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薔薇の涙

作者: 小鳥 歌唄

     挿絵(By みてみん)


 深い森の中を歩いている、一人の少年がいました。少年はこの森の中にだけに咲いていると言われる、特別な薔薇の花を探して、毎日足を運んでいます。

 その薔薇の花は、刺が無いと言う噂。花弁は海の様に綺麗な青色をしており、その薔薇を愛する人にプレゼントをすれば、必ず想いが届くと言われている、誰も見た事が無い幻の薔薇。

 少年は青い薔薇の花を求め、毎日深い森へと足を運んでいました。しかし森の中には、危険が沢山潜んでいます。

  凶暴な猛獣、毒を持った植物、何より迷路の様な森の中は、一度迷ってしまえば、二度と出る事が出来ません。だから村の人達は、誰も近づきませんでした。それでも少年は、一つ一つ道を探し、迷わない様目印を付け、奥へと進んで行きました。

 今日も少年は青い薔薇の花を探しに、森の中へと入ります。目印を頼りに、奥へ、奥へと進んで行くと、木々に覆われた小道を見付けました。

 「水の香りがする・・・。きっとこの先に、湖があるんだ。」

 小道の先から、微かに水の匂いがしました。少年は嬉しそうに笑うと、小道の入口の木に、目印をナイフで刻み込み、先へと進みます。進むに連れ、道が湿り出し、狭いトンネルの様に覆われた木々は、より小道を覆い、日差しを隠し出しました。

 小道を抜けると、そこは高原になっていました。とても小さな高原。高原の周りには、まるで太陽を隠すかの様に、沢山の木の枝が絡み合い、その一帯を囲んでいます。

 少年の目には、それが鳥籠の様に見えました。森の中に在る、自然に出来た大きな鳥籠。その鳥籠の真ん中には、小さな湖の中で、一人の少女が泣いていました。湖の中に座って、泣いている少女の体は、腰まで水が浸かっていました。

 少年はそっと少女に近づきました。

 「どうしたの?どうして、泣いているの?」

 少女に尋ねるも、少女は俯き泣き続けるだけで、答えようとはしません。困った少年は、もう少し少女に近づいて尋ねてみようと、湖の中に入ろうとしました。

 「ダメ!入らないで!」

 突然の少女の言葉に、少年は驚いてしまいます。

 「どうして入ったらいけないの?」

 また少年が尋ねると、少女はそっと顔を上げました。

 「見付かってしまう。水に触れられたら、見付かってしまうから。」

 涙を零しながら言う少女の顔を見て、少年はそっと湖から離れると、湖の前に座りました。

 「見付かってしまうって?誰に見付かってしまうの?」

 「カエルよ、大きなカエル。」

 「カエル?」

 少年は不思議そうに首を傾げました。すると少女は、首を傾げている少年の顔を、じっと見つめ始めます。

 「貴方はカエル?」

 今度は少女が少年に尋ねると、少年は可笑しそうにケラケラと笑いながら答えました。

 「違うよ。カエルに見える?カエルじゃ無いよ、僕は人間だよ。」

 楽しそうに笑っている少年の顔を見て、少女も微かに微笑みます。

 「そうね、貴女はカエルじゃないわね。よかった・・・。」

 そう言って安心をすると、少女の涙は止まりました。

 「どうして僕がカエルだと思ったの?」

 少年の質問に、少女は顔を俯けながら答えました。

 「笑っていなかったから。」

 「笑っていないと、カエルなの?」

 「カエルは怖いから・・・。」

 よく分からない少女の言葉に、少年は不思議そうな顔をします。

 「君はここで、何をしているの?いつから居るの?」

 「ずっと・・・ずっとよ。隠れているの。カエルに見付からない様に、隠れているのよ。見付かったら、食べられちゃうから。」

 「ずっと?カエルは人を食べないよ?そんなに大きなカエルは居ないよ。」

 「食べられちゃうわ。とても大きくて、怖いの。とても醜い歌声をしているの。大きな目で、じっと私を睨み付けるの。」

 少年は少女の話しが、よく分かりませんでした。自分の想像しているカエルと、少女の想像しているカエルが違うのだろうか。その場で悩みだしてしまう少年に、今度は少女が質問をして来ました。

 「貴方はどうしてここにいるの?」

 「僕は薔薇の花を探しに来たんだ。青い花弁をした、刺の無い薔薇の花。」

 「どうして青い薔薇を探しているの?」

 「プレゼントをしたい人が居るんだ。想いを届けたい人がいるから。」

 「想いを届けたい人って・・・誰?」

 「その・・・母さんのお墓に供えたいんだ。死んでしまった人に、想いを届ける事は出来ないのは分かっているけど・・・。青い薔薇の花なら、届けてくれるんじゃないかと思って。」

