48.鈍感聖女は、平和の中で恋を知る
あれから、一か月。
王都は少しずつ復興していて、城下町にもようやく人の笑顔が戻ってきた。
失われた命は――なかった。
魔王召喚の儀で生贄にされた人も、命までは取られなかったらしい。
エルリック様は最後まで理性を失っていなかったんだ。私はそう信じてる。
あのとき衰弱していた人たちも、今ではすっかり元気を取り戻していた。
ちなみに、王様は責任を取って謹慎中。
……まあ、それは当然かな。
◇◆◇◆◇
王妃様に誘われて、今日は離宮の中庭でお茶会。
白い石畳に置かれた丸テーブルには、香り高いハーブティーと色とりどりのケーキが並んでいる。
噴水の水音と、咲き誇る薔薇の香りに包まれた空間は、戦いの余韻が嘘みたいに穏やかだ。
「迷惑をかけましたね」
柔らかな声に振り返ると、王妃様が優雅に微笑んでいた。
その笑顔の奥に潜む苛立ちは、やっぱり隠しきれていない。
「本当に……あの人は! よりによって魔王復活なんかに手を貸すなんて!」
ため息まで上品で、でも怒りがにじんでいる。
「なので謹慎させてあります」
王妃様は軽く紅茶を口に含み、さらりと告げた。
夫婦仲は悪くないはずなのに、公務に関しては一切の甘えを許さない――そんな毅然とした気配を感じる。
「し、仕事はどうしてるんですか?」
「王子たちがちゃんと回してくれていますよ。……ところでヒマリ、ダリルになにか言われたでしょう?」
「えっ、それは、その……」
そう、事件のあとに。
第一王子ダリル様から「共に王国を支えてほしい」と、改めて告白されてしまったのだ。
でも私は丁寧にお断りした。
断ったときの彼の、吹っ切れたような笑顔――今でも心に残っている。
「いいのよ、気にしなくて」
王妃様は小さく笑った。
「あの子はきっといい王様になるわ。少し変わり者だけど、自慢の息子ですもの」
……うん、私もそう思う。
素直でまっすぐで、相手を思いやれるダリル様なら、きっと。
「エルリックには、魅了で侍女たちに手を出した責任を取らせるつもりです。もっとも、本人もその覚悟らしいけれど」
王妃様の言葉に、私はセリーナさんの顔を思い浮かべた。
……あの二人なら大丈夫。いや、複数形ってことは……他にも? うわぁ、考えないでおこう。
「それで、ヒマリはこの後どうするのかしら?」
「……元の世界に帰ろうかと。転送ゲートの準備、お願いできますか?」
「そう。寂しくなるわね」
王妃様は一拍おいて、紅茶をソーサーに戻した。
そして、にこりと微笑む。その表情はどこかいたずらっぽく、でも逃げ場を与えてくれない強さもある。
「それと……今日はお願いがありましてよ」
「えっ、なんでしょう?」
胸がざわつく。王妃様のお願い=ロクでもない……この一か月で学んだ真理。
「あの子……エリシアを、もらってあげてください」
「……もらうって、どういう意味ですか?」
小悪魔みたいな笑顔を浮かべる王妃様。
その目は冗談めいていて、でも本気のきらめきがあった。
「そのままの意味ですわ。あなたの隣に置いてほしい、ということ」
「え? だ、だってエリシア様は勇者様と……!」
王妃様の瞳が鋭く細められる。
「ごまかしは許さない」とでも言いたげで、背筋が凍る。
「どうせあの子は、あなた以外は見えていませんから。側室でもなんでもいいのよ」
「い、いや、私の世界では側室とかなくて!」
「あら、そうなの? だったら、なおさらこちらにいればいいのよ。こちらでは問題ありませんわよ?」
ぐぐぐ……!
なんかすごい圧を感じるんですけど!?
「ヒマリ様ぁぁぁ!」
そのとき、後ろから勢いよく抱きつかれて、私は思わずよろけた。
強くしがみつかれた温もりに驚いて振り向くと、すぐに彼女は腕をほどき、私の正面にまわり込む。
腰まで届く美しい黒髪がさらりと揺れ、陽光を受けて絹のように輝いている。
白い肌とのコントラストがまぶしくて、思わず息を呑んだ。
「出会ったあの日から、私はずっと――あなたを愛していました。どうか、永遠に私の隣にいてください!」
潤んだ瞳がまっすぐに私を射抜く。
その真剣さに、心臓がドクンと跳ねた。
思い返せば、出会ったときから。
いつも隣で手を取ってくれて、迷ったときは導いてくれて。
気品にあふれているのに、子どもみたいに頑固なところが可愛くて。
どんなときも、エリシア様は私を信じて、支えてくれた。
「もしここで振られたとしても、絶対に諦めません! 必ずあなたを振り向かせてみせます!」
きらめく瞳に見つめられて――ああ、これで落ちない男性なんているんだろうか。
いや、異性の私ですら……心がぐらっと動いてしまう。
……でも困った。
エリシア様が私を好きってことは――勇者様はどうなるの?
勇者様はエリシア様が好きだったはずなのに……。
ちょっと待って、これってまさか――勇者様の未来が決定ってこと!?
ど、どうしよう――!
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