闇オク壊して進ぜましょ!
闇オークション。古今東西において表舞台では関わりを持つことさえ難しい代物が、金を積む前足さえあれば人間性を捨てた畜生にさえ所有出来る非合法な競り売り会場。そんな悪党共の欲の吹き溜まりで、それらの願望をせせら笑ってぶち壊す男達がいる。彼らは正義や大義を掲げているわけではなく、他者に価値を押し付ける有象無象をふざけたピエロに仕立て上げるのが目的だ。
今日もショーが始まる。積まれた金が自分の葬式代になるとも知らない、哀れな悪党共の滑稽劇場だ。
「さて、豪奢な愛玩物の箸休めに、実用的な労働力を眺めるのは如何でしょう? 此方はとある島国の種の血を引くオーガでございます。何々、あんなチャチな島の血に価値があるのかと? ええ、聡明なお客様方のおっしゃる通り、あの豆粒ほどの島国は未開の地、この土地で百年前に流行った文明に届くかすら怪しいところであります。しかし! 未開の地には原始的な神秘が宿るもの……此方のオーガもそう! 大国では絶滅した原種の血を引き継ぐ個体なのでございます! あの島国の中でも特に北に位置する土地、ミティ=ノークの土着信仰において、オーガは鬼神……異形の神として崇められていた事実もございます」
司会の男が回る舌で語る言葉に、ある者は原始的な文化を嘲笑い、ある者は信仰上の嫌悪感か眉間に皺を刻む。他者を売り買いする輩が神の加護を信じている時点で滑稽だが、それらを棚に上げるだけの傲慢さがあるからこそ闇オークションなどと言う恥知らずな凶行に耽溺出来るのだろうと、自省も含めて男は小さく溜息を吐く。
彼の名はラアルスア・ルニイ。人間種と友好関係を築くエルフ種、その成体男性である。ラアルスア自身は人間に大した興味を持っていないが、闇オークションにはよく顔を出している。もっとも今回の競売会場で、彼を知る者はいない。
「さてさて皆様は邪神を単なる労働力へ転用されるだろう勇敢な方々だ! 価格は一〇〇〇万メトゥリタから!」
自分以外の信仰を嘲弄し俗物な資材に成り下がらせる。その支配欲に魅入られた者には甘美な誘いなのだろう売り口上に、愛玩物ほどではないながら緩やかに値段が上がっていく。中には筋骨隆々で精悍な青年へ無体を強いて侍らせたい、という欲望を持つ輩もいないわけではない。一〇〇〇万から三〇〇〇万の値段まで吊り上げられた頃、だらだらと続く値段交渉に痺れを切らしたらしいラアルスアは「一億」とよく通る声をあげた。
「野暮で済まないね。大概の長命種は気が長いと思われているだろうけれど、僕程度のやんちゃ坊主には幼き淑女方の愛らしい駆け引きは退屈なんだ」
それ相応の地位と年齢を重ねた男達に対する「淑女方」の煽りに抗議の声も上がりかけた。しかし此処は金で互いの面子を潰す試合会場、言葉に大した意味などない。鼻を明かそうとした誰かが「一億五〇〇〇万」と言ったものの、エルフはすぐさまに「二億」と数字を塗り替える。たかだか労働力に二億だなんて随分とあのオーガにご執心、これはとんだ「好き者」だろうと下卑た笑い声が聞こえるも、ラアルスアは涼しい表情で微笑む。
「司会の坊や、どうだい? 僕以上に、その子に高い値段を付ける誰かは、此処にいる?」
少女にすら見紛われかねない若々しい美貌に不似合いな「坊や」という呼び方は、しかし、彼からすればこの会場のほとんどの人間が「子供」でしかないのだろう。此処で無駄な時間を取って現場の熱狂が覚めては大損だろうと、司会の初老男は苦笑しつつも景気良くガベルを鳴らした。
「それでは決議と致しましょう! 麗しの老紳士に拍手を、二億メトゥリタで落札です!」
「だそうだよ、愛しのテフェシュ。そこから降りてきてくれるかい?」
