38.鈍感聖女は、結婚式を止める作戦を立てる
禁書庫に浮かんだ「魔王召喚」の文字が頭から離れない。
私と莉央は足早にそこを抜け出し、城の隅っこにある人気のない応接室にこもった。
机の上にはさっきの号外と魔法陣の写し。見ているだけで胸が重くなる。
けれど、莉央はなぜか妙に楽しそうに机を指でとんとん叩いていた。
そこへ、呼ばれてきたアルバートさんが静かに扉を閉め、無言のまま椅子に腰を下ろす。
「アルっち、実はさ……禁書庫でやばいもん見つけちゃって」
「魔王召喚の儀式です。勇者様とエリシア様の結婚式に合わせて発動されるかもしれません」
説明を受けたアルバートさんの眉がぴくりと動いた。
「……で、どう止める」
莉央がにかっと笑う。あまりにあっけらかんとした声に、重かった空気が一瞬だけゆるむ。
「答えは簡単! 式そのものをぶっ壊せばいいんだよ!」
「ちょ、ちょっと莉央……!」
「お茶会の計画立てるみたいに盛り上がろ~! はい陽葵、アイディアどうぞ!」
「……お茶会みたいに軽く言わないで……」
苦笑しながらも、思わず口をついて出た。
「……勇者様を、さらうとか?」
「おおっ、それだ!」
莉央が椅子をガタンと鳴らして前のめりになる。
「花婿さらっちゃえば式は成立しないじゃん! シンプルで最高!」
二人の声が重なった瞬間――。
「……犯罪だろ」
アルバートさんの低い声が、部屋を静かに震わせた。
その真顔っぷりに、私と莉央は同時に口をつぐむ。
「うっ……」
「い、いやでもさ! 式が混乱したら、魔法陣なんて維持できないでしょ!」
「そーそー! あーしら正義の犯罪者! ヒーロー系のアウトローってやつ!」
「……言い方の問題じゃない」
静かに突っ込むアルバートさん。ほんの一言なのに、妙に説得力があった。
私は居たたまれなくて、背筋を正す。
「それにしてもさ~、禁書庫の本。気になるんだよね」
莉央が小声で机をとんとん叩いた。
「奥に一冊だけ置かれてるとか、“さぁ見てください”って看板つきレベルじゃん」
「……罠の可能性はある」
アルバートさんの短い言葉に、場の空気が一段階重くなる。私の胸もざわりと揺れた。
「……じゃあ、陽葵はやめる?」
「……やめられない。放っておいたら、勇者様もエリシア様も……」
「だよねぇ。罠でも突っ込むしかないってわけ!」
莉央が笑って肩をすくめる。怖さを隠してるのがわかるから、私も小さく笑みを返した。
「……危険だ」
アルバートさんは短く言い切る。だがすぐに続けた。
「だが、お前たちが行くなら俺も行く」
「アルバートさん……」
「当然だ」
その声に心がじんと熱くなった。
「で、実際逃げる手段はどうすんの?」
莉央があごに手を当てて首をかしげる。
「勇者サマ担いで走るとか無理だよね? あたしたち、五十メートルで息切れコースだし」
「うぅ……現実的じゃないね」
私がしょんぼりすると、アルバートさんが口を開いた。
「……俺の馬車を使う。俺が育てた馬は、王都一速い」
その真剣な目に、一瞬希望が差した……けれど。
「でも……エルリック様の移動魔法は馬より速い。馬車じゃ追いつかれる」
私の声は自然と細くなった。莉央も苦笑いして肩をすくめる。
「うん、王子のチート移動魔法に勝てる気しないわ」
あの気配を思い出すだけで、胸がきゅっと縮む。
「そこで登場! あーしの爆炎魔法!」
莉央が自慢げに胸を張る。
「どばーっと派手に煙だけ広げて、視界ごと潰す! で、陽葵が幻影かければ、ほら、どれが本物かわからんくなるっしょ!」
「……できる。幻影で影を何重にも作れば、時間を稼げるよね」
思わず口から出た作戦。旅のころ、何度も莉央と繰り返したコンビネーション。
「そうそう! 魔王城突入のときの“煙と幻の分身トリック”! いや~懐かしい!」
アルバートさんが腕を組み直し、じっとこちらを見た。
「お前たちは……相性がいい。本当に、いいコンビだ」
その言葉に胸の奥がじんと熱くなる。旅のときから隣で支え合ってきた――それを今も認めてもらえた気がして。
「それに……ヒマリ。お前の“重量ゼロ化”。一瞬だけでも馬車の重さを消せるなら、加速は数倍になる」
「えっ……!」
思わず息をのむ。
「でも、それって――」
「できるはずだ。旅の時も使っていただろう。短時間でいい。あれが決め手になる」
低い声に、私は強くうなずいた。
「……やってみます。絶対に」
「よし」
アルバートさんが立ち上がる。
「俺が操る馬車に、お前たちの魔法を重ねる。それで――ギリギリでも、逃げ切れる」
「決まりだね!」
莉央がぱんっと手を叩く。
「煙幕、幻影、重量ゼロ化、そしてアルっちの操縦! はい最強チーム爆誕~!」
私は胸に手を当て、深く息を吸った。
――勇者様とエリシア様を守るために。
――この仲間となら、絶対にやり遂げられる。
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