6.鈍感聖女は、名前呼びにドキドキしない
「おはよー、陽葵!」
朝から莉央の声は全力。明るい声が廊下中にまで響くその明るさに、通りがかった侍女がびくっとして振り返るくらい。
ピンクのポニテがゆさゆさ揺れて、テンションも全開だ。
「昨日はさ、“勇者パーティー再集結!”って感じでマジで熱かったじゃん! あのノリ最高だったわ~」
「そうだね。久しぶりにみんな揃ったし」
「でさぁ!」
「でさぁって……なに?」
「結婚の件~!」
莉央が満面の笑みでぐいっと顔を近づけてくる。距離感ゼロで攻められて、私は思わず半歩下がった。
「仮だってのはわかってるけどさ、勇者サマもエリシア姫も……陽葵のこと、ガン見じゃん? 見てるだけで、あーしニヤニヤ止まんないんだけど!」
「ち、違うから! 勇者様はエリシア様のことが……!」
「いやいやいや。宴会での視線、あーし全部チェック済みだから。二人とも陽葵一直線!」
「チェック済みって……なにそれ……」
私は苦笑いして手を振った。
「もう、からかわないでってば。私は応援する側なんだから!」
「ふふーん、ま、いーけどね。あーしは誰よりも陽葵推しだから」
ぽん、と肩を叩かれて、私は思わず笑ってしまった。莉央のこういう調子に救われること、実は多いんだよね。
そのとき。
「……落とした」
振り返ると、アルバートが立っていた。分厚い手に握られているのは、可愛いリボン付きの髪ゴム。
「あ、これ! あーしの!」
「廊下で拾った」
「ありがとアルっち~。マジ助かるぅ」
莉央がぱっと駆け寄って受け取る。アルバートは表情を崩さないけど、ほんのり口元がやわらいだ気がした。
「お前……また全力疾走して落としたな」
「えっ、バレた? あはは~」
「危ない。次は止める」
「やーん、怒られた~! でもありがと、アルっち!」
莉央がにぱっと笑いかけると、アルバートはごく控えめに視線を逸らす。……なんだろう、この二人。ちょっと気になる。
◇◆◇◆◇
昼下がり。勇者様と私は中庭を歩いていた。
咲き誇るバラの香りがふわっと広がり、春の風が心地いい。お散歩には最高の時間だ。
「……なぁ」
「はい?」
「その……結婚したんだし、俺のこと“ノイシュ”って呼べ」
「えっ……」
勇者様は真っ赤な顔で、わざと視線を逸らしている。
「普通だろ。仮でも……夫婦が名前で呼び合うのは!」
「えっと……でも、私、“勇者様”って呼ぶのが好きなんです。なんだか安心しますし!」
「なっ……!」
勇者様はぐっと口をつぐんで、耳まで赤くなってしまった。どうしよう、やんわりスルーしたつもりなんだけど。
すると――。
「ヒマリさまぁ~~」
ふわりと甘い声。振り返るとエリシア様が勢いよく抱きついてきて、私はあわてて支える。
「ゆ、勇者様がまた変なことをしてたんじゃないですか!? 大丈夫でしたか!?」
「えっ……えっと、大丈夫です!」
必死な瞳に思わず笑顔になる。そんなに心配しなくても……。
「エリシア様。私、応援してますから!」
勇者様を想うエリシア様のいじらしさに、おもわず両手をぎゅっと握りしめた。まっすぐに見つめながら微笑むと、彼女の肩が小さく震える。
「えっ……」
沈黙。隣で勇者様が「お、おい!」と焦っている。
「な、なんでもねぇ!」
「……ヒマリさまは本当に……ずるいです」
エリシア様は顔を真っ赤にしながら、私にぎゅっと抱きついてきた。
そのとき、勇者様がむすっと眉をひそめる。
「おい……なんでお前が抱きつかれてんだよ」
「え? 応援するって伝えただけですけど……」
「な、ならいいけど!」
ぷいっと顔を背ける勇者様。耳まで真っ赤なのが丸見えで、私はつい首をかしげる。なんでそんなに照れるんだろう。ほんと不思議だ。
◇◆◇◆◇
夕暮れ時。
ふと風がざわめき、足元に黒い影が揺れたような気がした。
……あれ? 気のせいかな。
「ヒマリ嬢」
名前を呼ばれて振り返ると、エルリック様が立っていた。いつもと変わらぬ優雅な笑みを浮かべている。
「なにかご心配事でも?」
「え? あ、いえ。ちょっと嫌な影が見えたような……でも気のせいですね」
私は自分に言い聞かせるように首を振って、にっこり笑った。すると、エルリック様の瞳がやわらかく細められる。
「――影なんて、ヒマリ嬢を包む光の輝きに比べれば、取るに足らない幻想です」
「えっ……」
「どうかご安心を。闇に触れようと、僕が必ずあなたを照らしますから」
「……はい? えっと……そう、ですね?」
私が首をかしげても、エルリック様は余裕の笑みを浮かべたままだった。
一見すごくカッコいいセリフなのに、不思議と意味がまったく入ってこない。ポエムみたいな響きだけが残って、私の頭の中はすっかり「???」で埋まっていた。
とりあえず笑顔でうなずいておいたけれど、本心ではぜんぜん理解できていなかった。
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次回は本日23時30分すぎに更新予定です。
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