バチンと金属が破裂する耳障りな音がした。拍手の終わった会場にそれは酷く響いて、自らを囲っていたそれの一部を握り締めたまま、テフェシュと呼ばれたオーガは困った様子で周りを見回した。何も言わぬ彼等、というよりは驚きに唇を半開きにしている彼らに、ネオハルン・テフェシュは自身の尊厳を金で競り落とした憎かろう男へ問う。
「ラアルスア様。この檻、思ったより脆かったみたいです」
「靱性のある金属なら曲げるだけで済んだのにね、最近は合金の質も上がっているのに勉強が足りないな」
間延びしたエルフの言葉へ、最初に反応したのはボディガードらしきスーツの男達であった。雇われの身なのだろうが案外忠実でもあるようで、オークション客達の肉盾になりながらテフェシュを捕縛しようと動き出す。しかし電撃を生み出す猛獣用の威嚇杖を向けられても物ともせず、異教の神の血を引くオーガは杖の先に嵌め込まれた宝玉を握った。日々の入った宝玉は閉じ込められた魔力に偏りが生まれ、杖を持った術者の手の内で爆裂した。
死傷というほどではないものの感電の激痛に悲鳴を上げる男達を尻目に、テフェシュは自分と同じように檻に入れられた「商品達」を解放する。檻を裂いては手首足首に嵌められた枷を指で砕き、オークション関係者から逃げる為の脱出経路を伝える。中には逃げ出す商品達を捕える為、或いは他の者の手に渡さない為に危害を加えようとする諦めの悪い客層もあったが、其方はエルフであるラアルスアの魔術で叩き潰されていた。
「愛されないどころか憎まれるような生き方してる癖に、好みの子を手元に置いて好き勝手したいなんて面の皮が厚すぎるよね。いい年をして愛される努力もしない奴らが、汚い金で人の面を叩くしか能がないなんて滑稽だよ」
美貌のお前に何が分かるのだ。涙ながらに悲痛な声をあげる中年男に、しかしラアルスアは彼の構えた魔力装填式銃を容赦なく蹴り上げた。人間如きの美貌で話をするならば、僕の最愛など罪もないのに何度も迫害を受けてきている。馬鹿が作った美醜と善悪を混同した価値観で、生まれた時から畜生のような扱いを受ける同胞を幾人と見てきたエルフは、床に伏せて泣き喚く人間を見下ろして舌打ちをする。
「金で尊厳を弄ぶ奴らが被害者ぶらないでよ、気持ち悪い。お前達は醜いから愛されないんじゃない、他人を踏み躙りながら『愛だから仕方ない』なんて正当化する性根を腐らせて放置してるから、愛されるに値しないんだ」
逆上した男が上擦った怒号を上げ、魔術も武器もないままにラアルスアの胸ぐらへ手をかける。しかし、その手は容易くエルフのアスコットタイから外れ、男自身も天上高く放り投げられた。
「商品にされた子達全員、館内から脱出しました。自警団の皆さんにも伝えたので、すぐに保護してくださるかと」
落ちた男の脈拍から生存を確認したオーガの青年が言う。優しい子だねと微笑みながら、ラアルスアはテフェシュの手の平を撫でる。金属を握り砕いたとて傷一つつかない大きな掌を丹念に確認し、手の甲に返して口づけをする。
「じゃあ帰ろうか、マイラヴァー」
「ラアルスア様、その、そういう言い回しは恥ずかしいのですが」
「良いじゃない、僕達恋人同士なんだから」
そう、二人にとってオークションは茶番だ。今日も愚かな輩のイベントを失敗させる為に危険を冒して現場に潜り込み、見事協力を重ねて盛大にぶち壊した。罪のない人達を救い暴れまわったテフェシュへ蕩けるような笑みを浮かべる背後、事情を聞きに来た自警団の厳めしい顔つきが並んでいることをラアルスアはまだ知らない。
「全く大変な目に遭ってしまったね。僕達は人身売買をする悪党から被害者達を解放しただけなのに」
