プロローグ
「聞いた?青組のあつやくんとりつちゃん、ケッコンのヤクソクしたんだって」
「へー、すごぉい」
「………」
ノストラダムスの大予言を十数年後に控えた、ある日ある幼稚園にて。小さな男の子女の子が5人、木の下のベンチに座っていた。足をブラブラさせながら、彼らは大して弾まない会話を彼らなりに楽しんでいた。
「バカみてーじゃん。ジンセーセッケーもろくにできてないうちから。むせきにん」
「えー、モモはいいとおもうな。ロマンチックだもん。あこがれちゃう」
「モモはコドモねー。こういうヤクソクって、おっきくなったらアシカセってゆーの?ジャマなだけじゃん」
「……」
男の子のうちの1人…一番小さな男の子が、
「そうかな?」
というように首を傾げる。
「そうよ」
と溜め息混じりに言うのは、つり目気味な女の子。そんなことないのに、と頬を膨らませるのは、髪に緩いウェーブのかかった女の子。「だいいちさ、ガキのころのヤクソクなんて、わすれちまうよ」
伸びをしながら、短髪の男の子が言う。ウェーブの女の子は、うーっと膨れっ面のまま。
「そんなのヘンだよ、ヘン!」
「モモガキだなー」
「ガキだよ、まだ5さいだもんっ」
尤もな返答。すると、今まで口を開かなかった男の子が、ふにゃっと笑った。
「カコはカコ、イマはイマ、ミライはミライじゃん。ぼくらはぼくらだし、ね?じんせーイロイロ」
「はァ?なにいいてーの?」
苦笑混じりに短髪の男の子。確かに、彼の言葉は言いたいことが沢山あるのかぐしゃぐしゃで、いまいち伝わらない。
「つまーり!」
びし、と大きく青い空を、男の子の小さな人差し指が見据えるように指す。
「ぼくは、ぼくらがずーっとトモダチでいられたら、それでいーのですっ」
「あはは、わけわかんない」
クスクスとつり目の女の子が笑った。それを満足げに見てから、男の子はウェーブの女の子の方を向き直った。女の子は目を丸くする。
「それにねー」
あぁ、なんて眩しいんだろう。女の子は思った。自分を真っ直ぐ見つめてくる男の子が、太陽に見える。笑顔を見ると、目がチカチカして、心もきゅうっとなる。寒い日に、家からいきなり外に出た直後に胸が苦しくなる。あんな感じ。
「ぼく、モモのみかただから、モモいじめちゃダメーなの」
ねー、と男の子が笑う。ウェーブの女の子の頬が、ぱぁっと桃色に染まる。恥ずかしくて、嬉しくて、なのに苦しくて…。女の子は、そのよくわからないモノの存在に気付かれないように、そぉっとはにかんだ。
数年後、女の子……新垣桃は気付く。
それは、甘酸っぱくて、チクチクする不思議なそれは、
「恋」
なのだと。