幸運羽筆=フリモリウム魔法学院=
ひとつ。
レポートの提出期限前に受講生全員のレポートが出揃った。
レポートの出来はさておき、期日までに全員終わらせ、提出できたということが喜ばしく、学生たちの成長が垣間見えた。
ひとつ。
通り雨の雨宿りがてら立ち寄ったカフェで、新作の焼き菓子をサービスされた。
ローストした木の実のサクリとした歯ごたえと、香ばしい薫りが好ましく、珈琲にも紅茶にも合いそうなので、来客用に買い求めた。
ひとつ。
欲しいと思っていた書物が、偶然立ち寄った古本屋で売られていた。
なかなか手に入らぬ希少本だったので、半ばあきらめていたのだが、探してみる物だと重厚な手触りの表紙を撫でた。
こうも偶然が重なれば思わず言いたくもなる。
「最近、何やら運がよい」
王都の商人たちへの根回しが終わり、その報告書を片手にマディアスの執務室に尋ねてきたモーゼスは鼻で笑う。
「ヴァルフ・グリフォンの羽根と共に生態レポートが手に入った儂の比ではないな」
そう言ったモーゼスは部屋の中をぐるりと見回す。
「今日は坊主はいないのか?」
「誰のことだ?」
「レポートを書いた坊主だ。ヴァルフ・グリフォンの生態について、また調査を依頼しようと思ってな」
「アレは私の専属だ」
マディアスの言葉にモーゼスは「独り占めか!」と憤りを隠さない。
「ヴァルフ・グリフォンの巣の内部の様子や、子育てについて詳しく観測してもらおうと……」
「諦めるんだな」
「金ならいくらでも払う!」
「諦めろ」
「そこをなんとか!」
「無理だ」
マディアスはにべもなく告げると受け取った書類を読む。書類はモーゼスの秘書官であるマノン・ベイル女史からの詳細な報告書だった。
報告書の受領のサインを入れる為、専用のインクにペン先を付け、捨て紙で余分なインクを拭う。青と緑のグラデーションが美しい羽根がマディアスの手の動きに合わせてふわりと揺れた。
「メイツ魔法伯、受領書をマノン女史へ渡してくれたまえ」
受領書にサインを入れながら言うと、何やらモーゼスが静かになっていて訝しむ。
「どうしたのかね?」
「どうしたんだ、それ?」
二人の声が同時に部屋の中に響いた。
「……?」
「その羽根! オッフェルの森でも玄夢の森でしかお目にかかれない幻鳥の羽根だろ。昔、師匠が自慢げに見せてくれたから覚えてるんだ」
何も言えず黙り込むマディアスとは対照的に、モーゼスが立石に水とばかりに喚きだした。
「なかなか出会えない幻鳥にして元始の鳥。長い尾羽は美しい青と緑の色合いが滲んで輝き、光のオーケストラかくやと魅了してやまない。しかも……」
「やかましい」
至近距離で早口で繰り広げられる言葉にマディアスは顔をしかめる。椅子の背に置いたクッションをモーゼスの顔に押し付け、物理的にしゃべれなくしようとしたが、くぐもった声がクッションの向こうから聞こえていた。
「この羽ペンのことか?」
クッションの向こうでモーゼスが頷く。
確かに美しいが特に変わったように見えない羽ペンを眺める。マディアスの力が緩んだからだろう、クッションが机に落ち、モーゼスの声が響いた。
「この羽根は、オッフェルの森の地に落ちると、直ぐに色が抜けてしまうんだ。オッフェルの森に染まるとも言われている。だから、この色が残るのは極めて珍しい」
「ほぅ?」
モーゼス・メイツ魔法伯といえば、魔物生態学の権威だ。獣系魔物に特化しており、魔法伯となってなお、研究に余念がない。そのモーゼスがここまでいうのだ。かなり貴重で珍しい羽根なのだろう。
「羽根色から幸運を運ぶ青い鳥とも呼ばれている」
モーゼスはそう言うと一人頷いた。
「この羽根があったからこそ、ヴァルフ・グリフォンの羽根だけでなく、巣や卵の観測まで出来たのやもしれん」
そう納得するモーゼスにマディアスは冷たく告げた。
「あの子の努力の賜物だ」
その点は譲れなかった。
翌日、使い心地の良く、魔法の発動具合も良い杖が破損した。なじみの職人に修繕を依頼しようとしたが、職人からは「だいぶ長く使っていたから寿命だったのだろう」と新調することを勧められた。
折しも滅多に出回らぬ魔木が手に入ったばかりだと、現物を見せてもらったが、なかなかに魔力の馴染みが良い。これならば、いままでの杖よりも使い勝手の良い物が出来るに違いないと、この魔木で杖を作ることにした。
「先生は運がいい」
職人の言葉にマディアスは顔をしかめると「めぐりあわせだろう」と静かに告げた。