 少年は青い薔薇の花を探しに来た理由を少女に話すと、少女はとても嬉しそうな顔をしました。

 「そう、貴方は鳥なのね。」

 嬉しそうに微笑みながら言う少女の言葉は、またよく分かりませんでした。

 「ねぇ、こんな所にずっと隠れていたら、風邪を引いてしまうよ?僕と一緒に、村に行こうよ。そこの方が安全だよ。」

 少年の言葉に、少女は怯え始めました。

 「ダメよ!ここから出たら、カエルに見付かってしまう!それに、村の方が、カエルが沢山居るわ・・・。」

 「村には居ないよ。僕の村は、小さいけれど、皆優しい人達ばかりだから。」

 「貴方の村に居なくても、隣の村に沢山居るかもしれないわ。」

 断固として湖から出ようとしない少女に、少年は困ってしまいます。どうしたらいい物かと考えていると、気付けば太陽が沈みかけていました。

 「もう夜になってしまう・・・このままここに居たら危ないよ。猛獣に襲われるかもしれない。」

 「平気よ・・・。私はずっとここに居るんだもの。貴方は帰って。村へと帰って。」

 「でも、置いて帰る訳には・・・。」

 「貴方は帰って・・・。」

 顔を俯け、少年の方を全く見ようとしない少女に、少年は少し寂しそうな表情をさせました。そして仕方なく、少女を置いて森の中から出て、村へと戻る事にしました。


 村へと戻った少年は、自分よりも年下の子供達に出迎えられます。歓迎では無い出迎え。

 「また行っていたのか。」

 「有る訳無いのに、ばっかじゃない!」

 「噂話を信じてる馬鹿だ!」

 少年を馬鹿にする子供達。少年はいつもの様に無視をして、足早に家へと戻りました。家に入ると、そこには誰も居ません。

 「あぁ・・・あの子に嘘を吐いてしまったな・・・。優しい人達だ何て・・・。ここにもカエルは居るね。五月蠅いカエルが・・・。」

 少年は母親を、産まれてすぐに亡くしていました。父親は出稼ぎばかりで中々帰っては来ません。だから家ではいつも一人ぼっち。

 村の大人達は少年を不憫に思い、親切にしてくれていましたが、子供達は誰も見た事の無い、刺の無い青い薔薇を探している少年を、いつも馬鹿にしていました。そのせいで少年には友達が一人も居ませんでした。それでも天国に居る母親に、想いを届ける為に探し続けていました。例えどんなに馬鹿にされようが、必ず見付け出そうと、心に誓ったのです。

 しかし森から帰って家へと戻ると、いつも寂しさと悲しさに襲われます。一人ぼっちの寂しさ。馬鹿にされる悲しさ。毎晩泣きそうになる気持ちを堪え、夜を過ごします。今にも溢れ出て来そうな涙を堪え、朝を迎えます。泣いてしまえば、弱くなってしまう様な気がしてしまうから。

 いつもならこのままベッドへと入り、ぐっと悔しさと涙を押し殺して眠りについていましたが、今日はあの不思議な少女と出会ったお陰か、いつもよりは寂しくは有りませんでした。

 きっと同じ位の年頃の子と、沢山話したからだろう、そう思うと、逆に嬉しく思いました。それでもやはり、無意識に心の奥底に在る寂しさが押し寄せて来ます。

 「泣いたらダメだ。泣いたら・・・。」

 少年は涙を堪え、少女との一時を思い出しながら、眠りに付きました。


 次の日の朝、少年はいつもよりも早く森へと向かいます。昨日出会った少女の事が気になっていたからです。

 少女はまだ、あの場所に居るのだろうか。少年は少女の事で、頭の中は一杯でした。また会えたら、今度はもっと沢山話そうと思い、楽しみで仕方がありませんでした。

 目印を頼りに、昨日の鳥籠の様な高原へと到着をすると、そこにはまた、少女が泣きながら湖の中に居ました。少年は湖のギリギリの所まで来ると、ゆっくりと座り、泣いている少女に声を掛けます。

