16 潜入
侯爵家の馬車が屋敷から出発し王宮方面に進む。
今日は当主が出仕するようだ。
つまり今屋敷には凄腕護衛が不在。
私はニット帽を深くかぶり口元を布で覆うと、侯爵邸に忍びこんだ。
任務はシンプル。使用人のおしゃべりを盗み聞きすること。
身を隠しながら使用人棟に近づく。
「あらら、洗濯物増やすんじゃないよ」
「ねえねえ次の外出日にはあのお店行かない」
「奥様のお部屋にお茶を運ばないと」
隠れて聞く話だけでは欲しい内容にたどり着けない。
とにかく自分の姿が見つからないよう注意しながら、私は空いている窓を見つけて屋敷の2階によじ登る。
2階以上は使用人の寝室だろうと踏んでいた。この時間なら空き部屋だらけだ。その内の1つに潜む。
そこから床に耳をつけて声を探った。
「シーツは全部リネン室に運んで」
「これ、ここに置いとけばいいんだっけ?」
ここは使用人が集まる部屋の真上らしく良く聞こえる。後は我慢だ。
「侯爵様って素敵よね」
「あら、あんたこの間いらした方にもキャーキャー言ってたじゃない」
「だって本物の王子様でしょ、そりゃ見とれちゃうわよ」
(来た)
私は耳に神経を集める。
「まだお若いし、未婚じゃない。アタシにだってチャンスがあるかもしれないのよ」
「ないない。あんたが王妃様なんて無理に決まってるんだから」
王妃を狙う、つまり訪問者は第一王子だ。第二王子はホーク家へ訪問していないし、第三王子は子供だから結婚対象にならないはず。
(目的は果たせた。引き上げるか)
侯爵が帰るまでにはまだまだ時間があるが、危ない橋を渡るつもりはない。
窓から外の様子をうかがう。
階段を下りるのは使用人と鉢合わせる危険が大きい。
私は階段を上に登り、屋根裏に入る。窓から敷地に誰も出ていないのを確認してから屋根によじ登った。
屋根をつたえば裏口近くまで行ける。そっちに人がいたら壁際の木までジャンプしてもいい。
悪寒が走った。
振り向きざまに反射で短刀をぬく。
ガキン、と刃がぶつかった。
「へえ、中々やりますね」
姿を確認しなくても分かる。あいつだ。
「我が家に何の用でしょうか」
男は面白そうにこちらを見た。
(見つかった。逃げなきゃ。でもどうして)
「最近ネズミがうるさくて、嫌な予感がしたので今日は待ち構えていたのですよ」
私の狼狽はお見通しらしい。
ってか嫌な予感って、予知能力持ちか?
男が一瞬で私に肉薄する。
刃物が首元をかすった。口元を覆っていた布が外れる。
私もカウンターをくり出した。男の袖が切れ血は飛ぶが、手ごたえは浅い。
「逃しませんよ」
白刃が舞う。致命傷は避けているが時々体に痛みが走った。
その程度で鈍る私ではないが、それは相手も同じだろう。
私は攻撃を防ぎながら必死に退却のルートを思いうかべた。
最短の距離で逃げられるよう体を移動させる。
しかし退けるだけのスキをこいつがくれるかどうか。
応戦する私に護衛はつぶやいた。
「やりますね、かわいい顔して」
‥‥‥‥。
一瞬意識が飛ぶかと思った!
いや無意識で戦闘は継続しているけどね。
まだニット帽はかぶっているけど顔が丸出しなことに気がつき、急いで手を口元にかぶせる。
それで、かわいいいですと?
(この仕事してから初めて言われた!)
「か、かわいいってまさか本気で言ってるのか?」
かすれる声で聞きただす。確認せずにはいられなかった。
今日も性別がバレないように胸はつぶしているしウエストはかさ増ししている。
「声まで高い。まるで少女だ」
私の心は感動で震えていた。
やっと私を女の子扱いしてくれる男性が現れたのだ。
こいつ、実はいい奴だったりしない?
今までが散々だったのでチョロインとなってしまった主人公でした(笑)