「お互いの合意があったとはいえ、書類上は俺を犯罪組織に売り払った事実が残っていますからね」
オークション関係者は潰すにしても、実名を使うのは控えた方が良いかと。穏やかな口調に似合わない「潰す」という発言に、ラアルスアは思わず噴き出して「慣れない言葉を使うものではないよ」と揶揄を含んだ声を出す。
「君はいつだって僕の魔術を『和らげている』だけじゃないか。今日、僕の胸倉を掴んだ男だって、本当ならあの場で内側から破裂させることだって出来たんだから。僕の憎悪から守ってもらったのだから、本当であればあの男は、救いの神として君を崇拝するべきだってのに」
あいつらはいつだって君のような種族を化物のように扱うのだから。エルフの視線に剣呑な光が宿る。それはラアルスアの瞳に悪しき力が宿っている、などという話ではない。彼は長命かつ好奇心が旺盛なエルフである為、通常のエルフならばそうそう扱うことはない黒魔術をもすっかりと学び切ってしまったというだけである。エルフの社会では黒魔術自体「使った責任を取るだけの能力があるのならば」と禁じられているわけでもない為、彼は現状野放しというわけだ。それでいてラアルスアは目の前の精悍なオークを、自分のパートナーとしてやや狂気に近い溺愛をしている。
このまま怒りをぶり返しては自警団から国営警察へと渡されただろう犯罪者達を文字通り葬り去りかねない。恋人の苛烈さを知っているテフェシュはきゅっと唇を結び、それから一つ大きく呼吸をして倫理を解こうとした、刹那。
「こんばんは、子鬼ちゃん。今日も凛々しいお顔をしているねぇ。お前さんも自警団の方々にお説教をされたのかい?」
魁偉な腰から背中をするりとなぞる大蛇の尾。その途中からするりと華奢な人間じみた胴体が繋がり、男女どちらともつかない上に老若の区別もつけがたい顔があった。丸い瞳孔の円らな金目をして、長い舌をチロリと見せたそのナーガはオーガの頬に頬ずりをした。唐突な接触に慌てることも恥ずかしがることもせず、テフェシュは仲の良い兄弟と久方に再会したような喜びを含む声で彼を呼んだ。
「クァトさん、久しぶり。俺達、闇オークションに参加して……もしかして、クァトさんも?」
「ふふ、そうだよ。あたしはあのまま、遠いお国へ売り払われたって一向に構わなかったんだけどねぇ」
「あんな端金であんたを売るわけないだろう、兄弟」
「おやおや、リィン。お前さんの金になるんなら、あたしは何処へだって売られてくのに、本当に欲のない男」
「俺はあんたが隣にいてくれるなら、あの会場に置いていかれた小銭共を保護するだけで満足さ」
くすくすと笑うクァトに名を呼ばれた背の低い男は、ナーガが優雅に差し出した手の甲へと口づけをした。一見して鋭い目つきをした髭面の男はしかし、笑うと豪気な明快さを含む表情をしてテフェシュへも声をかけた。
「よう、テフェシュ。元気にやってるか? そこの偏執ジジイに虐められてねぇだろうな?」
「それは僕からクァトに問うべき言葉だろう? クァト、そこの金の亡者な若造から酷い扱いを受けてないかい?」
「俺が金の亡者ってんなら、あんたは承認欲求と色に狂ったクソジジイだろうが。恋人が優しいからって我儘で危険に晒してちゃ世話ないぜ」
テフェシュが答えるよりも先に敵愾心を向けるラアルスア、そんな彼に対抗心を隠そうともしないリィン。テフェシュとクァトが昔からの馴染みであるように、この二人も昔から互いを見知った仲であった。勿論、四人の古馴染みの中でオーガとナーガのような温厚な交流をしていたわけではなく、互いを毛嫌いし皮肉を重ね時には魔術と暴力を使ってまで喧嘩をするような同族嫌悪に近い敵対関係である。しかし2人の喧嘩はテフェシュにとっても慣れたものなのだろう、名も知らぬ敵対者を前にした時のような焦りは見えなかった。