 「こんにちは、また泣いているね。」

 少年の声に気付いた少女は、涙を流しながら、少年の方を見ました。

 「こんにちは・・・。貴方はまた来たのね。」

 悲しそうに涙を流しながら言う少女。少年は、そんな少女を見ていると、自分まで悲しい気持ちになってしまいます。真っ白な肌に、薄い瞳の色。儚げな少女の姿。

 「どうしてまた泣いているの?君はいつも泣いてばかりいるね。」

 「悲しい人達が沢山いるから。泣けない彼等の変わりに、泣いているの。」

 「泣けない彼等の変わりに?」

 少年はふと湖を見ると、水が少し増えている様な気がしました。

 「水が増えている?」

 不思議に思いながら呟くと、少女は泣きながら頷きました。

 「この水は涙。私の涙。泣けない悲しい人達の涙。」

 「君の涙?この湖は、君の涙で出来た物なの?」

 少女はまた頷くと、木々の隙間から、微かに零れる太陽の光を見上げました。

 「ここに閉じ込めてあるの。沢山の悲しい涙を。カエルに見付からない様に。見付かってしまえば、食べられちゃうから。」

 「またカエル・・・。」

 少年は、少女のよく分からない話しに、少しうんざりとしてしまいます。せっかくまた会えたのに、楽しい話しを沢山しようと思っていたのに、意味の分からない事ばかりを言う少女。

 「カエルはいいから、違う話しをしようよ。君はどうしてずっとここに居るの?」

 「泣く事の出来ない人達が居る時から・・・。」

 「じゃあさ、君の家はどこ?」

 「私はここに隠れているの。カエルに見付からない様に、閉じ込めてあるの。」

 同じ事ばかりを繰り返し言う少女。

 「貴方はどうしてここにいるの?」

 「昨日も言ったよ。青い薔薇の花を探す為にだよ。」

 「今日も探しに来たの?」

 「今日は違うよ。今日は君に会いに来たんだ。」

 「私に・・・会いに?」

 少年は笑顔で頷くと、少女は微かに嬉しそうに微笑みました。すると突然、少女は語り始めました。

 「一度目は願望、二度目は決意、三度目は実行。夢を見て、心に誓い、進む事で想いが届く。貴方は今二度目の所に居る。この水は涙。悲しい人達の想いが詰った、涙で出来た湖。涙は花弁。私は彼等の変わりに、涙を流す枝。貴方は私にもう一度会う事を決めて、ここに来た。」

 「二度目の所・・・?」

 少年は湖の水を、じっと見つめました。水は濁り一つ無く、透き通る様な綺麗な青い色をしています。その真ん中に座る、儚げな少女。

 少年は不思議なそうに、少女に尋ねました。

 「君の名前は?」

 少女は柔らかい笑顔を見せて答えました。

 「私は青い薔薇。一輪の青い薔薇の花。」

 「君が・・・青い薔薇の花なの?」

 頷く少女を見て、少年は余りの驚きで言葉を失いました。薔薇の花が、人間だとは思ってもみなかったからです。しかし少年は、少女が人間かどうかも、よく分かりませんでした。ただ人の形をしているだけなのか。

 「どうして君が青い薔薇の花なの?」

 「悲しくても泣く事の出来ない人達は、沢山居る。そんな彼等の想いが、芽となり花を咲かせた。優しくも強くもある彼等の涙は、とても純粋。だから刺が無い。心の中で流す涙は、刺の無い枝から零れ落ち、沢山の花弁を咲かせた。沢山の優しい想いは、人の心へと届く。」

 「それが・・・青い薔薇の正体で、君なの?」

 少女は頷きました。

 少年は少女の話しを聞き、何故少女の姿をしているのか等、どうでもよくなりました。泣けない誰かの変わりに、少女が泣いているのなら、自分の変わりにも泣いていたのかもしれない、そう思ったからです。

