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テンシ  作者: 白龍
4/5

仮面

赤黒い空が広がる、まさしく暗黒の世界。

荒廃した都市を駆け抜ける、白い光。

それを追いかける無数の黒い影。


夜雨は、レイを抱えながら悪魔と激突していた。

建物から建物へと飛び移り、時々矢を放って悪魔を仕留めていく。

天使の力で研ぎ澄まされた動体視力は、悪魔の眉間を容易に捉え、そして射抜く。

矢が突き刺さるなり、悪魔の体は黒い粒子へと分解され、大気へと消えていく。

天使の矢は無限に生成される。少し外しても気にする事はない。

加えて悪魔たちは、槍を振るう知性こそあるが、建物を登るような脳は無いらしい。

壁を無意味につつきながら、高い声を上げて夜雨を見上げるばかり。

案外、余裕かもしれない。

「ひゅーっ!流石は夜雨!」

レイは片手を振り上げて無邪気に笑う。

それに応えるように、夜雨も微笑んでみせた。

やはりこの世界では、笑える。


自分の手の動きが、目の動きが、一人の人間を助ける道筋を作っている。

それだけで十分だ。

自分にできる事…その一文を、呪文のように脳内に再生し続けていた。


最後の悪魔に、狙いを定める。

「…終わりっ!」

やはり、眉間を射抜いた。


悪魔は消滅し、騒がしかった空間に静寂が戻ってきた。



空は禍々しく、文明の跡地とでも呼ぶべき廃れた建物達が、少女を見下ろす。

人間の世界よりも、ずっとずっと、居心地が良い。


…だが、悪魔を倒してしまった。

このまま待ち続ければ、彼女の意識は知らぬ間に途絶え、目を覚ませば現実へと戻される。


ふと、地上を見る。

「…よかった。傷一つ、ついてない」

黒いシルエット…後藤の影。

無機質に揺らめくその影に、一匹たりとも悪魔を近づけなかった。

任務をこなした衛兵のような充実感が、夜雨の心を潤す。


…が、少し沁みる気がした。


こんな事をしても結局、自分は弱い人間…また人間として、あの世界でやっていかなくては。

腕の中のレイは、早速空中からお菓子を召喚していた。


今回は…マカロンだ。

「やったぁー!いただきまー…」



「お嬢さん」


…男の声。


夜雨の心臓が飛び跳ね、剣を構える。

背後から聞こえたその声は、中年男性のような低い響きだった。

この世界に関する知識が豊富なレイも目を丸めていた。

予想外の何かが来る…。



…背後、及び背後の建物の屋上から、黒い影がこちらを見下ろしている。

「あ、あなたは…!?」

剣を持つ手は、震えている。

悪魔を追い払い、浮かれていたのかもしれない。突如現れた未知の存在に対する恐怖は、大袈裟ですらあった。

その男は…頭にシルクハットを被り、黒いマントを羽織っている。

真っ白で、不気味な笑顔を見せた仮面をつけており、不穏な印象を第一に受ける。

「まあ、そう警戒なさらずに」

男は両手を広げ、武器を持っていない事を示すと、こちらに向かって落ちてきた。

マントが風になびき、美しく背筋を伸ばしたまま…。


二人の前で、着地した。


かなり背が高い…。

それに、異様に手足が細長く見える。

少なくともこの世界にいる時点で、ただの人間ではないだろう。


レイはマカロンを握りしめたまま、目を吊り上げた。

「…夜雨に何かしようっての!?アタシが許さないよ!」

腕の中でばたつくレイに、男の仮面が向けられる。

…何とも不気味な仮面だ。

目も鼻も口も、漆黒のみで描かれている。


レイはピタリと止まり、笑ったままガクガクと震えだした。

「す、すんませんでした…」


男は…夜雨の前で、シルクハットを脱ぐ。

「突然驚かせてすみませんでした、お嬢さん。私はこの世界の住人…。今宵は、貴女に警告をしに参りました」

「け、警告…?」

夜雨は、剣を地につける。

悪魔ではないのだろうか…?


男は、黒く、短い髪の毛を、生暖かい風に投じ、僅かに揺らしていた。

警告など、今更何を言う事があるのだろうか。それも、見ず知らずのこの男に。


「あなたを覆う穢れが、じきに限界に達します」

それだけ…彼は淡々と言った。

仮面をしているので、どんな表情をしているのかも分からない。この抽象的な警告も、果たして夜雨をからかっているだけなのか否か。

どこか気まずい沈黙が、二人の間を通り抜けた。


「…穢れ?」

レイが男に指をさす。

「いきなり出てきて、いきなり穢れがどうこう、だなんて。あんた、怪しすぎるわ。せめてその仮面とれば?帽子脱いでも仮面したままじゃ失礼よ!」

「諸事情により、外せません」

男は背中を向け、マントを翻す。


「お嬢さん」

彼は、ほんの少しだけこちらを振り返る。

まるで、最後の警告であるかのように。


「多くは語れません。ですが…あなた、泣いたほうが良いですよ」


そんな事を言われたのは、はじめてだった。


結局、レイばかりが返事をしていただけで、夜雨は一切言葉を発せなかった。



「ま、まって…」

答えてくれそうにもない彼の正体を聞こうとした時…もう、姿は消えていた。


「…なんなのあいつ?」

レイの声にあるのは、怒りではない。

ただただ純粋な、疑問だった。





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