36.鈍感聖女は、微笑む第二王子の正体を疑う
銀髪が陽光を弾いてきらめいた瞬間、心臓がびくんと跳ねた。
エルリック様――まさか、こんなタイミングで現れるなんて。
「やぁ、聖女ヒマリ嬢に大魔法使いリオ嬢。お二人が並んで礼拝堂を眺めているなんて……なんと絵になる光景でしょう」
にこりと微笑み、片手を胸に当てる仕草は完璧に舞台俳優。
莉央が私の肩を抱き寄せたまま、半眼でぼそっとつぶやいた。
「ほらきた、王子様モードスイッチオン」
「しっ、聞こえるって!」
小声で慌てる私をよそに、エルリック様は微笑みを崩さない。
「礼拝堂は王家にとって大切な場所。……ですが、あの空間は、あなたが立つことでさらに輝いて見えますよ、ヒマリ」
「え、なにそれ。もうプロポーズじゃん」
莉央の茶化しが妙に大きく響く。私は否定もできず、ただ固まるしかなかった。
言葉は甘やかに響くのに、背筋に走ったのはぞくりとした冷たさ。
――魔族の気配。
笑顔を貼りつけた殿下から、それが確かに漂っていた。
「おー、ちょうどいいじゃん!」
莉央がぱっと顔を輝かせる。
「エルリックさまがいるなら、中に入れてもらっちゃお。王族と関係者しか入れないんでしょ? チャンスだよ!」
「えっ……!」
思わず莉央の手を掴んだ。
「よ、用事があるから! また今度にしよ!」
「なんでよ~? 陽葵、エルリックさまと一緒ならまんざらでもないんでしょ?」
「ち、違っ……!」
必死に否定するけれど、声が震えていた。
莉央は完全に「照れてる」と誤解しているらしく、にやにやと肩を揺さぶってくる。
「いやー、あのキザ王子に口説かれて動揺とか、陽葵も案外かわいいじゃん」
本当は――怖い。
でも、ここで口に出すことはできない。
殿下は余裕の笑みを浮かべたまま、優雅に礼をして踵を返した。
「祝宴はまだ続いています。……せっかくですから、ゆっくり楽しまれてください」
その背が石畳の向こうに消えるまで、私は強張ったまま立ち尽くしていた。
◇◆◇◆◇
礼拝堂から離れた石畳の道を、私と莉央は並んで歩いていた。
足取りは速いのに、胸のざわめきは消えない。
「……で? なんでさっき止めたの?」
莉央が不満げに腕を組む。
「王子がいるならチャンスだったじゃん。普通なら絶対入れないんだよ? 陽葵が断る意味ある?」
「……っ」
答えに詰まる。喉がぎゅっと詰まって、声が出てこない。
莉央はさらに追撃するように、にやにやと覗き込んできた。
「もしかしてさぁ……まんざらでもなかった? エルリックさまに言い寄られてドキドキしてた、とか」
「ち、違う!」
思わず強い声が出た。
でもそれ以上、うまく言葉にできなかった。
それでも――思い出すだけで背筋に冷たいものが走る。
「……魔族の気配なんてものじゃなかった」
「え?」
「エルリック様から感じたのは……魔族そのものだった」
言葉にした瞬間、胸の奥まで震えた。
莉央は目を見開き、そして大げさに両手を振った。
「はぁ!? やめてよホラー展開! だってエルリックさまだよ? 一年間一緒に旅して、魔王まで倒した仲間なんだよ!? そんなのあるわけ――」
「それでも、私は感じたの」
はっきりと告げると、莉央は言葉を失い、ため息まじりに頭をかいた。
「……マジで言ってんの?」
「うん」
真剣にうなずくと、莉央はしばらく黙り込んだ。
街の喧騒が遠ざかって、二人の足音だけが響く。
「……あーし、仲間が魔族でした~なんて、そんなの信じたくないけど……」
そう言いながらも、莉央はゆっくりと私の横顔を見た。
私だって混乱してる。信じたくない。けれど――エルリック様の姿をした“あれ”は、なんだったの?
「でも……陽葵がそんな真剣な顔して言うなら、信じるしかないか」
いつもの軽口じゃなく、落ち着いた声。
その言葉に胸がじんわり温かくなる。
「ありがとう、莉央」
「ま、親友だからね。信じなきゃウソっしょ」
莉央は小さく笑ってみせたが、その目の奥にはまだ不安が揺れていた。
◇◆◇◆◇
王立図書館。
分厚い本を山のように積み上げ、次々とめくっていく。
けれど、どこにも同じ魔法陣は載っていなかった。
「おっかしいなぁ。魔法陣って規則性あるんでしょ? 似たの絶対あるはずなのに」
「……何かを召喚するはず。でも、何を……?」
頭を抱えていたとき、不意に視線が奥の本棚へ吸い寄せられた。
まるで呼ばれているみたいに。
「陽葵?」
「ちょっと……気になる」
足を運んだ先は“禁書庫”だった。
本来なら分厚い扉に鍵がかかっているはずなのに、なぜか開いている。
「ここ……入っていいの?」
「わっ、マジで『禁書』って書いてあるじゃん。ホラー展開すぎ」
莉央が小声で突っ込みながらもついてくる。
禁書庫の中は薄暗く、古びた紙の匂いが立ちこめていた。分厚い革表紙や、黄ばんだ羊皮紙の束が棚にずらりと並んでいて、背筋が自然と伸びる。
奥の棚には、一冊だけぽつんと置かれた古書があった。
表紙をめくってみると――ただの料理本にしか見えない。
「なんだ、ただのレシピ本じゃん。これ、禁書にする意味ある?」
莉央が拍子抜けした声を出す。私も同じ気持ちだった。けれど、何かがおかしい。
薄暗い禁書庫の中、ページをのぞき込むと、影が落ちて文字が見づらい。
そんなとき、莉央がぽんと手を打った。
「ねぇ陽葵、ちょっと光らせてみなよ。暗いし、ほらアニメでよくあるやつ!」
「アニメで……って、そんな軽く言わないでよ!」
小声で抗議しながらも、仕方なく小さな光魔法を指先に灯す。
その光がページに触れた瞬間――インクがじわりと吸い込むように輝き、別の文字と図形が浮かび上がった。
「……っ!?」
「うわ、マジで出た! やっぱアニメ展開じゃん!」
莉央が興奮して声をあげる横で、私はページに目を奪われる。
浮かび上がったのは――地図で繋げた線と、完全に同じ形をした魔法陣だった。
「これ……魔法陣」
見た瞬間、息が止まった。
地図で繋げた線と、完全に同じ形をしていた。
「うそでしょ……」
次の瞬間、ページの上で赤黒い光が脈動する。
――魔王召喚の儀式。
その言葉が、鋭い刃のように私の心に突き刺さった。
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