魔してくるしぃ?」
「あー、はいはい。すいませんでした」
楓が執拗に突っかかってくるのを適当に流しながら欠伸をする。
昨日中には結局、【RAID TIME】は起きなかった。
起こったのは今日の午前五時。
まだ日の出が始まったぐらいで外は薄ら暗かった。
さらにとても静かだった。ただしモンスターの鳴き声を除けば。
十伍が眠いのは、わざわざ夜中に発生するかもしれない【RAID TIME】のために十一時まで寝て、そこから起きていたからだった。
対して楓はどうやら【RAID TIME】の発生の警報と共に起きて、睡眠は十分取っていたらしい。欠伸一つしていない。
五時に発生した【RAID TIME】でもそうだった。
「やっぱもういいわ……名前で呼ぶことにする」
「あれ? どういう風の吹き回しだ?」
「さぁ? アナタの態度が少し変わったとかそんなことじゃないかしら?」
「ふーん。つーか眠い……」
楓の言うことに十伍はなんとなくだが心当たりがあった。そして一人でそういうことなのだと納得した。
彼らが朝の街を歩いているのにはちゃんとした理由がある。
一言で表現すれば『お使い』だ。
『不断の輪』では銃を扱うプレイヤー、十伍と凛夏の二人がいる。
銃は攻撃するために弾丸を必要とするのは当たり前だ。それは『Reality Cyber Space』でも例外ではなく、弾切れになったら逐一補充しなければならない。
凛夏の持っている弾丸が切れかけていると聞かされた十伍は、彼女にお使いを頼まれた。凛夏自身が買いに行かないのは武器のメンテナンス―――といっても【武器】に設定されている耐久度の回復だ。
道具は使い続ければいつかは故障する。それを【武器】にも当てはめて、使い続けると『耐久度』の数値が減っていって、『0』になればその【武器】は壊れて消滅してしまう。
同じ武器を長期的に使いたいプレイヤーは耐久度を回復しなければならない。
これには専門の『スキル』が必要で、その『スキル値』を上げていない物が行おうとすれば【武器】の耐久度を逆に下げる結果となる。ひどい時には【武器】そのものを壊してしまうことさえある。
だから十伍は、自分の【武器】のメンテナンスを凛夏に任せ、それに時間を費やさなければならない彼女のために十伍がお使いに行く、とお互いに助け合っているのだ。
「十伍」
先ほど名前で呼ぶと宣言した通りに、楓は『新入り』という呼び方をやめた。
彼は名前を呼ばれて隣を歩く楓のほうを見る。しかし。
「ねぇ……そんな顔でまじまじと顔を見ないでくれない?」
十伍は楓の顔を見た途端、何かとんでもないものを見てしまった時のように口をぽっかり開けていた。
「え、あっ。あぁ……」
我に返ったような彼は楓の顔から視線を外してもとのように前を向く。
「何か私の顔に付いてるの? でもそれはないか……ここゲームだし。さすがに『RCS』でもそこまでは再現できない……いやいや、もしかしたらそこまでできてるのかも……」
顔をぺたぺた触っていることに気付いて、十伍は声をかけてやる。
「いや、何もついてないよ」
「そう、それはよかった……ってじゃあ何でさっきあんな顔したのよ?! 気持ち悪っ!」
並んで歩いていた十伍と間隔をとる。警戒心むき出しで、十伍を怪しい者のようにして見ていた。
「い、いや! 何でもないって。ちょっと思い出しただけで」
「何をよ?」
「えーと、凛夏さんに頼まれたことを、さ」
隠し事をしているような十伍を細めで数秒間睨む。十伍は固まったようにしているが、気にすることも面倒くさくなって諦めた。
「そういえば、凛夏のこともおっさんのことも、呼び方変えたのね」
十伍が『不断の輪』のメンバーを呼ぶときは苗字や『さん』を付けていたが、昨日の武蔵にそう強制されたことで呼び方を変えていた。その後、凛夏に会ったあとも同じように言われたので下の名前になっている。
彼としては二人とも年上なのでせめて『さん』は付けたいと思っている。凛夏の方は『さん』付けでよいと言ったので『凛夏さん』と呼ぶようになった。
しかし楓には会った最初の日から強制されていて呼び名は最初から『楓』である。
「そっちのほうがすっきりしていていい。中途半端は嫌いなのよ」
