8.ツンデレ勇者は、運命に恋をする
――俺は、“運命”って言葉が嫌いだった。
子供の頃。
協会に下った神託で、俺は「勇者」と呼ばれる存在に選ばれた。
その一言で、村での暮らしは終わった。両親の声も、弟の泣き顔も、土の匂いも、全部置き去りにして。
連れて行かれた王都で待っていたのは、剣と訓練、そして戦うことしか許されない未来。
“運命で選ばれし者だから”。
その呪文みたいな言葉で縛られて、自由なんてひと欠片もなかった。
だから俺は――運命なんて大嫌いだった。
……あの子に出会うまでは。
◇◆◇◆◇
聖女ヒマリ。
異世界から召喚された少女。王国が送り込んできた仲間の一人――最初はその程度の認識だった。
最初に会ったときは、正直「頼りなさそうだな」と思った。
見慣れない服を着て、おっかなびっくり辺りを見回しながら、でも気丈に笑おうとする少女。
けれど旅を重ねるうちに気づかされる。
彼女は、何も知らない世界で必死に前を向いていた。
その姿に、俺の心は少しずつ揺さぶられていった。
◇◆
杖を握って「だ、大丈夫です!」と震えるヒマリ。
けれどその直後、魔物より大きな声で「ひゃああっ!」と悲鳴。
俺たちが一瞬ギョッとして振り返ると、本人は顔を真っ赤にして「今のは準備運動です!」と胸を張る。
……準備運動に悲鳴はないだろ。だが、その必死さが妙に可愛かった。
雨の日、洞窟で仲間全員が震えていたとき。
ヒマリは自分の外套を仲間にかけ、自分は寒さに唇を青くしていた。
「みんなが風邪ひいたら困りますから」って。……いや、まず自分を守れよ! って心の中で叫びながらも、胸の奥がじんわりした。
焚き火の夜。
異世界の好きな食べ物の話を楽しそうにしていた。
「ハンバーガー」とか「シェイク」とかいう謎単語に、皆で首をかしげてたこともある。
混乱する仲間をよそに、身振り手振りで説明しようとするヒマリ。
その横顔を見て、俺はただ――笑ってしまった。
呆れるよりも、愛おしさが先に来てしまうから。
彼女は誰かが仲間に褒められると、まるで自分のことみたいに嬉しそうに拍手してた。
戦いで活躍したのが俺でも、リオでも、アルバートでも関係ない。
“人の頑張りを応援するのが好き”なんだって、見ていてすぐにわかった。
……ぜんぶ、彼女とのかけがえのない思い出だ。
笑わせてもらって、救われて、時には心をかき乱されて……。
けど――俺が本当に恋に落ちた瞬間は、別にあった。
◇◆
険しい山道を歩いていたときのことだ。
足場の悪い崖道で、ヒマリがつまずいた。
「きゃっ!?」
「危ないっ!」
反射的に手を伸ばし、彼女を抱きとめる。
崖下へ転げ落ちそうになりながら、必死に踏ん張って立ち止まった。
……そして、気づく。
至近距離。息が触れるほど近くで目が合った。
「ゆ、勇者様……?」
「な、なに……!?」
「ちょ、近いです!」
「し、仕方ねぇだろ! 今助けたばっかなんだから!」
やばい。なんだよこの鼓動。魔物と斬り合ってる時よりうるさいじゃねぇか!
というか、俺の理性が本気で崩壊しかけてる。
ヒマリは真っ赤になり、視線を泳がせて――。
「……す、すみません! ご迷惑を……」
「べ、別に! 勇者として当然だから!」
慌てて彼女を立たせ、俺はわざと乱暴に手を放す。
本当はもっと、その温もりを抱きしめていたかったのに。
すると彼女は、胸に手を当てて、ふわっと微笑んだ。
「……でも、本当にありがとうございます」
その笑顔を見た瞬間――俺は、落ちた。
もう、どうしようもなく。
「……っ!」
心臓が爆発したかと思った。
ああ、だめだ。もう完全に終わった。俺は勇者じゃなくただの恋に落ちた男だ。
“守るべき仲間”じゃない。
“どうしようもなく愛しい存在”だと、認めてしまった瞬間だった。
◇◆
それからも俺は照れ隠しばかりで、手を差し伸べてもわざとそっぽを向いた。
「勇者として当然」なんて、みっともない言い訳をして。
けど、心はいつだって彼女を追いかけていた。
剣を振るときも、眠れぬ夜も、浮かぶのは彼女の笑顔だった。
だから決意したんだ。
王国のためじゃない。ヒマリのために魔王を倒す。
彼女の笑顔を守りたい――そう誓った。
……そして気づけば、俺は“運命”を嫌いじゃなくなっていた。
勇者に選ばれたのは、ヒマリに出会うための必然だったんだと。
◇◆◇◆◇
そして今。
仮の結婚生活。
目の前のヒマリは幸せそうにパンを頬張っている。
「勇者様、このパンふわっふわで美味しいです!」
両手でパンを抱えて、ほっぺをふくらませて、子供みたいに笑う。
その姿を見ているだけで、胸がじんわりと熱を帯びる。
――と思ったら。
「……あっ!」
パンがころんと手から落ちかける。
慌ててヒマリは身を乗り出してキャッチ――その勢いで自分が椅子から滑り落ちそうになる。
「わっ、ちょっ……!」
咄嗟に俺が支えると、ヒマリはパンをぎゅっと胸に抱え込んで、どや顔で宣言した。
「ふふん、ちゃんと守り切りました!」
「いや、パンを守ってどうするんだよ……!」
ツッコミを入れながらも、危なっかしい彼女を抱き止めた腕の中はあたたかくて――。
苦笑いと同時に、胸の奥が妙に熱くなるのを誤魔化せなかった。
……きっと、こういう子なんだ。
パンひとつでも必死に守るし、仲間や大切な人の幸せなら全力で背中を押す。
応援してるつもりで、自分も一緒に輝いちまう。
だから、目が離せない。
俺はもう知っている。
この人がいれば、俺は勇者でいられる。
この人の笑顔があれば、世界を敵に回しても構わない。
――愛している。
運命という言葉に、心から感謝できる。
ヒマリと出会わせてくれた、この運命に。
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次回はお昼に更新予定です。
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