「テフェシュ、ラアルスアとリィンの喧嘩、止めなくて良いのかい?」
「リィンさんはお強いから。俺が守らなくても、ラアルスア様の攻撃は躱せてしまうだろう? そう分かっているから、クァトさんもリィンさんに加勢しないじゃないか」
「ふふ、気づいてたか。テフェシュのところのラアルスアも、リィンの攻撃を全部受け止められるくらい強いからね。二人が本気で喧嘩をしたところで単なるじゃれあいにしかならないだろう? それならあたし達も久しぶりに、二人でじゃれ合ってようよ」
穏やかな恋人達の反応に、エルフとドワーフも毒気を抜かれた、というよりはバツが悪くなったのだろう。お互いに盛大な舌打ちをしながら、寄り添い合うナーガとオーガを自分の方へ抱き寄せた。照れたように目線を下げるテフェシュを見て、場を繋ぐのは自分の役目だと思ったのだろうクァトが言葉を向ける。
「あたし達もいつも通り、オークションで稼がせてもらったよ。リィンったら、あたしを売り払う時に五〇〇〇万って吹っ掛けて。競り落とす時に二億を出したんだけれど、その二億が入った鞄で取引相手の横っ面をぶん殴ってね」
いつもならそこで大乱闘が起こる筈なのだけれど、と言葉を切ったクァトに、ラアルスアは何かを閃いた顔をして自分達の行動を語る。多分別室だったのでしょうが、テフェシュが檻を破壊した時間帯に合致しますね、と。
「つまりリィン坊やの悪戯が成功したのは、僕達の愛情表現のおかげというわけだ」
「……いいや、その言い方は正確じゃねぇ。手前の手柄なんぞはない。テフェシュが体を張ってくれたおかげだ」
その分の謝礼なら支払うと言い出すリィンに、テフェシュは慌てて「貰えない」と首を横に振る。
「俺は自分が逃げる為に檻を壊しただけだ。それに俺は、クァトさんに返しきれない恩がある」
このくらいじゃ恩返しにもならない、なんて答える生真面目なオーガに、ナーガは苦笑し、エルフとドワーフは少しだけ俯いた。そんな全員の反応に、テフェシュだけがその意味を理解していないようにこてんと首を傾げていた。
「……ちっ、手前も飲みに来たのかよ」
「舌打ちしたいのはこっちだよ。君が意地を張って謝礼の話をして、テフェシュに昔の話をさせてしまった。その原因となった僕の気持ちを考えろ」
意地を張った自分へ全ての責任を擦り付けない辺り、この男はそこまで悪い奴じゃない。そう思うものだから、リィンは新しい酒を注文し、渡されたそれをラアルスアに手渡した。自分の為に注文をしたのだろうことは分かり切っているので、ラアルスアも皮肉など言わずに「頂くよ」とそれへ口をつけた。
「……美味し。君、酒の趣味が良いよね」
「クァトに教えてもらったからな。俺はテフェシュに教えたから、あいつも趣味が良いだろ」
「成程。まったく、クァトには頭が上がらない。僕が最愛の人と出会うきっかけが彼だ」
「ああ、あいつは……商品だった俺とテフェシュを救った、神様だからな」
リィンの手が己の脇腹にある大きな傷痕をなぞる。過去、商品として刻み付けられた番号を削ぎ落とし焼き潰した痕だ。若いどころか幼いと言えるその頃の彼は長く交流のある三人とも出会っておらず、ドワーフとしては痩せこけた体で必死に逃亡生活を続けていた。暴力さえ生温い地獄のような飢餓に耐え切れず、襲い掛かった相手がテフェシュの養い親をしていたクァトだった。
(お前さんもお腹が空いているのかい?)
(金を出せ、殺すぞ!)
(……駄目だよ。お前さんみたいな痩せっぽっちが、こんな地域で金なんぞ持ってたらすぐに殺されちまう)
(ふざけんな! 金が無かったらどうせ死ぬ、だったらお前も殺してやる!)
