46.鈍感聖女、元王子を救うために祈る
……なに、この光景。
広間のど真ん中で、漆黒の翼を広げた魔王が――正座してるんですけど!?
いやいやいや、ありえないでしょ!? なんで魔王が正座!?
……あ、あれ? これ、私が言っちゃったんだっけ。「正座してください!」って。
頭に血がのぼって止まらなくて、つい口から出ちゃったんだよね。だって、うちの家訓なんだもん。“悪いことしたら正座”って。
気づいたらもう叫んでて……そしたら魔王が、ほんとに正座しちゃった。
「……魔王が、正座?」
アルバートさんが眉ひとつ動かさずにつぶやく。
え、やっぱり変だよね!? いや、変なのはわかってるんだけど!
「陽葵の家、厳しいからなー。冒険中もガチでキレると、あーしら正座させられてたし」
「……あったな」
アルバートさんの反応に、莉央が肩を抱えて爆笑してる。ちょ、笑いごとじゃないから!
「な、なぜだ……! なぜ我が人間ごときに正座など……!」
魔王――いや、エルリック様? 本人も顔真っ赤にしてめちゃくちゃ悔しそう。
でも、ちゃんと正座してるのが、なんか……可笑しくて。
私は彼の前に歩み寄って、同じように膝を折った。ええい、こうなったら私も正座だ!
「ヒマリ!」
勇者様――ノイシュの声が飛ぶ。危険だからやめろ、って顔。
でも私は首を横に振った。大丈夫。今ここにいるのは「魔王」だけじゃない。
まだ、エルリック様の心も残ってる。私はそう信じたい。
「エルリック様……」
私がそう呼んだ瞬間、魔王の瞳がぐらりと揺れた。赤黒い光の奥に、確かに――あの優しい眼差しが残っている。
「私は……あなたの想いを受け取ることはできません」
胸の奥が焼けるように痛い。それでも、はっきり言わなきゃいけない。
「でも、あなたを心から尊敬していました。愛しているって言ってくれて……とても嬉しかったです。本当に、ありがとうございました」
頭を下げると、広間の空気が一瞬だけ柔らかくなった気がした。
魔王の赤黒い瞳が、ほんのわずかに優しさを宿す。……やっぱり、いる。エルリック様が。
「……そうだな。僕が……間違っていた。欲しかったのは、その笑顔だったのに」
低く震える声。その瞬間、彼の身体を覆う闇が激しくざわめいた。
「おい……なにかおかしくないか!?」莉央が叫ぶ。
「瘴気の流れが……分かれる!」アルバートさんが盾を構える。
「お兄様……!」エリシア様が剣を握りしめ、息を呑んだ。
光と闇がせめぎ合うように弾け、エルリック様の身体が裂ける。
ひとつは弱々しく倒れ込む人の姿。もうひとつは、黒い渦そのものとなって、広間を覆っていった。
「ノイシュ……ヒマリのこと、妹のこと、世界のこと……頼んだ」
かすれる声でそう告げると、エルリック様は力尽きるように目を閉じた。
代わりに、影が形をとる。禍々しい声が広間に響いた。
「核を失っては……実体を保てぬか。ベルサリスよ……お前の身体、もらうぞ」
「ひ、ひぃ!? ま、魔王様、やめ――」
次の瞬間、黒い瘴気がベルサリスを飲み込み、その姿を塗り替えていく。
絶叫も、体も、すべて溶けて――現れたのは。
――討伐の旅で見た、あの完全体の魔王。
広間の空気が一瞬で重くなる。
息が苦しい。まるで世界そのものが圧し潰されているみたいだ。
「魔族では我を召喚できなかった。……だが人間の王子が核となったおかげで、こうして蘇った。感謝するぞ、愚かな王子よ。もっとも――もう用済みだがな」
瘴気をまとった魔王が広間を覆い尽くす。
