41.第二王子は、聖女を囚う夢を見る
<第二王子 エルリック目線>
謁見の間。分厚い扉が閉ざされる音が、石造りの空間に鈍く響いた瞬間、外界から切り離されたような静寂が広がった。
高い天井から吊るされた燭台の炎は、冷たい石の壁に影を揺らし、まるで亡霊が蠢くようだ。
足元に伸びる赤い絨毯には、王家の紋章が刻まれているが、僕には血の色にしか見えなかった。
「……逃げられたか」
玉座に腰かける父――国王の声が、鋭く突き刺さった。冷気を孕んだその声音は、氷刃で首筋を撫でられるようだった。
「早急に式を挙げよと進言したのはお前だ。勇者も聖女も抑えられぬとは……王家の恥ぞ」
睨み据える視線。責め立てる響き。
だが僕は、笑った。唇を吊り上げる。笑うしかない。焦りなど見せれば、父に食い荒らされる。
「慌てることはありませんよ、父上」
「何……?」
肩を竦めて、わざと軽い調子で返す。
「勇者も聖女も、どうせ戻ってきます。すでに指名手配しましたし、逃げ場はない。……それに」
喉の奥から笑いが泡立つ。
「どうやら、魔法陣の存在に気づいたようです」
父の瞳が細められる。
僕は嗤った。低く、押し殺した笑いが自分の胸を震わせる。
「気づけば気づくほど、絡め取られる。抗おうとすればするほど、網は締まる。勇者は必ず聖女を連れて戻ってくるのです。自ら罠に飛び込む愚か者のように」
熱い。胸が焼けるように熱い。
――あの女。聖女ヒマリ。あの光を、あの笑顔を、あの声を。
堕とせ。
奪え。
穢せ。
頭の奥で囁きが反響する。黒く濁った声。
僕の血を沸き立たせ、肉を爪で掻き破るように疼かせる。
「……まあよい」
父の声が重く落ちた。
「勇者に対抗できる力を得られるのなら、遠慮は不要だ。希望通り、一度聖女を元の世界へ返したのも、勇者と引き離すためであったな」
「ええ」
僕は頷く。
「あの二人を並べておけば、互いに惹かれ、強く結びついてしまう。だから一度断ち切った。時間を空け、十分に準備が整えば呼び戻すつもりだった。……だが、勇者は己の力で彼女を奪い返した。忌々しい……!」
拳を握ると、爪が掌に食い込む。血の匂いが鼻を擽り、妙に心地よい。
父の目がぎらりと光る。
「聖女と勇者、その血を王家に取り込めば、我が国は他国を凌駕する。必ずや我らのものとせねばならぬ。国の未来がかかっておるのだ」
――国の未来?
くだらない。
胸の奥で黒いざわめきが膨れ上がる。
国? 民? 知ったことか。
欲しいのは、聖女。
僕だけのものに。腕に閉じ込め、逃げられぬ檻で縛りつける。光をねじ伏せ、絶望で上塗りし、僕の色に染め上げる。
『奪え……お前のものにしろ……』
甘く腐った囁きが頭蓋の奥に響き渡る。骨を震わせ、心臓を掴み潰す。
「国の発展のために尽くせ。聖女も、魔王の力さえも、この手に掴むのだ」
父の声が再び鋭く突き刺さる。
「……次こそ逃すな」
「承知しております、父上」
深く頭を垂れる。だが胸に宿るのは忠誠ではない。
笑いがこみ上げる。喉を痙攣させ、口角を裂くほどに。
「……だが、魔王の力。お前に御せるの……だろうな?」
玉座の上から放たれた問いは、氷刃よりも鋭い。
僕は、ふっと口角を吊り上げた。
「もちろんですとも。むしろ――あの力こそが、我らに未来をもたらすのです」
僕は答える。声は従順に、瞳は冷徹に。
だが内側では――叫びが轟いていた。
国? 発展? 笑わせるな。
僕の欲しいものはひとつ。
聖女ヒマリ。
その光をこの手で砕き、僕の闇で覆う。二度と逃がさぬように。
『堕とせ……堕とせ……堕とせ……』
狂気の囁きは、甘美な旋律。
僕は嗤った。誰にも聞こえぬよう、深く、長く。
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