47.鈍感聖女は、愛の力を信じる
「……終わった、の?」
広間――ううん、礼拝堂の跡に、ぽっかりと静寂が落ちた。
さっきまで世界を揺らしていた轟音が嘘みたいに、空気は冷たく、やけに澄んでいる。
「みんな……ほんとに無事で……よかったぁ……!」
「ひぃー……心臓が止まるかと思った! でも、ド派手に勝ったからオッケー!」
「……終わった。今度こそ」
「ふむ。生き延びた」
「当たり前ですわ! だって、ヒマリ様を守るための戦いですもの!」
みんな大きく息を吐いて、その場にへたり込みそうになる。
私も膝が笑って、危うくぺたんと座り込みかけた――けど。
「まだ……!」
自分で自分を叱るみたいに声が出た。
そうだ、まだ終わってない。エルリック様を――。
私が駆け出すのと同時に、勇者様も莉央もアルバートさんもエリシア様も、一斉に彼のもとへ走った。
「はは……その男は、もうダメだ」
見えないはずの魔王の声が、どこからともなく広場に滲み出た。
「既に魔に侵されておる。光ごときで救えるものか……」
ぞわり、と背中に冷たいものが走る。
だけど私は首を横に振った。諦めるなんて、できない。
――。
「――【原状回復】!」
光が掌から溢れて、エルリック様の上に降り注ぐ。
裂けた衣は綺麗に繕われ、浅い傷もふさがっていく。けれど、胸から肩へ黒い蔦みたいに広がる魔族の刻印だけは、びくともしない。
「っ……だめ。ここだけ、反応しない……」
光を重ねても、黒は黒のまま。むしろ、じわりと広がる気配すらある。
「これはもう――」
喉がきゅっと締め付けられ、言葉がそこで止まった。
「エルリック様っ!」
私が声を上げるより早く、駆け寄っていった影があった。
侍女のセリーナ。目は真っ赤、息は切れているのに、真っ直ぐで、迷いがない。
「やあ君か。今まで……君にもひどいことをした。謝ってすむことじゃないけど……」
エルリック様の声は弱々しい。
それでも、ちゃんとこちらを見ている。
「何、謝ってるんですか!」
彼女は言い切ってから、ぐっと顔を近づけたエルリック様に眉を吊り上げる。
「僕はもう……それに、魅了の効果も、既に解けたはずだ」
「うるさい!」
ぴしゃり。セリーナさんは、涙目で吠えた。
「振られ男はおとなしくしてろ!」
「……セリーナ」
「私がその代わり、何百回でも何千回でも言いますから。『愛してます』って。だから、死なないでください!」
空気が、ぴん、と張り詰めた。
次の瞬間、セリーナさんは迷いなくエルリック様に身を寄せ、その唇をそっと重ねた。
時が止まったみたいに、広間の音がすべて消えた。
聞こえるのは二人の鼓動だけ――。
まばゆい金色が波紋みたいに広がって、黒い刻印を包み込む。ジュッ、と遠い音。
闇の影が、朝日に溶ける霜みたいにすうっと消えていく。身体の内側から灯りがともるみたいに、エルリック様の肌色が戻って――。
「……うそ、消えた」
私の口から、勝手に言葉が漏れていた。
刻印も、黒い影も、全部。
「エルリック様!」
セリーナさんが抱きしめる。
エルリック様の腕が、ゆっくりと、でも確かに彼女の背に回った。
「よかった……ほんとに、生きててよかった……!」
「……ありがとう、セリーナ。君のおかげで、また――生きられる」
少し照れたみたいに目を逸らしながらの「ありがとう」。
それだけで、胸がじんわり熱くなる。
「うわー、これって――」
莉央が大げさに頭をかいて肩を竦めた。
「愛の力じゃね?」
「だね」
胸が熱くなり、視界がにじんだ。
だって、そうとしか言いようがない。
「……信じがたいが、事実だ」
アルバートさんが短く頷く。
さっきまであんなに遠く感じた空が、少し近い。
夕陽が傾きはじめた広場に、ゆっくりと風が吹いた。焼けた石の匂いに、少しだけ懐かしい土の匂いが混ざる。
大きな戦いは、終わった。
だけど物語は、ここからまた続いていくんだ。
――そう思えるだけの、温かな光が今はちゃんと、胸の真ん中に残っていた。
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