あの時と同じ。……いや、違う。今回はエルリック様はいない。私たちだけで――本物の魔王と向き合わなきゃいけない。
「はぁ……やっぱこうなるよな。ま、ド派手にぶっ飛ばすけど?」
莉央が杖を構える。
「……倒す。今度こそ」
アルバートさんの盾が光を弾いた。
「……兄様の誇りにかけて、この魔王は斃します!」
エリシア様の瞳が決意に燃える。
「ヒマリ……絶対に離れるな」
勇者様が剣を掲げ、私の隣に立つ。
私は胸の前で手を合わせた。
――私も負けてられない。胸の奥がぎゅっと熱くなる。
◇◆◇◆◇
魔王の黒翼が大きく広がり、瘴気が広間を覆い尽くす。
空気が重い……でも、あの時と違う。
「……前より、動きが鈍い」
アルバートさんが低く呟いた。
「ふん、群れたところで結果は変わらぬ。さあ、来い。絶望を教えてやろう」
魔王の低い咆哮が響いた瞬間、爪が鋭く振り上げられ、空間そのものが裂けるような音を立てた。
「ちょっと待て……これ、前よりパワーダウンしてない?」
莉央が片眉を上げて笑った。
私は気づいていた。エルリック様が自分を犠牲にして、魔王の“器”を不完全なままにしたんだ。
それだけじゃない。……魔王の奥底で、彼の意志がまだ抗ってる。力を抑えてくれてる。
「なるほどね。エルリック王子の置き土産ってわけだ! 【爆裂火球】!」
莉央が杖を振りかざし、灼熱の炎を叩き込む。
轟音とともに広間の床がめくれ上がり、熱風が髪を乱す。
「押すぞ!」
勇者様――ノイシュが剣を閃かせ、突き込む。
火花を散らす刹那、魔王の爪と鋼がぶつかり合い、雷鳴のような音が轟いた。
「ここは通さない」
アルバートさんの盾が、魔王の反撃を受け止める。
「王女として……そして、ヒマリ様を愛する者として! この魔王は私が斃します!」
エリシア様の剣が黒翼を切り裂き、羽根の破片が黒煙とともに散る。
「ちっ……小癪な!」
魔王が呻き、背の翼を大きくはためかせた。
次の瞬間、黒い瘴気が一気に広がり、広間の床を這うように膨れ上がってくる。視界がどんどん曇って、肺にまで入り込むような重さに息が詰まった。
「……光よ、道をひらいて!【光の道】!」
私は必死に祈りを込める。
まばゆい光が爆ぜるように広がり、襲いかかる瘴気を押し返した。
霧が裂けていくみたいに視界が開け、仲間たちの攻撃が一斉に通る。
「どっかーん! サービス延長だよ!【りお特製・ボーナスどっかーん】!」
莉央の爆炎が炸裂。炎が爆ぜ、魔王の身体を包み込む。
熱で空気が歪み、瓦礫が溶けるほどの威力。
「今度こそ……倒す!」
ノイシュの聖剣が黒い身体を深々と貫く。神々しい光が迸り、瘴気を焼き尽くした。
「ぬぅ……未完成の器……! エルリックの残滓ごときが……!」
魔王の絶叫が広間を震わせる。
光と炎が交錯し、轟音とともに影が裂けていく。
霧散する瘴気は煙のように消えていき、重苦しい圧力がすうっと軽くなった。
「ありゃ……終わり、っぽい?」
莉央が肩を竦める。
「……ああ。今度こそ」
勇者様が剣を収め、深く息を吐いた。
私は胸に手を当てて、小さく呟いた。
――エルリック様、ありがとうございます。
ここまでお読みいただきまして、ありがとうございます。
明日も更新予定です。
「面白い」とか
「続きが読みたい」とか、もし思っていただけたなら。
ブックマークや画面下の「☆☆☆☆☆」から評価を頂けるとすごく嬉しいです。
お手数だと思うのですが。
すごく、すごく励みになるので、よろしくお願いします(*ᴗˬᴗ)⁾⁾ペコ




