想いがこぼれた夜
橙色の光が学院の廊下を照らしていた。
学院の食堂は、一日中学んだあとに食事をとる生徒たちで賑わっている。
コルヴィアンは厨房へ向かい、休憩しているガロンの姿を見つけた。
「坊主、もう食事は終わったのか?」とガロンが言った。
「はい、終わりました。すぐ手伝いに来ました」
とコルヴィアンが答える。
「なら、奥にあるトレーと皿の山を片づけてくれ」
ガロンは奥を指さした。
コルヴィアンが厨房の奥へ向かうと、汚れたトレーや皿が山のように積まれていた。
「よし、今日は早く終わらせよう」
そう言って、コルヴィアンは袖をまくった。
一時間ほど経つと、太陽は沈み、学院のあちこちに油灯が灯され始めた。
汗をぬぐいながらも、コルヴィアンはトレーと皿を洗い終えて微笑んだ。
「やっと終わった……」
とコルヴィアンは呟いた。
「おい坊主、仕事は終わったか?」
ドアのところに立つガロンが声をかける。
コルヴィアンはただ黙って頷いた。
「今日はチーズケーキがまだ余ってるが、いるか?」
とガロンが尋ねる。
「もちろんです。働いたあとのケーキは最高ですから」
コルヴィアンは笑顔で答えた。
ガロンは、丸ごとのチーズケーキが二つ乗ったトレーを渡した。
「一人で食べるなよ。友達と分けて食べなさい」
とガロンは微笑む。
「いえ、たぶん一人で食べます」
とコルヴィアンが返す。
「じゃあ、俺は先に帰るぞ」
そう言って、ガロンは立ち去った。
コルヴィアンはチーズケーキのトレーを持って食堂を出た。
「図書館に行ってみよう。きっと誰かいるはずだ」
とコルヴィアンは呟いた。
学院の図書館の前に着くと、月明かりが窓から差し込み、内部を明るく照らしていた。
数十の本棚の間で、一つの油灯が机に向かって本を読む少女を照らしている。
「メラティ、こんばんは」
とコルヴィアンが声をかけた。
メラティは顔を上げた。
「こんばんは。どうしてここに?」
コルヴィアンはチーズケーキを机に置き、メラティの向かいに座った。
「今日余ったチーズケーキを分けようと思って」
とコルヴィアンは言った。
「ここは読書する場所よ。どうして食べ物を持ってきたの?」
メラティは小さな声で言った。
「ここでは食べ物禁止なの、忘れてた」
とコルヴィアンは答える。
「でも、そのチーズケーキ、寮に持ち帰りたい」
とメラティは言った。
「いいよ。半分持っていって」
とコルヴィアン。
「ありがとう」
メラティは微笑んだ。
コルヴィアンは、初めて会った頃とはまるで違うメラティの顔を見つめていた。
「二か月で、すっかり学院の生徒らしくなったね」
とコルヴィアンは笑った。
「全部、あなたのおかげよ。コルヴィアン」
とメラティが言う。
「え? どういう意味?」
とコルヴィアン。
メラティは本を閉じ、机の上に置いた。
「もし、あの時あなたが私を奴隷商人から連れ出してくれなかったら……運命は違っていたと思う」
「あの時、世界は必ずしも美しいものだけじゃないって、初めて思った」
コルヴィアンは静かに言った。
「ごめん、変な話をしてしまったね」
と付け加える。
「ううん。あなたのおかげで、人を信じられるようになったし、ちゃんと生きられるようになった」
とメラティは答えた。
「見た目のことで、ここで嫌な扱いを受けたことはある?」
とコルヴィアンが尋ねる。
「時々ね。貴族の生徒に、どうして私がここにいるのか聞かれることもある。でも……あなたやルスク、ミスロ、ベルタ姉さん、ヤラみたいな優しい友達がいる」
とメラティは言った。
「ヤラ?」
「そう。最初は厳しかったけど、私が貴族の生徒にいじめられた時、いつも助けてくれた」
とメラティは静かに答えた。
「コルヴィアン、右足が杖なしで歩けるようになるかもしれないって、知ってる?」
とメラティが言った。
「本当? 杖なしで歩けるの?」
とコルヴィアンは驚く。
「授業で魔力検査を受けたあと、エイリス先生と一緒にテッド先生に診てもらったの」
とメラティ。
「治療にお金が必要なの?」
とコルヴィアンが遮る。
「最後まで聞いて」
とメラティ。
コルヴィアンは黙って頷いた。