 毎晩涙を押し殺して眠っている間、少女が変わりに泣いてくれていたのだろう。そう思うと、切なくなってしまいます。

 「ありがとう・・・。」

 ぽつりと少年が言うと、少女は不思議そうな顔をしました。

 「どうしてお礼を言うの?」

 「誰かの変わりに泣いているのなら、きっと僕の変わりに、泣いている時もあったと思うから・・・。」

 すると少女は、ニッコリと微笑みました。

 「それなら、貴方の想いは必ず届くわ。この中には、貴方の涙も含まれている事になるから。」

 「そうだね。」

 少年も、ニコリと微笑みます。

 「明日も来る?」

 少女が尋ねると、少年は嬉しそうに答えました。

 「うん、来るよ。君に会いに来る。」

 「そう、なら瓶を持って来て。花弁を入れる瓶を。貴方は鳥だから、貴方に花弁を分けてあげる。」

 「分けてくれるの?ありがとう。必ず瓶を持って、明日来るよ。でも、どうして僕は鳥なの?」

 「貴方は、想いを届ける鳥だから。」

 嬉しそうに笑顔で言う少女。少年は意味がよく分からなかったけれど、褒められている様に感じ、嬉しい気持ちになりました。

 その日はまだ夕日が昇る前に、少女と別れ、村へと戻る事にしました。まだ沢山分からない事はあるけれど、青い薔薇の花を見付ける事が出来た事が嬉しくて、仕方がありません。想像をしていた花とは違っていましたが、少女と言う姿をした、美しい花。少年は胸を弾ませながら、村へと戻って行きました。明日と言う日が、待ち遠しくて仕方ない思いを胸に秘めて。

 村へと戻ると、早速いつもの様に子供達が馬鹿にして来ます。

 「帰って来たぞ!馬鹿が帰って来た!」

 「今日も見付からなかったな。花を持っていない。」

 いつもなら無視をしていた少年ですが、今日は違います。何と言っても、青い薔薇の花を見付けたからです。

 少年は強気な態度で、子供達に言い返しました。

 「見付けたさ!青い薔薇の花を見付けた!明日分けて貰うんだ!」

 珍しく言い返して来た少年に、子供達は少し驚きましたが、更に少年を馬鹿にし始めてしまいます。

 「有る訳ないさ。嘘吐きめ!」

 「だったら案内しろよ!見せてみろよ!」

 少年はむっとした顔になると、強い口調で言い返しました。

 「本当さ!本当に見付けたさ!でも教えない!僕が見付けたんだ!教えるものか!」

 「やっぱり嘘だ!嘘吐き!」

 「嘘吐き!」

 皆から嘘吐き呼ばわりをされ、少年の心は怒りが込み上げてきました。嘘吐き呼ばわりをされたからだけ、と言う訳では無く、誰かの為に今もあの少女が泣いているかと思うと、青い薔薇の花を馬鹿にする子供達が、頭にきました。

 少年は、今まで何とも思わなかった、馬鹿にして来る子供達の事が、憎くて憎くて、仕方なく思えました。

 「五月蠅い!お前達はカエルだ!五月蠅いカエルだ!」

 少年は大声で叫ぶと、そのまま家まで走って行きました。

 家の中へと入ると、少年の心の奥底から、悔しさと憎しみが込み上げて来ます。今まで寂しさで分からなかった、嫌な感情。ようやく青い薔薇の花を見付けたのに、少女と楽しい一時を過ごして来たばかりなのに、村の子供達のせいで、全てが壊されてしまった様に思いました。

 「僕は嘘吐きじゃない!見付けたんだ!明日手に入れるんだ!」

 少年は何度も力一杯、テーブルを叩きました。何度も何度も叩いて、込み上げる怒りをテーブルにぶつけます。

 その日の夜、少年は少女の話していた事を考えました。

 「どうして僕は、鳥なんだろう・・・。」


 朝になり、少年は小さな瓶をズボンのポケットに入れ、森へと向かいました。少女の元へと向かい、森の中を走る少年の心は、楽しみと嬉しさで一杯でした。これで三度目。花弁を分けて貰える。また少女に会える、話しが出来る。色々な想いを胸に秘め、心を弾ませながら森の中を駆けて行きます。

 少女の居る高原へと続く小道に辿り着くと、一直線に駆けて行きました。トンネルの様な小道を抜け、鳥籠の中の高原へと辿り着くと、少年は満遍無い笑みで少女の元へと駆け寄ります。