(……舐めなさんな。あたしだって男なんだ、拾った子供の一人や二人、育てる甲斐性はあるんだよ)
死なせやしない、と宣言したクァトは飛び掛かるリィンの顎へ蛇の尾で一撃を入れて気絶をさせた。目覚めたリィンの横にいたのは、再生呪術を刻まれた包帯を至る所に巻かれているオーガの子供であった。一度潰されて治りかけなのだろう喉から出る小さな声で、彼はテフェシュと名前を伝えた。
(貴方の怪我も、すぐ良くなる。俺もね、足、動くようになったよ)
何の疑いもなく微笑んで見せるオーガに、それでも地獄を見続けたドワーフは「高く売りつける為だ」と彼を連れて逃げようとした。しかし、オーガの足はやっと感覚が戻っただけで、立つことさえままならなかった。寝かせられていたシーツをおんぶ紐代わりにテフェシュを背負おうとしたリィンと、部屋に来たクァトの目が合った。
殺される、と、覚悟した。それでも自分が殺されたことで、オーガはもう油断せずに生きられるならば、それで十分だとも思った。自分より後に生まれた子供が、自分のような地獄を見ないで済むなら死んでも構わなかった。
(……優しい子。この子のことを守ろうとして……お前さんこそ、大人に守られるべき年頃だろうに)
語尾の震える言葉を吐き出したナーガは、崩れるように子供達と目線を合わせ、そうして二人を抱き締める。人とは異なるやや低い体温は、子供達の傷が帯びる痛むような熱を散らしてくれた。ごめんね、とナーガは泣く。
(あたしら上の世代が、もっとちゃんとした世界を作っていたら。お前さん達のような子供に、そんな顔をさせずに済んだのに。それでも、どうか……今だけでも良いから、あたしを頼っておくれ。信じなくて良いから、怪我の治療やご飯の準備をさせておくれ。お前さん達が生きられるよう、関わることを赦しておくれ)
クァトの言葉に確証はなかった。自分達を懐かせて命令を聞くようにする為の、洗脳の仕込みである可能性だってリィンの頭には浮かんでいた。そのくらい地獄は知っていて、他人は敵だと分かっていた。それでも。
(……飯、食いたい。腹減った)
生きようとする体が、目の前のナーガに抱き着いていた。泣けば殴られるからと枯れたはずの涙も零れていた。何の確証もないというのに、抱き締める腕の優しさが、信じる理由になってしまった。
「あの日から、クァトは俺とテフェシュを育ててくれた。あんたがテフェシュをかっさらっていくまでな」
「かっさらっていくとは人聞きの悪い。クァトと世界を変える為に行動する中で、テフェシュに恋をしただけだよ」
「その恋心にテフェシュが答えて、お前と一緒に暮らすようになっちまったんだ。こっちは年の離れた可愛い弟を、ぽっと出の馬の骨の爺に連れ去られたようなもんだよ」
「それについていえば、まぁ、確かに。僕なんて出会って数百年程度の、ぽっと出馬の骨爺なのだろうけども」
その数百年で世界は随分と変わった。数と暴力で人外種族を迫害してきた人間達は軒並み革命に処刑され、代替わりもした中で多種族に友好的な人間が増えてきた。元々人間と交友があり、美貌と知性を尊ばれることも多いエルフ族が革命に関わり続けたことも一つの要因だろう。種族を理由とした迫害や蹂躙は愚かしい思想であると公に広がり、表面上は奴隷制度も植民地行為も禁止となった。世界は少しずつ、前進し始めている。
「だからこそ、君が……君自身が憎悪していたあの悍ましい闇オークションに、クァトを巻き込んでまで関わる理由が分からない」
ラアルスアの問いにリィンは目線を下げる。それでもすぐに不遜な笑みを浮かべ、挑発的な目つきをして「復讐だ」と零した。手元のグラスに半分程満ちた火酒を飲み干して、熱を含んだ呼気と共に呪詛を履く。
「あいつらは俺達の命に値段を付けた奴らと同じクズだ。俺が俺達の地獄に見合うと思った値段を、俺の一生をかけてでも毟り取ってやる」