「私の魔印、何年も使われてなかったから、魔力が足に溜まってたみたい」
とメラティは言った。
「じゃあ、魔印を使えれば元に戻れるってこと?」
とコルヴィアン。
「そう。でも、どうやって魔印を発動させるのか分からない」
メラティは小さな声で言った。
「大丈夫。図書館で一緒に調べよう。僕はいつでもそばにいる」
コルヴィアンは微笑んだ。
その言葉を聞き、メラティの顔に笑顔が浮かび、胸が温かくなった。
「ありがとう……本当に」
とメラティは言った。
その時、気づかぬうちに、メラティの足にある魔印が淡く光り、両足を包み込むようにして、やがて一足の靴へと変わった。
同時に、背後に大きな鎌がゆっくりと現れた。
「メラティ、後ろ……なんで突然、武器が?」
とコルヴィアン。
振り返ると、大きな鎌が本棚にもたれかかっていた。
「どうして武器が出てきたの?」
とメラティ。
「僕の魔印じゃない……たぶん、君の魔印だ」
とコルヴィアンは言った。
メラティは足元を見る。
両足には魔力が漂う靴が履かれていた。
メラティは、ずっと感覚のなかった右足を動かそうとする。
ゆっくりだが、確かに動いた。
椅子につかまりながら立ち上がり、数歩歩こうとするが、まだ不安定だった。
「コルヴィアン、見て……立てた――」
メラティは笑顔で言った。
「本当だ。もう歩けてる」
とコルヴィアン。
その瞬間、メラティはバランスを崩し、倒れそうになる。
だが、コルヴィアンがすぐに抱き止めた。
二人の視線が重なる。
「……あまり、見ないで」
と顔を赤らめ、視線を逸らすメラティ。
「ごめん」
コルヴィアンは微笑んだ。
コルヴィアンはメラティを支えて立たせる。
「まだ、右足が慣れてないみたい」
とメラティ。
「慣れるまで、僕が支えるよ」
とコルヴィアン。
「ねえ、何してるの?」
突然、女子生徒の声が響いた。
小さなエルフの少女が本を抱え、二人を鋭く見つめていた。
「わ、私たち……本を読んでただけ」
メラティは周囲を見回しながら言った。
「そう、読書だよ」
コルヴィアンも上を指さしながら言う。
エルフの少女は目を細めた。
「確か同じクラスよね。正反対の二つの魔力を持つメラティと……結晶破壊者」
「……誰だったかしら」
「コルヴィアンです」
と名乗る。
「そう、コルヴィアン。さっき、ずいぶん仲良さそうだったけど?」
と少女は言った。
「えっと……ちょっとした事故です」
メラティは無理に笑った。
「そう、事故」
とコルヴィアン。
少女は、メラティの足元に漂う魔力と靴を見る。
「ああ、なるほど。正反対の魔力を持つ理由はこれね」
と言った。
少女は頭を下げた。
「名乗るのを忘れてたわ。アマンダ・ド・ラ・ブリュームよ」
「よろしく、アマンダ」
とメラティ。
「よろしく」
とコルヴィアン。
「人間が神級の魔力変化を実際に起こすところを見るのは初めて」
とアマンダは言った。
「それって、そんなに強いの?」
とコルヴィアン。
「その形態を持つ者は、短時間で巨大魔法を生み出せる」
とアマンダ。
「すごいな!」
コルヴィアンは目を輝かせた。
「でも、私の魔印……鎌が出てきたの」
メラティは本棚にもたれた鎌を指す。
「武器型ね。神々についての本はたくさん読んだけど、大半は属性型よ」
とアマンダ。
「じゃあ、私の魔印や武器については分からないの?」
とメラティ。
「分からない。でも……貴族の人間には欲深い者も多い。気をつけて」
とアマンダ。
「それで……ケーキ、少しもらっていい?」
と両人差し指を寄せながら尋ねた。
「もちろんだよ、アマンダ」
とコルヴィアン。
コルヴィアンはケーキを分けて渡す。
アマンダは頬をふくらませながら、嬉しそうに食べた。
二人は思った。
まるで、どんぐりを食べるリスみたいで、とても可愛い。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
自分の作品を読んでもらえたことを、とても嬉しく思っています。
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