 「こんにちは!」

 元気よく少女に挨拶をする少年。しかし、少年の声を聞いた瞬間、少女は酷く怯え始めてしまいました。

 「カエル!カエルが来たわ!見付かってしまった!見付かってしまった!」

 「カエル?違うよ、僕だよ。」

 少年は少女に向かって、笑って見せますが、少女は悲しい表情を浮かべ、小さく体を震わせていました。

 「食べられちゃう!食べられちゃうわ!」

 「違うよ、僕は食べたりしないよ。ほらっ!よく見て!僕だよ。君が鳥だと言った、僕だよ!」

 少女は少年の顔をじっと見つめると、ポロポロと大粒の涙を零しました。そしてとても悲しそうに、少年に言います。

 「鳥・・・貴方は鳥だったのに・・・カエルになってしまったのね。三度目まで辿り着けなかった・・・。」

 「どう言う意味?」

 不思議そうに少年が尋ねた瞬間、少女が入っていた湖の中の水が、渦を巻き始めました。

 「食べられちゃう!見付かってしまった!食べられちゃう!」

 少女を中心に、渦を巻く湖の水は、まるで何かに吸い込まれるかの様に、土の中へとどんどん吸い込まれ、減って行ってしまいます。

 少年は慌てて少女に近づき、少女の手を取ろうとしました。しかし、少女に手を払い除けられてしまいます。

 「貴方がカエルになったせいで、見付かってしまった!食べられてしまうわ!全部全部!」

 「どう言う意味?食べられるって、何が食べられるの?カエルって何なの?」

 少年は少女に向かって叫びました。何が起きているのかも全く分からず、何故自分がカエルになってしまったかも分からす、少年の頭の中は混乱してしまいます。すると少女は、大粒の涙を流しながら叫び返しました。

 「花弁が、私が食べられてしまう!悲しい涙はとても純粋。だから隠れていないと、カエルに見付かって飲み込まれてしまう!全てを!全てを!飲み込むの!憎しみに!悲しみから生まれる憎しみは、とても深くて暗い!そこは闇の中!貴方は鳥だったのに!悲しみから愛情へと飛ぶ事の出来る、鳥だったのに!どうしてカエルになってしまったの!」

 少女の泣き叫ぶ言葉に、少年は、はっと思い出しました。

 昨日村へと戻った時に感じた、怒りを、憎しみを。それまでどんなに馬鹿にされようが気にせず、直向きに母親の為に探し求めていた、青い薔薇の花への想いを、忘れてしまっていた事に。

 「カエル・・・カエルは憎しみの事なの?」

 「どうしてカエルになってしまったの?貴方は鳥だったのに・・・。」

 少女の周りの水が、一滴残らず土の中へと吸い込まれてしまうと、今度は少女の体が、吸い込まれて行きました。少年は慌てて少女の手を掴みました。しかしとても強い力に引っ張られ、少女の体は、どんどん土の中へと埋もれて行ってしまいます。少年は必死に、少女の体を引っ張りあげました。

 「ごめん・・・ごめんよ。僕のせいで・・・。嬉しかったのに・・・君と会えて、君と話せて、嬉しかったのに。僕のせいで食べられてしまう・・・。」

 少年の瞳からは、自然とポロポロと、大粒の涙が溢れ出してきました。それはとても悲しい涙でした。一人ぼっちで寂しい時の涙では無く、馬鹿にされる悲しい涙でも無く、少女の為の、悲しい涙。その涙が少女の頬に落ちた時、少女は微かに微笑みました。

 「貴方はまた鳥になれるわ。だから・・・三度目まで辿り着いて。」

 少女はそう言い残し、少年の手をすり抜け、土の中へと飲み込まれてしまいました。

 小さな鳥籠の高原には、湖の跡だけが残りました。もっと深かった様に思えた湖は、底が浅く、殆ど平らに茶色い土だけ残っています。最初から湖何て無かったかの様に。湿った土はヒンヤリと冷たく、酷く寂しさを感じました。

 少年は土を必死に掘り返しました。泥まみれになりながら、「ごめんなさい。」と何度も謝り、涙を流しながら。しかしどんなに土を掘り返しても、何も見付かりません。少女も、少女らしき物も、綺麗な青い水一滴。

 気付けばもう夕日が顔を出し始めていました。少年は泥まみれのままその場に座り込み、真っ赤に燃える空を、木々の枝の隙間から見つめました。

 「そうか・・・やっぱりここは鳥籠なんだ・・・。悲しみを閉じ込めた、鳥籠なんだ。悲しみが憎しみに変わらない様に・・・閉じ込めていたんだ。」

 少年の瞳からは、自然と涙が零れました。

 この鳥籠の中に、ずっと一人沢山の悲しみと共に居た少女の事を思うと、涙が止まりません。こんな所にずっと長い間一人で居ると、とても寂しく、悲しく思えました。その寂しい悲しみから、憎しみへと変わってしまいそうになります。

 「あぁ・・・そうか・・・。あの子が憎しみに変わらない為に・・・ここにあの子を閉じ込めていたのか・・・。なら、あの子はカエルになった僕のせいで、憎しみに変わってしまったんだろうか・・・。」

 少年は真っ赤に燃える夕日を見つめると、少女が怒っている様に感じました。それでも最後に言った少女の言葉を思い出すと、少女は憎しみに飲み込まれてしまってはいないのだと、そう思え、小さな笑みが零れました。

