34.鈍感聖女は、涙のあとで真実を見つける
翌朝。
お城の鐘が三回鳴って、城下町がどよめいた。
広場に置かれた魔導拡声石からは「勇者ノイシュ様と第一王女エリシア様、正式に婚約を発表されました――!」って、ずっと響いてる。
紙吹雪が舞って、子どもたちが号外を振り回しながら走っていく。天幕には白薔薇の紋章。
そう、願いは叶ったんだ。
勇者様とエリシア様が並んで婚約。私がここに呼び戻された意味も、ちゃんと果たせた。
――はず、なのに。胸の真ん中がスカスカで、昨夜からずっと冷たい風が抜けてるみたい。
勇者様は結局、部屋に戻らなかった。婚約の準備で忙しかったんだろう。……そう思う方が自然。そう言い聞かせてる。
「はぁ~~……」
ベッドの上で枕を抱きしめてごろごろ。転がったって状況が変わるわけじゃないのに、体が勝手に転がっちゃう。
とん、と小さな音。
ドアがちょっとだけ開いて、ピンクのポニーテールがひょこっと入ってきた。
「ちょっとちょっと~! 陽葵、朝からその顔はナシでしょ? せっかくの可愛い顔が泣き腫らしとか、マジもったいなーい!」
「……可愛いは余計だから」
「余計じゃなーい。むしろ事実~。でもさ、失恋少女モード全開ってバレバレだし?」
ずかずか入ってきた莉央に、ぐいっと腕を引っ張られる。
洗面台で顔を洗うと、鏡の中の私の目はちょっと赤くて……思わずうつむいた。
「ね、勇者がエリシア様を選んだ――それ、陽葵も頭ではわかってるでしょ?」
「……」
「でもさ、顔が全然納得してないんだよね。図星っしょ?」
「……莉央って、ほんと意地悪」
「親友の特権~。それに、泣きたいときは泣けばいいんだって。昨日も言ったけど“泣いていい券”は今日も有効!」
「ふふっ……もう」
つい笑っちゃった。笑っただけなのに、胸がちょっと軽くなる。
「ありがと。ねえ、莉央」
「ん?」
「私、この世界での役目……ちゃんとやり切れたのかな」
「やり切ったに決まってんじゃん! 陽葵が“橋”になったから、二人はこうして婚約まで来たんだよ。マジで超クリア!」
胸がじんわりあったかくなる。
莉央はぱん、と手を叩いてにやっと笑った。
「でさ、異世界ライフもお腹いっぱいだし~。あーしも一緒に帰っちゃおっかな!」
「えっ……! でも、アルバートさんは?」
「アルっちは仲間枠。それ以上でも以下でもナシ! で、今の最優先は陽葵だから~安心しなって」
「莉央……」
「なぁに?」
「ほんとに、ありがとう」
胸の奥が熱くなる。
莉央は鼻をかきながら、ちょっと照れくさそうに笑った。
「帰ったらまずカフェ巡り再開! 限定いちごパフェと、あとプリクラね! “勇者沼卒業記念”ってでっかく書いてさ」
「ちょ、やめて! それ刺さるから!」
「じゃ“また恋します宣言”で可愛く盛ろっか~」
「……それなら、少しアリかも」
二人でふふっと笑った。笑いながら、私は心の中で決める。
この世界での役目は終わった。だから――ちゃんと区切りをつけるんだ。
「ねえ莉央。帰る前に……最後に街を見に行かない?」
「賛成! しめは映えスポットで絶景ショットだね~」
「映えはいいから……ちゃんと、目に焼き付けたいの」
◇◆◇◆◇
身支度を整えて廊下に出ると、待っていたセリーナが元気いっぱいの声で笑った。
「ヒマリ様、朝のお散歩ですかっ? はいっ、蜂蜜サンドと温かいお茶どうぞ!」
「ありがとう、セリーナ」
「えへへ、任せてください! ――あ、広場の号外も持ってきますね~!」
ぱたぱた戻ってきたセリーナの手には大きな新聞。
――勇者と姫、正式婚約。
何度見ても、現実なんだって胸に突き刺さる。
螺旋階段を登り、空中庭園を抜けて、鐘楼の見晴らし台へ。
朝の風が頬を撫で、莉央のポニーテールがきらきら揺れた。
「わぁ……きれい」
城下の街並みが一望できた。新しく敷き直された石畳が朝日に白く光っている。
私は思い出す。
――詰所の掲示板で渦に見えた見回り経路。
――角度を変えて据え直された道標石。
――路地に残った黒い線。
――工事区画の赤い印の弧。
――昨日と違った曲がり角。
それらを街に沿って視線でなぞると、線がつながって――。
「……莉央」
「ん?」
「これ、円になってる」
白い通りが大きな輪郭を描き、広場や橋が星みたいに配置されている。
朝の光に浮かぶのは――街そのものが描く図形。
「……魔法陣?」
「うん。そうとしか、見えない」
口にした瞬間、背筋に冷たいものが走った。
復興工事は街を直すためじゃなく、何かを“描く”ため……?
莉央が私の手をぎゅっと握った。
いつもみたいに茶化さず、まっすぐな目で。
「陽葵。帰るのは、ちょい保留だね」
「……うん。私も、今はそう思う」
街のどこかで槌の音がカン、と響く。
それがまるで、この巨大な図形全体に反響していくようで。
「確かめよう。これが何なのか。どうして描かれてるのか。……私たちで」
泣いてばかりの私じゃない。
“橋”はもう終わった。次は――“解く”側に。
朝の風が吹き抜け、白い花飾りがかすかに揺れた。
隣で莉央がにっと笑う。
「オッケー相棒! じゃ、今日の寄り道は街のナゾ解きツアーだねっ」
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