「そんなことをして、虚しくはないのかい。いっそ全部を忘れて、クァトとの愛に身を委ねた方がよっぽど」
「……はは。結局、あんたには分からねぇよな。美しく賢く魔術に長けるエルフ様は、ガキの内に命の値段が付けられることなんざない。角だの髭だのごつい体だの、生まれついた種族の在り方を馬鹿にもされない。だからテフェシュをごっこ遊びで売り物に出来るんだ。あいつに刻まれた地獄を癒す為に、クァトがどれだけ苦労したか知らないから、お前は」
吐き出した声の続きが途切れる。それ以上の言葉があれば引っ叩いてやろうと思ったラアルスアが、泣いているのかとリィンの顔を覗き込もうとして倒れ込む。話に熱が籠り過ぎて、酔いが回ったのだろうか。否、普段の自分達ならば、感情的になったところでこれほど酷い酔い方をするわけがない。そんなことを考える意識すら揺れて歪んで、次に目を覚ました二人は並んだ檻に入れられていた。
「……此処は……?」
「……寝ぼけてるんじゃねぇよ、クソジジイ」
罵倒に目線を向ければ憔悴しきったリィンが檻の中に座っていた。痛む頭を手で押さえたまま周りを見回すラアルスアに「売られるんだよ、俺達」と零して、リィンは自分の体を抱き締めるように縮こまる。普段の横柄にさえ見える力に満ちた彼とは異なる、心身ともに弱り切ったその姿は迷子になった子供のようだった。やっぱり駄目なんだ、と、リィンは震える声で言った。やっぱり俺じゃあ助けられないんだ、と。
「助けるって、リィン、君」
「……俺やテフェシュみたいなガキを、全員解放してやりたかった。でも、解放するだけじゃ駄目なんだ。親に売られた奴だっている、親を殺された奴だっている。独り立ち出来るまで、クァトみたいに育ててくれる大人がいなくちゃならない。そしてそれには、金も必要なんだ」
だから、と震える声に涙が帯びるものだから、ラアルスアは彼の言葉を遮るように「どうして君達は」と問う。何を問うのかと自分を見上げるリィンに、ラアルスアは悲しみとも安堵ともつかない感情で眉尻を下げた。
「地獄を見た自分を危険に晒して、人の為に生きようとするんだろうね」
「人の為に、って」
「……僕だって、闇オークションが憎いだけならテフェシュを連れてなんか行かなかった。そもそも、売りつけるなら僕みたいな顔立ちの方が高値で売れる。美貌を値踏みされることには慣れてるからね。性犯罪者のクソジジイクソババアに、僕が何度狙われたと思っているんだい。……守ってくれる大人がいる僕ですら、これだけ憎悪満載になる地獄を見た。それでも、テフェシュは譲らなかったんだよ」
自分はもう大人になった、大人になるまで助けてもらえた。だから今度は、俺が子供達を助ける番だ。
(悪い奴に怯えたままでいたくない。俺はもうお前達なんか怖くないって、立ち上がってぶん殴ってやれることを証明したい。例え世界が、それが正しくない行動だと言っても、俺は俺が胸を張れるように、生きたい)
リィンだけが悪く言われる必要なんてない。ラアルスアの声で伝えられるテフェシュの言葉に、リィンは目を見開いた。やっぱり気づいていなかった。揶揄いを含んだラアルスアの声は、今までになく優しく耳を打った。可愛い弟分はけして守られるべき幼子のままではなく、自分を助けようとしてくれていたのだと気づいて、ドワーフの青年は涙を落とす。そんな彼の表情に、ラアルスアは「泣かないでおくれ」と笑った。
「僕は海千山千の陰湿エルフ爺だよ。いざって言う時は魔術でも使って、僕と君とこのオークションに売られた子供達をかっさらって逃げ出せるくらい、簡た」