 泥まみれの体で、村へと戻る頃には、すっかり日が沈んでしまっていました。

 「また鳥になれる・・・。僕はまた鳥になれる。鳥は愛情を運ぶ。カエルは憎しみ・・・。どうしてカエルが憎しみなの?鳥は飛べるから、愛情を運べるの?」

 最後まで分からない事を残したまま、消えてしまった少女。少年は今まで少女が言っていた話しを、必死に考えました。しかしどんなに考えても、分かりません。気が付くと、少年はいつの間にか眠ってしまっていました。


 次の日の朝、まだベッドの中で眠っている少年の体が、何度も大きく揺らされます。少年は眠そうに目を覚ますと、目の前に現れた顔に驚き、一気に眠気が覚めました。そして嬉しそうに、笑顔で抱きつきます。

 「父さん!帰って来たんだね!もっと遅いと思っていたよ!」

 「ただいま。」

 思わぬ父親の帰宅に、少年は満遍無い笑みを浮かべ、喜びました。大きな体で、優しい声で少年の頭を撫でる父親。少年は嬉しくて仕方がありません。

 「朝食は食べた?まだなら僕が今から作るよ。」

 「そうだな。まだだから、一緒に食べよう。」

 久しぶりの父親との食事に、少年の胸は弾みました。ずっと一人で食べていたご飯。味気無く、寂しい食事でしたが、今日は久しぶりの家族との食事。

 少年は嬉しそうに父親と朝食を食べました。食事の間、少年は楽しそうに父親の土産話を聞きます。久しぶりに息子に会えた父親も、とても楽しそうでした。しかしその途中、少年は突然少女の事を思い出します。

 あれから色々と考えている内に、眠ってしまっていたけれど、結局少女はどうなってしまったのだろう。またあの場所に行けば、少女に会えるだろうか。何より少女の言っていた事の意味が、結局分からずじまいでした。

 少年はふと、父親に尋ねてみました。

 「父さん、女の子がね、カエルは憎しみだって言ったんだけど、どうして?」

 「カエル?」

 父親は突然の質問に、少し困った顔をします。

 「それだけじゃ分からないなぁ・・・。もっと詳しく教えてくれないと。」

 「えっと・・・カエルは、笑わなくて、醜い歌声で、大きな目で睨み付けるから怖いって。悲しみの涙を食べちゃうって。でも鳥は、愛情を届けるんだって。」

 少年の話を聞いた父親は、ニッコリと微笑みました。

 「あぁ、それなら確かに、カエルは憎しみだな。」

 「どうして?」

 不思議そうに首を傾げる少年に、父親は分かりやすく説明をしました。

 「カエルの鳴き声だよ。カエルの合唱は綺麗だけど、一匹で鳴いている時は、酷い鳴き声だからな。恨めしそうに鳴いているだろ?寂しいよ~悲しいよ~って。鳴きながら大きな目で、ギョロギョロと仲間を探すんだ。それで仲間を見付けたら、綺麗な鳴き声に変わる。だから悲しみの涙を食べてしまうんだ。」

 「憎しみは?」

 「きっと『蛙』じゃなくて、『換える』の事だろう。悲しみから、憎しみへ換える。蛙が鳴き声を換える様にって事で、憎しみだ。」

 「そうか・・・読み方が違ってたんだ。それで蛙に例えて・・・。」

 少年はようやく少女の言っていた、カエルの意味を知りました。何度も何度も尋ねて来た、「貴方はカエル?」とは「貴方は憎しみに換える?」と言う意味だったのです。

 「じゃあ、鳥は?」

 「鳥は自由に、空を飛ぶ事が出来るからな。どこへでも行ける。だから届けるんだ。愛情ってのは、鳥の様に自由に羽ばたいている時は、心に余裕が出来るだろ?だから人にも親切にしてやれる。だが仕事があったり、決まりがあったりすると、中々自由に何て羽ばたけない。だけど好きな事や、夢に向かって突っ走ってる時は、凄く輝いているんだ。」

 「輝いて?」

 「そう、輝いて!そういう時は、自然と人に優しくなれるんだ。楽しいからな、羽ばたこうとしている自分が。そんな時に、お前は誰かに意地悪をしたりするか?」

 少年は無言で首を横に振りました。すると父親は、満足そうに笑います。

 「そうだろう?自分が楽しいと、人にもそれを分けてやりたくなる。だから鳥は、愛情なんだ。夢に向かって羽ばたこうとしている、楽しい自分の気持ちを、人にも分けてやるんだ。」

