39.鈍感聖女は、花婿と花嫁を同時にさらう
馬車に飛び乗った瞬間、車体がぎしっと大きく揺れる。
御者台に座るアルバートさんが手綱を握りしめ、短く息を吐いた。
「準備はいいか」
アルバートさんが手綱を握りしめる。その横顔は石像みたいに固い。
「よし、あーしの炎もスタンバイOK! 大爆発でド派手にいくよ!」
「派手すぎて燃えカスにならない程度にね……!」
「だいじょぶだいじょぶ! 見かけ倒しの演出魔法だから!」
私は胸に手を当てて、深く息を吸った。
――幻影と煙幕、そしてアルバートさんの馬車。作戦はシンプル、でも一か八か。
「……行こう。勇者様を、必ず連れ出す」
「おっけー! 陽葵、気合入ってるじゃん!」
馬車が一気に走り出した。
石畳をけり飛ばす馬の蹄が、礼拝堂へと真っすぐ突き進む。
次の瞬間、馬車は一気に駆け出した。
石畳を蹴る蹄の音、悲鳴を上げて飛び退く市民たち。視界がものすごい勢いで流れていく。
「きゃあっ!?」「何だあれは!」
突如現れた暴走馬車に、礼拝堂前にいた人々が悲鳴を上げて飛び退いた。
華やかな音楽が一瞬にして悲鳴と怒号にかき消される。
「衛兵きたー! まかせろ!」
莉央が窓から身を乗り出し、炎の奔流をぶちまける。
――けど、それは本物の火じゃない。熱もない、眩しいだけの光の魔法。
衛兵たちは驚きで吹き飛ばされ、慌てて武器を構える。
「わー! ごめんなさーい! 危ないですから下がってくださいねー!」
慌てて窓から顔を出し、周囲に回復魔法をかけながら叫ぶ。
……いや、暴走してるの私たちなんですけど!? でも怪我人出したくないし!
「陽葵マジ草! 馬車の上から謝罪とヒールとか、だれ得サービスよそれ!」
「だって怪我させたくないもん!」
莉央が爆笑している横で、アルバートさんは渋い声を落とした。
「笑ってる場合じゃない。来るぞ」
その言葉と同時に、城の衛兵たちが道を塞いだ。槍を構え、こちらに向かって叫んでいる。
「勇者様をお守りしろ! 止めろ――!」
「はいはいはい、通しまーす!」
莉央が杖を振り下ろすと、爆炎が地面を走り、煙幕のように視界を覆った。
衛兵たちが咳き込み、混乱する。
「今だ、ヒマリ!」
「了解!」
私は両手を広げ、幻影魔法を展開。
空気を歪ませ、馬車が何台も走っているように見せかける。
「うわっ、分身!? どれが本物だ!?」
「ま、まやかしか!?」
衛兵たちは混乱して散り散りになった。
「ははっ! やっぱ最強コンボじゃん、あーしたち!」
「……なるほど。お前たちの連携は確かに脅威だ」
アルバートさんが目を細めながら、手綱をぐっと引いた。
馬車は速度をさらに増し、一直線に礼拝堂の入口へ突っ込んでいく。
「見えた……!」
「――いけぇぇぇ!」
次の瞬間、私が唱えた【重量ゼロ化】が馬車全体を包み込む。
ごごごっ、と音を立てて、馬車が重力を振り切るように加速した。
「うおおお!? マジで飛んでる!?」
「今だ、突破する!」
ドォンッ!
礼拝堂の扉をけやぶり、轟音とともに突入する。
会場は一瞬にして大混乱に陥った。
「ひぃぃっ!」
「何事だ!?」
花々で飾られた舞台の上。
そこにいたのは、真っ白な礼服を着た勇者様と、純白のドレスを纏うエリシア様。
「勇者様! エリシア様! 私と一緒に来て!」
差し伸べた私の手を――二人が同時に掴んだ。
「え、えぇ!? ちょ、二人同時は――」
「ヒマリ……!」
「ヒマリさまぁぁぁ!」
勇者様は赤面して必死の形相、エリシア様は涙目で感激。
……って、え、なんか三人手をつないでるんですけど!? これどういう状況!?
「これでようやく……わたくしとヒマリさま、二人で一緒にいられますわね!」
エリシア様が胸に手を当てて、うっとりと宣言した。
……いや、今三人でつないでますけど!? 二人じゃなくて三人になってますけど!?
「はぁ!? 俺はおまけ扱いかよ!」
「勇者様? あなたは……まあ“オプション”ですわね!」
「オプションて言ったーーー!?」
勇者様がガーンと衝撃を受ける横で、リオはお腹を抱えて爆笑していた。
「ぷっ……! 三角関係修羅場すぎ! これドラマ化できるって!」
「……笑ってる場合じゃない。早く行くぞ」
アルバートさんが低く促す。
私は必死で二人を引っ張り、仲間たちと一緒に馬車へ飛び乗った。
「よし、逃げるよ!」
「うおおおお!」
「ヒマリさま、わたくしだけを見ていてくださいませ!」
「な、なんで俺が空気なんだぁぁぁ!!」
絶叫と歓声と、ぐちゃぐちゃな感情を抱えながら――馬車は再び暴走を始めた。
――大騒動の幕開けは、まだ始まったばかりだった。
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