43.第二王子、堕ちた祈りの中で魔王を呼ぶ
<第二王子 エルリック目線>
――敵襲。
「敵襲だーっ!!」
予想はしていた。だが、こんなにも早く王都を突かれるとは。早すぎる。
鐘の音がけたたましく王都全域に響き渡る。石畳を駆け抜ける人々の足音、叫び声が混じり合い、街は混乱と熱狂に包まれた。
窓辺から身を乗り出せば、疾風のように突き進む勇者一行の姿。
先頭で剣を閃かせる勇者。その背を守る大盾の戦士アルバート。大気を焦がし続ける大魔法使いリオ。そして、光の加護を纏いながら傷ついた民をも癒やして走る聖女ヒマリ。そして――鋭い剣を振るい、凛とした笑みを浮かべながら兵を薙ぎ払う、僕の妹エリシア。
……僕の妹が、勇者どもの隣で剣を振るっている。皮肉にも、その姿が群衆をさらに熱狂させていた。
「がんばれ勇者さまー!」
「聖女さま、こっち! 裏路地から抜けられます!」
「姫様ー! ご無事で!」
「リオ様ー! 火力もっとーっ!」
……笑える。いや、笑えない。
民衆は王国軍を応援するどころか、勇者たちに手を振り、兵士の進路を塞ぎ、石を投げて邪魔すらしている。熱狂だ。王都そのものが祭り会場と化している。
だからこそ父上は勇者を王家に取り込もうとしたのだ。あの「人気」を敵に回せば、国が瓦解する。……だが、もう遅い。
城門が閉じられる――はずだった。だが鈍い衝撃音と共に、扉は中途半端に止まった。見えぬ膜が、開閉そのものを拒むように。
「……聖女ヒマリか」
結界が王都の防衛機構すら無効にする。やはり、恐ろしい女だ。
直後、轟音。リオの爆炎が屋根を焼き、通りを抉り、炎柱が王都を貫く。
「あれが……王国一、いや世界最強の魔導師だろうな」
アルバートが兵を盾で弾き飛ばし、勇者がその隙に数十人を一閃する。
そしてエリシアは剣を振るい、敵兵の鎧の隙間を的確に打ち据える。命を奪うのではなく、武器を叩き落とし、戦意を削ぎ、次々と無力化していく。気高さと非情さが同居するその姿に、兵たちの心は折れていった。
「……なるほど。敵に回すとこれほど厄介か」
だが、ここからが僕の領域だ。
「勇者パーティーが現れたようですな」
背後から、甘やかな毒の声。
色欲の魔物――ベルサリス。かつて魔王軍四天王の一角を担った魔族。
「さあ、アナタの力を見せる時です」
「……ああ」
胸の刻印に力を注ぎ込む。
瞬間、兵士たちの瞳が虚ろに濁り、軋むように肉体が変貌する。
侍女も、役人も、街の民すら魅了され、勇者たちへ殺到した。
彼らは剣を振るいながらも、民を傷つけることはできない。足が鈍る。だが、それでも止まらない。王の間へ一直線に迫ってくる。
「懐かしいな……魔王城も、こうして蹂躙され、血と絶望に沈んだ」
「懐かしむ暇はない」僕は吐き捨てる。
「僕が魔王を召喚するまで、お前が時間を稼げ」
「ええ……愉しませてもらいましょう。哀れな人間どもの呻き、恐怖に濡れた眼差し……それらを嬲り尽くし、悦びに変えてやる。さあ、血の舞踏を始めるとしましょうか……」
ベルサリスは笑い、闇に溶けるように戦場へ消えた。勇者たちの前に立ちはだかり、魔王軍の四天王が再びその力を振るう――。
その間に、僕は礼拝堂へと歩を進める。
静謐な祈りの場は、呪詛に染まる祭壇へと変貌していた。
再び結界を起動する。前回は阻まれた。だが研究を重ねた。己の肉体を媒介にし、より深く――より濃く――。
「……ヒマリ」
一瞬、脳裏に浮かぶ。優しい笑顔。柔らかな声。
僕を信じて笑ったあの眼差し。
――もし、あの光を壊してしまったら? 二度と僕に微笑んでくれなかったら?
胸の奥で、かすかな迷いが疼く。だがすぐに、黒い囁きがそれを掻き消した。
違う。あれを奪い、堕とし、檻に閉じ込めるために――魔王の力が要るのだ。
「今度こそ……!」
結界が眩く輝き、空気が爆ぜる。
王都全体を呑み込む光。天を裂き、地を震わせ、塔が軋み、石畳が砕け、黒い稲妻が夜空を奔る。
悲鳴と怒号、祈りと絶望。その全てをかき消す轟音。
王都そのものが――魔王の胎内へと変貌していくかのようだった。
「目覚めろ……魔王!」
血を吐くように叫び、僕は狂気の笑みを浮かべた。
すべては――聖女ヒマリを、この手で堕とすために。
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