 「そうか・・・だから僕は鳥だったんだ。」

 少年はぽつりと呟くと、父親が不思議そうに尋ねました。

 「鳥?お前は鳥なのか?」

 すると少年は、顔を俯けると、悲しい表情を浮かべて言います。

 「鳥だったんだ。でも今はカエルだって・・・。また鳥になれるって言われたけど・・・。」

 「だったらお前は、また鳥になればいいじゃないか。幾らでも換える事が出来るんだから。」

 父親は少年の頭を優しく撫でると、そっと鞄の中から、一輪の薔薇の花を取り出しました。その薔薇の花弁の色を見て、少年は驚きます。その薔薇の花弁は、あの湖の様な、綺麗な青い色をしていました。

 「父さん・・・どうしたの?その薔薇の花・・・。」

 「薔薇の栽培の時に、どうやら何かの種か何かが混ざったらしくてな。一輪だけ、こんな青い色をした薔薇が咲いていたんだ。奇妙だから要らないと言っていたから、貰って来たんだ。お前が青い色の薔薇を、探しているって聞いたからな。母さんのお墓に、飾ってやろう。」

 少年は父親から青い薔薇の花を受け取ると、そっと花弁を優しく撫でました。

 「君なの?」

 小さな声で、薔薇の花に話し掛けます。何も答えては来ませんでしたが、少年の顔からは自然と笑みが零れました。

 「父さん、この薔薇、貰ってもいい?森に植えたいんだ。」

 「森に?あの森に植えたら、すぐに枯れてしまうぞ。」

 少年はニッコリと笑うと、嬉しそうに父親に言いました。

 「大丈夫だよ。絶対に枯れない秘密の場所を、知ってるんだ。でもそこは、太陽の光が中々入らないんだ・・・・。だからまず、周りの木を切らなくちゃ。」

 父親は少しの間何かを考え込むと、その後ニコリと笑顔を浮かべました。

 「よしっ!青い薔薇の栽培をしよう!そうすれば、出稼ぎばかりに行かずに済むしな。当分は、稼いだ金があるから大丈夫だ!」

 父親の提案を聞いた少年は、嬉しそうに微笑みました。

 「うん!」

 そして元気よく頷きます。二人は斧を持って、森の中へと出掛けました。


 少女の居た鳥籠の高原へと到着をすると、昨日見た最後の姿と変わらないままで、少年は寂しそうに俯きました。もしかしたら、また少女が居るかもしれない、そんな期待を胸に抱いていました。しかし、実際は真ん中に湿った土が在るだけ。

 少年は持って来た青い薔薇の花を、湖の跡の土の上に植えると、そっと囁きました。少女に語りかける様に。

 「今度は君が鳥になるんだ。鳥になって、沢山の喜びを持って自由に羽ばたくんだ。待っていて、この鳥籠から出してあげるから・・・。もう・・・誰かの変わりに泣かなくていいんだよ。悲しみの涙を、流す必要はないんだよ。君は喜びの涙を流すんだ。」

 こうして少年は、父親と二人で青い薔薇の栽培を始めました。

 絡み付く木の枝を切り落とし、鳥籠を開けると、そこには真っ青な空が頭上に広がりました。湖の跡の上を耕すと、ずっとずっと奥まで土は湿っていました。その周りの土も、湿っています。浅く狭いと思っていた湖は、こんなにも深く、広かったのです。それだけ沢山の涙を、少女は流していたのです。

 少年は毎日一生懸命働きました。また絡み付く木の枝を切り落とし、森へと水を運び。たった一輪の薔薇の花の、世話をしていました。

 しかし、青い薔薇の花は枯れてしまいました。たった一輪しか無かった、青い薔薇の花が。

 少年は茶色い花弁に変わり果ててしまった薔薇を、そっと撫でると、悲しい気持ちが心の底から溢れ出て来ました。今にも涙が零れ落ちそうで、ぐっと歯を食い縛り堪えます。ここで泣いてしまえば、立ち直れなくなってしまう様な気がしたからです。そんな少年に、父親はそっと頭を撫でると、優しい声で言いました。

 「堪える事は無い。悲しければ泣けばいいんだ。悔しければ泣けばいいんだ。泣きたい時に泣かなくて、どうする。」

 父親の言葉を聞いた瞬間、少年はあの少女の事を思い出しました。

 少女は悲しくても泣けない、彼等の為に泣いている、そう言っていた事を。今また堪えると、自分の変わりにまた少女が、悲しい思いで泣いてしまうかもしれない。そう思うと、涙を堪える事は、自分の気持ちに嘘を吐き、誰かに悲しみを押し付ける事なのかもしれないと思いました。