遠くから酷く耳障りな音が響いた。粘性の液体と半固形状の泥を詰めた袋が床に叩きつけられて破裂したような、中身の零れた床の悲惨な汚れ方を想像出来てしまうような音。続くのは銃声、割れた金属、起爆装置が時間になって飛び散る破片が柔らかいものに刺さる音、柔らかく重たい何かか引き摺られ、引き摺られたそれが他のそれに叩きつけられる音。その間にも止まることのない怒号と悲鳴の中、二人は馴染みのあるその言語に耳を打たれて顔を見合せた。
「……なあ、ラアルスア。あれって、ミティ=ノークの古語だよな」
「……そうだね。もっと言うと、二人とも母国語なんだろう流暢さで、呪詛と罵倒を重ねまくってる」
化物だ、助けてくれ、蛇と鬼が襲ってくる。檻と扉に隔てられた部屋ですら、聞こえてくる言葉からナーガとオーガの激情を肌で感じるエルフとドワーフは、悪党共がざまぁみろと笑うべきか、人間がこのまま滅ぼされるかもしれないと心配するべきか。しかし自分達の檻を開くことは不可能だと分かると、二人は観念をして座ったままパートナーについて語り出す。
「テフェシュってミティ=ノークの方だと神様の血筋なんだろ。やっぱり喧嘩した時も強いのか?」
「うん、まぁ。僕は殆ど怒られたことが無いから、自分が肌に感じて怖いと思ったことはないのだけれど。三十年くらい前だったかな、実子を娼館に売り飛ばそうとした外道から娘さんを逃がしたら、その外道が僕を路地裏に連れ込んで無体を働こうとしてね」
「は!? だ、大丈夫だったのか?」
「即座にテフェシュが割り入ってくれたからね、僕は無傷。相手は黒焦げだったけど」
「黒焦げ? いつものお前の黒魔術か?」
「ううん。テフェシュの雷が落ちたんだよ、物理的な意味で」
水を含んだ木の裂ける音がする。バチバチと漏電の音がして、焦げ臭い臭いが漂う。テフェシュも黒魔術を使えるのかと尋ねようとしたリィンの耳に、続いて聞こえたのは蛇の尾が這いずる音であった。クァトが暴れている事実に表情を曇らせるリィンに、ラアルスアは「心配?」と首を傾げた。
「心配に決まってるだろ。クァトは戦うの、そこまで得意じゃないだろうし」
「おやおや、何を言うんだい。クァトが本気で攻撃して来たら、僕だって無傷じゃ済まないのに」
「え? ……俺がガキの頃、クァトを殺しにかかって顎を尾で殴られたが……痣一つ残らなかったぜ?」
「クァトほど生きているとね、攻撃をして殺すより、痣一つ残さず生け捕りにする方が難しくなるんだ。そもそも、彼は全てのナーガの支配者だった男だよ?」
「……まさか、ナーガラージャ、なのか?」
すべてのナーガの支配者、ナーガラージャの称号をリィンも知らないわけではない。普段から男性とも女性ともつかない華奢な姿をした、軽薄な口調とは裏腹に世話焼きで子供好きなクァトを支配者として想像することは難しかった。しかし、クァトの故郷として思い出話に出てくる、島国の伝説は聞いている。そこでは蛇は龍と変わらぬ存在で、龍は竜と異なり神と祀られることも多く在ったと聞いていた。
(大概は怒りで川を反乱させたり呪術を使って一族を統制したり……お強い方々だけど、あたしはそういう力の使い方は趣味じゃないね。何代か前のご主人様がそうだったように、泣いてる子供をあやして笑わせてやる方がずっと性に合う。まぁ、子供が笑ってくれるならでたらめだってやっちまうのは、親譲りの性分ってところだろうねぇ)
ごぼごぼと何かが溺れる音を立てて、部屋に繋がるドアからじわりと水が流れ込んできた。愛する男達の激怒が会場全体を飲み込もうとしているのではないかと、ラアルスアとリィンが徐々に焦り始める。自分達が酒の席で油断をして捕縛されたことは叱られるにしても、この部屋にいる他の子供達は無事に平穏へと帰さねばならない。エルフが熱球を取り出して金属を溶かし、ドワーフは柔らかくなった檻を掴んで曲げ開けようとする中、汚れた水の染み始めたドアは静かに開いた。
