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聖女ヒマリは告白の意味がわからない -鈍感聖女とツンデレ勇者の恋愛事情-  作者: 柚子猫


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34/51

33.鈍感聖女は、初恋の終わりに気づく

 エルリック様に返事をした次の朝、私はベッドの上で丸まって、枕をぎゅうっと抱きしめていた。


 夕暮れの屋上で並んで見た空の色、雨宿りの軒先で私の肩にそっとマントを重ねてくれた温度、ぎこちない手つきで結んでくれた包帯の白――。

 ひとつひとつが胸の奥の柔らかいところに触れて、ゆっくり沈んでいくみたいに痛い。

 返事をすると決めたのは私なのに……心だけ置き場所をなくしてしまったみたいだった。


「うぅ~~……」


 ごろごろ、ごろごろ。

 転がっても何も変わらないのはわかってるのに、転がらずにはいられない。


 こん、こん――控えめなノックが、枕の中の世界をたたいた。


「ヒマリ。今、いいか」


 勇者様の声。扉越しでもわかる、少し掠れた低さ。


「は、はい」


 寝間着のままだし、顔も整っていないし。だから扉は開けられない。

 厚い木戸の向こうから慌てた声が届いた。


「今から出かけてくる。――必ず戻る。だから信じて待っててくれ」

「えっ、急ですね……どこへ?」

「今は言えない。戻ったら、ちゃんと話す。……約束する」


 足音が廊下へ遠ざかる。

 静けさだけが残って、私は布団の端をぎゅっと握りしめた。


 ――“ちゃんと話す”って、何を。

 不安と期待が細い糸みたいに絡まって、胸がざわざわする。


陽葵ひまり、いるー?」


 軽いノックと一緒に莉央りおの声。

 私は慌てて顔をこすって、目元をタオルで押さえ、扉を少しだけ開けた。


「散歩いこ。空バチバチに綺麗。朝の風、吸いに行こ〜」


◇◆◇◆◇


 お城の空中庭園は朝の光で柔らかく、噴水のきらめきが目を冷ましてくれる。遠くの街並みが薄金色に縁取られて、花の匂いがさやさや揺れた。

 莉央は私の正面に回り込み、少しかがんで顔をのぞき込む。


「……んー、眉きゅってなってる。目、ちょい腫れ」

「……エルリック様に、返事をした」

「ふーん」


 短い相づち。でも、続きを待ってくれる目が優しい。


「ふーん……で、なんでその顔?」

「だって……その……」


 言葉がつっかえる。


「てか陽葵、元の世界でも告白返すのとか割とやってたじゃん?」

「……あれとは、違うの」

「っていうと?」

「相手は違うクラスの人だったり、ほとんど話したことない先輩だったり」


 思い出すのは、放課後の教室、昇降口、下駄箱の影、校舎裏――どれも、ふわっと掴めないまま流れていった淡い場面ばかり。


「同じクラスの子もいたっしょ?」

「いたけど……いたけど。それとはね、ちょっと違うというか」

「じゃあ何が“今回だけ”違うわけ?」


 胸の真ん中を、風がひと筋なでていく。

 “違い”は、積み重ねた時間の重さだ。戦って、笑って、泣いた、同じ焚き火の温度。


「エルリック様は、一緒に旅してくれたんだよ。すごく親切で、いつも優しくて……。私なんかが断って、本当に良かったのかなって」

「それさ、“申し訳ない”を恋の天秤に乗せてるだけなんよ」


 莉央は肩をすくめ、指先で私のおでこをコツンとつついた。


「陽葵が“恋する気持ち”を知っちゃったから、だよ。だから相手の気持ちまで抱えちゃう。優しいのはガチ褒めだけど、恋の主役は自分でいいの。ここ大事ね?」


 胸の奥に、ぽん、と小さな音が落ちる。

 ――莉央の言うとおり、かもしれない。