 少年は声を上げて泣きました。大声で、大粒の涙を零して泣き続けました。泣いて、泣いて、気が済むまで泣いて泣き止むと、自然と心が軽くなった様な気がしました。

 「どうだ?スッキリしただろう?」

 ずっと側で見守っていてくれた父親が言うと、少年はそっと胸に手を当てました。確かに、父親の言う通り、心の中がすっきりとしていました。

 「そうか・・・我慢する必要なんて、無かったんだ。」

 少年の顔から、笑顔が零れました。

 今まで頑張って、寂しい思いや悲しい思い、泣きたい気持ちを我慢していたけれど、我慢すればする程、悲しみは増すのだと知りました。

 少女は悲しみが増してしまった、彼等の固まり。悲し過ぎて繊細な想いは、憎しみと紙一重。だから少女はあれ程までに、カエルを怖がっていたのだと。だからこそ、その涙は人に想いを届ける事が出来たのだと、知りました。

 「三度目に・・・三度目に辿り着かなきゃ・・・。」

 少年は涙を拭うと、勢いよくその場から駆け出しました。森の中を走り抜け、一直線に母親のお墓まで向かいます。枯れてしまった、青い薔薇の花弁を握り締めて。

 母親お墓の前まで行くと、そっと握り締めていた枯れた花弁を、お墓の上に置きました。深く深呼吸をして、息を整えます。そして母親に届けたかった想いを、少年はお墓に向かって伝えました。

 「母さん、産んでくれてありがとう。でも、母さんにも生きていて欲しかった。父さんと三人で、食事をしたかった。母さんが居なくて寂しいよ。でも、母さんがくれた命を、大切にするよ。僕はもう、寂しくないよ。」

 するとお墓の上に置いた、枯れた茶色い花弁の色が、青色へと変わりました。少年は驚き、そっと花弁を触れると、花弁はとても温かかった。

 少年は思いました、少女がこの花弁の中に居るのだと。そして森の中へと戻りました。走って、走って、森の中の小さな高原に向かいます。

 高原へと着くと、少年は目の前に広がる光景に、目を疑いました。

 一面に咲く、青い色をした薔薇の花。青い空と同じ色で、真っ青に咲き誇る、沢山の青い薔薇。刺の無い、枝。美しい薔薇の花に、少年の瞳からは、涙が零れました。

 「何て綺麗なんだ・・・。」

 少年の涙が、一輪の薔薇の蕾に零れ落ちると、薔薇の蕾は大きな花弁を開きました。そして花の中から、あの少女が現れました。

 少年は驚きました。青い薔薇の花の中から、悲しい涙を流し続けていた少女が、とても幸せそうな笑顔で、生まれて来たのです。

 少女は少年の顔を見て、嬉しそうに微笑みました。

 「ありがとう。とても優しく、温かい涙を。ありがとう。」

 少女の言葉に、少年は嬉しそうに微笑みました。

 「また会えたね。君に会えた。これで三度目。想いが届く。」

 少年は少女の手を取ると、二人は互いの手を握りしめました。そしてお互いに、恋をしている事に気付きました。

 「君に届けたい。僕の想いを。君とずっと一緒に居たい。」

 「貴方に届けたい。私の想いを。貴方とずっと一緒に居たい。」

 少年と少女は、お互いに想いを届けました。そしてその想いは、一面に咲く青い薔薇の花により、届けられたのです。

 太陽に照らされる青い薔薇は、楽しそうに風に揺られていました。まるで笑っているかの様に。その日から、少年と少女、少年の父親の三人で、食卓を囲む様になりました。いつまでも、いつまでも。


 愛する人に、想いを届けると言われていた、悲しい少女の涙で出来た青い薔薇の花。少女を想う少年の優しい涙で、沢山の青い色の花弁をした、本当の薔薇の花を咲かせ、少女は生まれ変わりました。自由に羽ばたける、鳥に。少女は悲しみの鳥籠から、羽ばたいて行きました。

 青い色は、涙の色。だけどそれは悲しい涙の色じゃない、優しい涙の色でした。


書いている童話の中で、唯一明るい作品の様な気がします。

童話と言っても、子供向けではない物が多いですが・・・。

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― 新着の感想 ―
[一言] 透きとおっていて、とても素敵な話だと思いました。 絵がある話は初めて見たのですが、絵もいいですね。 離れていってしまった少女にまた会えるのか心配でしたが、最後にお互い自分の気持ちに気付い…
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