十伍は内心で、道理で気が合わないわけだ、と思った。
今まで一つの『VRMMO』を決めて、一流までにレベルを上げるなどということはしなかった。色々なものをかじって止めてしまうということが多かった十伍は、プレイした『VRMMO』のタイトル数は多いが、どれも中途半端にしかプレイしていないプレイヤーだった。
「で、なんで、楓はついて来たんだよ?」
十伍には凛夏のお使いという役割がある。それは十伍に任されているのであって、楓に任されているわけではない。
「一回見てみたかったのよ。銃専門の店」
『Reality Cyber Space』は東京二十三区を舞台にしている。そして日本には『銃刀法』がある。街の目立つところに『銃専門店』などが建っていたら景観破壊は甚だしい。この世界の製作者は現実世界の再現に重点を置いているためにそんなことはない。
だから【武器】を売っているのは、現実世界で『怪しい場所』でしか手に入らないように、『裏の店』なのだ。
このゲーム開始当初はこれを見つけるのにプレイヤーは頭を悩ませた。店そのものが隠し要素のように存在しているので、まだ見つかっていない店も存在する可能性だってある。
「あ、そこの角を左な」
「角?」
交差点は遥か先に見える。だがそれは楓の視点であって、十伍の視点においては『建物と建物の細道』さえも対象になる。
「おぉ、なんかそれっぽい場所に来た」
細道では二人で並んで歩くには狭いので、十伍の後を楓が続く形となる。
初めてこの場所に来る楓は、両先にそびえる建物で影となったこの道を眺めていた。
十伍は立ち止まる。
「あたっ!」
上の方を眺めていた楓はそのまま十伍の背に激突した。
「急に止まらないでよ」
「前見て歩けよ」
一枚のドアの前に立ち止まる。明らかに裏口だ。だがこの向こう側にある部屋にとってはここが『唯一の入り口』なのだ。
中に入ると、そこは予想以上に開いた空間。コンビニエンスストア一件分は優にある。
売っている物はもちろん。
「うわー……銃がいっぱい……」
楓の口から率直な感想が出る。壁には拳銃から機関銃までさまざまな銃が展示されている。
「他に客ありか……」
ここは凛夏から教えてもらった店。あまり知る人のいない自慢の店だったのだが、先客がいた。
「……」
その先客も気付いたのか、十伍と楓のほうを見る。サングラスに帽子と、見るからに怪しかった。現実世界でもこのような格好をして訪れそうで、背景にしっくりきていた。
逆に十伍と楓は一般高校生の私服で場に似合わない格好をしている。
すぐに仕事を済ませようと店員の人がいるカウンターへ行く。
買うものは決まっているので代金と引き換えに商品を受け取ればよいだけ。
この間にも楓は、親の買い物についてきた子供のように展示物を眺めている。
先客が店員とのやり取りを終えるのを待つ。
(やっとか……)
入れ替わりで十伍が店員に話しかけた時だった。
「Jack of all trades. お前と戦えるのを楽しみにしているぞ」
先客が十伍とすれ違いざまに彼に告げた。
「な――――――?!」
そのまま出て行こうとする先客を十伍は追いかけようとするが、今彼は店員と会話中なので追いかけることができない。
人と会話をしている時はその会話を終了しなければプレイヤーはその場を動くことができない。
先客は店から出て行ってしまった。
十伍は急いで店員との会話を終了させる。
「えっ?! 十伍?!」
彼は楓を店に置き去りにして全速力で飛び出して行ってしまった。
十伍は細道を右と左のどちらに行こうかと一瞬迷って、右のほうへ走る。
(どこだ? どこにいる?)
普通の通りに出て見える限りを見渡すが、さっきの先客の姿はどこにもない。
反対側へ行ってしまったのかもしれない。
今から追いかけても追いつかないのは明らかなので仕方なく彼は断念せざるを得なかった。
「ちょっと?! なんでおいてくのよ?! ひどすぎるわよ!」
楓が細道から頬を膨らませて歩いてきた。
後ろから愚痴をいくつも浴びせられているが十伍の耳には届いていなかった。
彼はただ唐突の出来事に戸惑うばかりだった。
(なぜだ……。なぜその『呼び名』を知っている奴が世田谷区にいるんだ?)




