35.鈍感聖女は、街の謎の中心にたどり着く
鐘楼の見晴らし台から降りた私と莉央は、石の回廊を急ぎ足で進んでいた。
胸の奥はまだざわざわしている。街全体が描いていた“巨大な魔法陣”の景色が、まぶたの裏にこびりついて離れない。
「陽葵、顔こわばってる~。でも、まぁ無理もないか。あれはガチでヤバかったもんね」
「……うん。でも、まずは確かめなきゃ」
自分に言い聞かせるように答えた、そのとき。
前方の柱影から、ふわりと白いドレスが揺れるのが見えた。人垣に囲まれた、その中心――。
エリシア様。
光を帯びた黒髪が揺れて、婚約を発表されたばかりとは思えないほど張り詰めた表情で、こちらに急ぎ足で近づいてくる。
「……おめでとうございます、エリシア様」
口から出たのは、それだけ。
本当はもっと伝えたい想いがあったのに、声は勝手に震えていた。
「ヒマリ様、違うのです! どうか聞いてください! あの婚約は、わたくしの望みではありません。誤解です!」
必死に訴える瞳は、涙で揺れていた。
――けれど次の瞬間、周囲の侍女たちが慌てて立ちふさがる。
「姫様、こちらへ!」
「お時間が迫っております!」
細い手が、私の指から無理やり引き離される。
胸がきゅっと痛んで、思わず呼びかけそうになった、そのとき。
「……陽葵、こっち!」
莉央が私の肩をぐっと抱き寄せる。まるで壁になるみたいに前に出て、侍女たちの視線から私を隠すように。
そのまま軽い調子を装いながら、耳元で小さく囁いた。
「今は立ち止まってもしゃーないって。進も、ね?」
――温度のある声だった。胸の奥が熱くなって、私は頷くしかなかった。
背後では、まだエリシア様の声がかすかに届いていたけれど……もう祝賀の喧噪に飲み込まれていった。
◇◆◇◆◇
「陽葵、ここスケッチしとこ。角度、昨日と違ってたよね」
「うん……えっと、こう?」
羊皮紙に鉛筆を走らせる。莉央はポニーテールを揺らしながら、余白に記号や矢印を描き加えていく。
「オッケ~。この広場は丸で囲って、さっき見た赤い工事印はここ。あ、道標石は角度メモっとこ」
「了解。……よし」
並んで線をつないでいくと、なんだか自由研究みたいで少し懐かしい。……けど、今回は笑い話で終わらない。
描き足した線の輪郭が、地図の上でじわじわと魔法陣のかたちに近づいていく。
「やっぱ、ただの復興工事じゃないね」
「見れば見るほど意図的。置く石、曲げる角、ぜーんぶ意味持たせてる感じ~」
莉央の声も、いつもより少し真剣だ。
私は紙を広げ直し、これまでの違和感をひとつひとつ重ねていく。詰所の巡回路が描いた渦、道標石の微妙な角度、路地に残っていた黒い細線、工事区画の赤い印が描くなめらかな弧、昨日と違っていた曲がり角――。
「陽葵、そこ。線重ねてみ」
「ここ……?」
鉛筆の先が触れた瞬間、線と線がぴたりと交わった。
地図のど真ん中。高い塀に囲まれた荘厳な一角。
「……王家の礼拝堂」
私は小さくつぶやいた。
王族が婚礼や特別な儀式を行うための場所。普段は閉ざされ、人の前に姿を見せることはない。
けれど、街の魔法陣の中心にあるなんて……偶然で済ませられるはずがなかった。
「うん。婚礼用の施設を核にするとか……いやらしいっつーか、わざとらしいね」
莉央の声が真剣さを帯びる。
私は羊皮紙を握りしめ、胸のざわめきを必死に押し込めた。
「婚約、結婚、儀式……全部、つながってる?」
礼拝堂を見上げたとき、再び鐘の音が重なった。
本来なら祝福の音なのに、どうしてだろう――胸の奥で重くのしかかってくる。
「やぁ、聖女ヒマリ嬢に大魔法使いリオ嬢」
背後から、よく通る柔らかな声。
振り返った瞬間、陽光を受けて銀髪がきらめいた。
エルリック殿下。
白手袋に包まれた指先で礼拝堂を示し、優雅に微笑む。
「王家の礼拝堂に目を向けるとは……お二人とも、なかなか見る目がありますね。ここは特別な日にしか扉が開かれませんから」
言葉は柔らか。けれど、その声音の奥には探るような響きが潜んでいた。
莉央がすぐさま私の肩を抱き寄せ、一歩前に出る。
私は返す言葉を見つけられないまま、胸のざわめきがさらに強くなっていくのを感じていた。
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