崩壊
相手の悪魔は、手強い相手だった。
大鎌を振るう、死神を彷彿とさせるシルエット。その鎌の攻撃は夜雨の剣では完全に受け入れず、確実に回避していく必要がある。
目の前を横切る鎌。
視界の横を通り過ぎていく、荒廃した建物の数々。
地面に転がる瓦礫の位置は、少しずつ読めてきた。正確にかわし、時々背中の羽で飛翔して矢を放つ。
「夜雨っ…」
目の前で繰り広げられる激闘に、レイはお菓子を頬張る気力も失っている。ただベンチに体重を預け、無力な時間に身を投じる。
あの仮面の男の姿はない。
いや、今もどこかでこちらを監視しているのかもしれない。目的が分からない以上、こちらから助けを求めるのは危険だ。
夜雨は鎌の攻撃を見切り、ようやく悪魔の頭…頭蓋骨へと剣を振り下ろした。
頭部にヒビを入れられた悪魔は逆上したように手を振り上げ、周囲の空間に力を集めていく。
悪魔の周囲に無数に生成された、ブーメラン型の刃。
それらは回転しながら飛んでいき、ある方向へと向かっていく。
それは、被害者の影…つまり、結月がいる方向だ。
「…っ」
レイが口をすぼめた。
危ない、と、すぐに言えなかった。
…そして、レイが叫ぶより前に、夜雨は結月の前に飛び出し…。
「あぐっ…!」
…何本かの刃は剣で弾いたが、一本だけは彼女の膝を掠めた。
血が噴き出し、バランスを崩す。
「夜雨っ!!」
悪魔はすかさず、鎌を振りかぶって夜雨へ突撃してくる。夜雨、結月の影、二つの首を同時に切り落とそうとしていた!
しかし…夜雨は、膝の激痛も無視して、悪魔の動きを読む。
極限状態で活性化した意識が、最適な動きをとる。
…剣が突き出され、悪魔の額に突き刺された。
…沈黙。
そして、白い閃光…。
悪魔の骸骨が粉々に砕け、黒い体が粒子と化して消えていく。
強い悪魔だった。
レイの力を使えば極上のお菓子にできるが…勿論、彼女は真っ先に夜雨の心配をした。
「夜雨!!こっちに来て!私の力で、膝の血を止められるから!」
…言われた通り歩み寄る夜雨。
確かに血は出ているのに…痛みなど感じていないかのような無表情だ。
ただ、言葉はまだ聞こえている。
「これで良し…」
レイは、自身の力で夜雨の膝の傷を治療する。
とは言え、レイの心も揺らぎがあった為か、完全に治せる程に力は作用しなかった。
血は止まったが、痛々しい傷が赤く光っている。
「とりあえず…現実に戻ったら休んだ方が良いわ。…その、結月もちゃんと助けられたんだから…少なくとも、今だけは何も気にする必要は…」
その時だった。
「…っ!」
突然、夜雨は翼を広げて真上へ飛び出した!
「えっ!?どうしたの夜雨!?」
建物の屋上へと飛んでいく夜雨。
苦しげな息が、テレパシーとしてレイの耳に伝わってくる。
(ま、まずい!夜雨、遠くに行っちゃダメ!お願い!!)
レイの顔が、焦りに歪んだ。
「お゛あ゛っ!げえ゛え゛えええっ…!!!」
結月。
その名前を聞いた瞬間、夜雨の体が悲鳴をあげたのだ。
この一週間、何回吐いているだろう。
みっともない姿をレイに見られたくない。その為、なるべく目立たないこの屋上に、吐き戻していたのだ。
「ゔっ…あ゛あ゛…」
最後の一滴まで散らすと、呼吸を整える。
影がかかったような視界。
虚ろな目。
赤黒い空が、何故だか神秘的に見えてくる。
(ああ。良い空)
やはり…人間の世界よりも、この世界の方が、まだ生き生きとできる。
背中の、存在感ある翼、剣、弓。
それが、今の自分が日之影夜雨という人間とは別の存在であるかのように感じられた。
いっその事、この世界で永遠に悪魔と戦い続けたい。
称賛、認識も求めていない。
ただどんな人間だろうとも助け、世界を裏から平和にし、天使としての自分に浸りたい。
それこそ、世界にとっても自分にとっても、最良の形ではないか。
なのに聖水の力は、彼女をこの世界に留めてくれない。もう少しで、現実世界への帰還の時だ。
せめてこの景色を深く刻んでおきたい。
彼女はフェンス越しに、禍々しい世界を眺めた。
「…ん?」
何かが、遠くの方で輝く。
(夜雨!夜雨!!戻ってきて!お願い!!)
レイの声がいつになく焦燥を織り交ぜ、脳内を叩いてくる。しかし、夜雨の目はレイの存在をシャットアウトしたように、遠方の光に意識を集中させる。
…その光は、どこかで見た事がある。
いや、どこか…どころではない。
今まさに、自分の後ろにある光と全く同じだ。
そして、その光の中には、明らかに人間と思しきシルエットが。
「…天…使?」
遠すぎてよく見えない。
しかしその光は、武器を振るい、特徴的な外見の悪魔と戦いを繰り広げている。
自分と同じ、天使が、舞い踊っていた。
光が全身を包む。
(嘘でしょ)