「よし、じゃ勇者サマに告っちゃお。ガチで」

「でも、そんな……」

「世の常は早い者勝ち。もたもたしてると取られるやつ〜。半分冗談、半分本気ね」

「勇者様に、告白……?」


 私が小さく繰り返した、その言葉に重なるみたいに、足音が近づいた。


「お二人とも、朝の空気は気持ちいいですね」


 少し離れて控えていたセリーナが、ことんと籠を置いて一歩進み出る。

 ふわりと香るお茶の湯気が、朝の光に溶けた。


「温かいお茶、どうぞ。……ところで、“勇者様”といえば――ご存じですか? エリシア様とご婚約が決まりましたよ」

「え?」

「はい?」


 私と莉央の声が重なった。

 セリーナは首をかしげ、無邪気な笑みのまま続ける。


「今朝、城内で発表がありましたけど……ご存じないんですか?」

「ちょ、ちょっと待って。それ初耳なんだけど」


 喉の奥で何かがきゅっと縮む。

 ――さっきの「戻ったら、ちゃんと話す」って、もしかしてこのこと……?


「そうなると、勇者様とヒマリ様の“仮結婚”も、これにてお役目終了ですねぇ」


 足元の石が、少し沈んだ気がした。

 支えにしていた板が、音もなく外れていくみたいに。


「勇者様はヒマリ様と仮のご夫婦だったのに、結局エリシア様を選ばれたんですねぇ。誠実じゃないというか……」

「おまえさ、ちょっと黙れ」


 莉央の声が低く鋭くなる。


「絶対誤解だって。勇者、陽葵のこと本気だったの、あーしには見えてたし!」

「ううん、ちがうの」


 やっと声が出た。

 自分でも驚くくらい、まっすぐに。


「勇者様は最初から、エリシア様のことを――」


 そこまで言って、胸の中の糸がぷつんと切れた。

 ――私の願い通り。勇者様とエリシア様、お似合い。ずっと、そう信じて、そう願ってきたのに。


 なのに、どうして――涙が出るの。


陽葵ひまり、泣いていいよ……ここ、あーしの肩あるから」


 莉央の手が、そっと背中に触れた。

 ぽたり、と一滴。止まらなくなる。


 ああ、終わっちゃったんだ。私の初恋。

 初恋だって気づくの、遅すぎた。気づいたときには、もう伝える場所がどこにもなかった。


 旅のあいだ、私は自分の胸に静かに蓋をしていた。

 “勇者様はエリシア様が好き”――そう思い込むことで、見えないふりをして、応援して。


 最初から言えてたら。……ううん、せめて告白だけでも。

 でもそれは勇者様を困らせるだけかもしれない。だから、これでよかったんだ。きっと。

 ごめんね、私の初恋。こんな形で終わらせちゃって。次はちゃんと頑張るから。だから――。


「でも不誠実ですよねぇ、勇者様って。別の方を選んだほうが、ヒマリ様だって――」

「だから黙れって言ってんの。空気読めないの?」


 莉央の一喝に、セリーナの瞳が一瞬だけ冷たく光った。

 すぐに微笑みが戻り、籠がテーブルへ静かに置かれる。


「失礼しましたぁ。体、冷やさないでくださいね」


 控えの位置へ戻る足音が遠のく。

 私は顔を上げられない。涙が、まだ止まらない。


 朝の風が、耳元の白い花飾りをかすかに揺らしている。

 ――莉央の手の温かさだけが、私をここに繋ぎ止めてくれていた。

ここまでお読みいただきまして、ありがとうございます。

明日も更新予定です。


「面白い」とか

「続きが読みたい」とか、もし思っていただけたなら。

ブックマークや画面下の「☆☆☆☆☆」から評価を頂けるとすごく嬉しいです。


お手数だと思うのですが。

すごく、すごく励みになるので、よろしくお願いします(*ᴗˬᴗ)⁾⁾ペコ

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