20 懸念
私の化粧効果はこの程度だが、公爵令息を取り巻く状況には大きな変化があった。
「とうとうオールデン家の若君にお相手ができたそうですね」
王宮に出仕していると侍従に話しかけられた。
「劇場にかわいらしいお嬢さんを連れて来たとか。悲劇を乗りこえられたようで我々もホッと致しました」
もう噂が出回っているらしい。あと多分この人、ローアン様の女性恐怖症知ってるな。
「これでオールデン家も安泰ですなあ」
「立太子はやはり第二王子殿下になられるようだ」
どうやらローアン様の女性嫌いは公然の秘密だったようで、噂がチラホラ聞こえてくる。
「おやオールデン子息」
正面から堂々とあいさつをしてきたのは、マキシム・ホーク卿。
私はホーク卿を遠目で見た瞬間、柱の陰に隠れていた。例の護衛に見つかったらヤバいのだよ。もう顔バレしているのだから。
「新しい恋人ができたと聞きましたよ。私にも紹介していただきたい」
「そうしたいところだが、まだ色よい返事がもらえていなくてね」
貴公子たちがにこやかに会話する。
笑顔の裏で空気をピリつかせながら。
「それなら大切にしないといけませんな。また恋人に裏切られないよう」
マキシムは心配を装うが、言葉には毒がふくまれている。
「重々承知の上ですよ」
「そもそも女など信じないことですなぁ。あれはすぐに嘘をつく」
彼が立ち去った後、ローアン様はこぶしを握りしめていた。
「どの口がそれを言う!」
執務室に戻った令息は珍しく言葉を荒げる。
カツカツと歩き回り髪をかき上げた。何か思い悩んでいるようだ。
「何か具体的な不安でも?」
「私のせいで彼女が危険な目に合うかもしれない」
ああ、と私もうなずく。
彼の懸念はもっともだ。
マキシム・ホークは何としてもオールデン家の評判を落としたいようだし。
「デイジー嬢が標的になる危険性がある。フローレス家に警告しなくては」
「了解です」
側仕えが1人部屋を出た。
「しばらくは婚約を先延ばしにした方がいいな。デイジー嬢とも‥会わない」
ローアン様が心配していたのはホーク卿がデイジーに危害を加えることだ。
それは物理的ではなく評判や心理的なことだろう。
令息は、ハッと私を見据える。
「ブライト、デイジー嬢の護衛を頼めるか?」
「え、僕ですか?」
私はローアン様の提案にうなずけなかった。
デイジーの私に対する親愛は彼も知っての通りだ。誰かを派遣するとしても私が適任とは言えない。
「君ならデイジー嬢も嫌がらない。その、彼女との仲は認めないが、デイジーの身に何かあったら私は」
ローアン様の体が震え出した。彼は両腕で震えを止めようとする。
「以前の手から考えると、デイジー嬢に他の男をあてがう可能性が高い。無理に縁談を持ちこむか、お、女たらしを送りこむか」
声まで震え出した。最悪の想定をしているのだろう。
それでも公爵令息は私から目を離さなかった。
「本当に彼女を愛している男に取られるのならあきらめもつく。しかし、ただ我が家の失墜のためだけにデイジー嬢が利用されるのは耐えられないんだ。頼む、ブライト」
愛する人のために必死になる1人の青年に向け、私は胸へ手を置いた。
「仰せのままに」
フローレス家にはすぐ側仕えがもう1人送られる。
帰宅後返事が届き、翌日から私は伯爵家へ向かうことになった。
「きゃあああブライトお姉様と一緒に暮らせるのね!」
狂喜乱舞するデイジーを横目に、私は自分が男装していることをあかす。
「お嬢様の身を守るため、私が男で令嬢へ思いを寄せている風に装います」
「それはそれは‥」
伯爵夫妻は娘の様子に汗をかいていた。