ドア越しに聞いた悲痛な断末魔に比べると、足元で蹲って震えている人間達は大したダメージを負ってはいないようだ。もしかすれば簡単な発光や騒音の魔術に合わせて幻覚を見せていただけかもしれない、などと希望的観測を志向するリィンの前に、クァトがするりと這い寄ってきた。慌てて檻を開こうとするドワーフは一つ二つまばたきをした刹那の後、すっかりと腐食して散り散りに飛び散った檻を知る。目の前に立つ全ての蛇の王座に君臨していたのだろう男は、感情を読み取りにくい表情のまま青年を見下ろしている。ごめんなさい、を口にするより先に、ぼろりと円らな両眼から雫が堕ちる。
「っ……リィン、無事で良かった……怖い思いをさせて、ごめんなぁ」
ぼろぼろと涙を零す年上の恋人は、遠い昔未だ養い親だった頃と同じ表情をしていて、だからこそ今の自分は怯える子供ではないと安心させる為に抱き締める。俺はもう大丈夫、そう伝えるリィンはクァトの目を見つめて、普段から喧嘩ばかりの年上の友人へ宣言するように言った。
「馬鹿らしい復讐心で動くのはもうやめだ。正々堂々、ガキ共の幸せの為に畜生共をぶちのめしてやるよ」
「おやおや、若造が随分な大口を叩くね。けれども、それなら、僕の可愛いテフェシュも安心するかな」
軽口を叩くエルフの檻が、ぱぁんと音を立てて砕けた。それはオーガの手の平が突きつけた衝撃波で、エルフの薄い胸板の前、まさに紙一重というべき距離を保って掌底が止まっている。恋人がほんの少し露わにした怒りは常人が見れば恐怖に泡を噴いて倒れかねない凶悪な相貌を伴っていたが、気心の知れた彼らからすれば大人しい末っ子が初めて発露した我儘と言ったところだった。
「ラアルスア様。治安の悪い場所には、俺も一緒に連れて行ってくださいと伝えていた筈です」
「ごめんごめん。君がここまで僕の為に怒ってくれるものとは知らなかった、格好良いよ、マイダーリン」
「そういう揶揄いで、俺がいつまでも恥じらうと思っていたら大間違いですよ」
拗ねたような口調で言いながらも、無事を知った安堵から表情は和らいでいた。止めていた掌底をひらりと返し、差し出す形にしたテフェシュの手の平にラアルスアの手の平が重なる。それを見たクァトが「仲良しだねぇ」と微笑みながら、自身はリィンの体に尾を絡めた。
「若人達を助ける為に動き回って、あたしはすっかり疲れちまった。リィン、寝床まで運んでおくれ」
「おいおい、蛇の王様は随分と熱烈なことを言ってくれるな。猛る若人にそんなことを言って、何をされるか分かったもんじゃねぇぜ?」
「やめておくれよ、蛇の王様なんて。お前さん達が生まれる前にはとっくに隠居して、ただの世話好きの蛇になってるんだよ、こっちは」
ところで、と、ナーガは蠱惑的な笑みを浮かべて言う。するりと絡んだ尾が、抱き着くかのように強く締まる。
「蛇ってのは丸一日『愛し合う』種族もいるんだ。お前さんが、復讐心で動く子供をやめたって言うんだったら……あたしで大人になったこと、証明したって良いんだよ?」
囁かれたリィンは勿論、愛の言葉は交えるにしても今もまだ清く付き合っているのだろうラアルスアとテフェシュも赤面する。自分以外がぎこちなく固まる様子に、クァトはへらへらと「これじゃあメドゥーサだねぇ」と笑う。
「まぁ、はしたない冗談は此処までにして……助けに行くんだろう、此処に捕まってる子らも」
「……そうだな。愛し合うのは、その後で良い」
「ん、リィンがそう言うなら、俺達も行きましょう、ラアルスア様」
「……仕方ないなぁ。可愛い君がそういうなら、僕ももう一暴れしてあげる」
目線を向けて、微笑みを交わす。恋愛と友愛と親愛、互いの愛を満たし分けるかの如くハイタッチをして、男達は闇オークションを壊しに行く。全ての命が価値を押し付けられぬように、自らの命を生きられるように。




