31.鈍感聖女は、恋バナお茶会で混乱する
銀髪に仮面のあの首謀者は、いまも王国騎士団が追いかけてる。
廃屋で見た不気味なシルエットと、あの二重に響く声を思い出すと――うん、ちょっと背中が冷える。
でも、そのあとお城の空気は拍子抜けするくらい普通に戻った。
みんないつも通り働いて、笑い声もふつうに聞こえてくる。
「……ひとまずは、平和になったってこと……なのかな」
胸の奥にざらつくものはあるけれど、当面の危機は去った。
だから今の私には――どうしても向き合わなくちゃいけないことがある。
エルリック様への返事だ。
「うぅ~~っ……!」
ベッドの上で、私は枕を抱えて転がり続けた。
あの真剣な告白が耳の奥で何度もリフレインして、心臓はとっくに限界突破。
でも……でも、考えるのはどうしても勇者様のことばかりで――。
「もう! なんでこうなるのよぉ!」
ごろごろ、ごろごろ。
部屋の中で一人、悶絶転がり回るしかなかった。
……と、そこへノックの音。
「ヒマリ様~、お支度をお願いします!」
セリーナの声だ。
「え、なに? 今日なんか予定あったっけ……」
「王妃様がお呼びです。お茶会に招かれておりますよ!」
「お、お茶会!? いきなり!?」
慌ててベッドから飛び起き、髪と服を整える。
ごろごろ転がってたの、今すぐなかったことにしたい……。さっきのごろごろ、絶対見られてないよね!?
もしセリーナに知られてたら……ああもう死にたいっ!
◇◆◇◆◇
庭園に面したサロンは、陽光が差し込んでとても明るい。
磨かれたティーセットに、花の香りがふんわり広がっていて、緊張していた心が少しほぐれる。
「まぁ、ヒマリさん。よく来てくださいました」
王妃様が優雅に迎えてくださった。柔らかな微笑みと、どこか母のような安心感。
席に着くと、香り高い紅茶が注がれ、色とりどりの焼き菓子が並んだ。
「冒険のお話、とても楽しみにしていたのですよ」
「えっ、わ、私のお話なんて……!」
「勇者殿と旅をして、魔王を倒されたのでしょう? きっと素晴らしい物語に違いありません」
王妃様は目をきらきら輝かせながら、私の話を促してくださる。
気づけば、戦いの記憶や仲間との旅路を、つい夢中で語ってしまっていた。
王妃様はまるで少女のように頷き、時に笑い、時に手を口元に当てて感嘆する。
「……本当に、娘になってくれればいいのに」
ぽつりと漏れたその言葉に、私は息を呑んだ。
「そ、それは……」
言葉に詰まってしまう。
王妃様はおっとりと首を傾げながら、続けた。
「うちの王子たちはどうかしら? 第一王子のダリルは……あの子、ちょっと不器用で暑苦しいところがあるでしょう? でもね、根はとても真面目で、誰よりも誠実な子なのです。第三王子のセオドルは幼くとも、とても愛らしい子です」
「……」
「そして第二王子のエルリックは――」
不意に胸がぎゅっと詰まる。あの日の告白が鮮やかによみがえる。
「まぁ、エルリックは脈があるのかしら?」
「い、いえっ! そういうわけではっ!」
慌てて否定した私の表情を、王妃様は静かに読み取ったようだった。
「……残念だわ」
けれど、次の瞬間ふっと微笑んで肩をすくめる。
「人の心はままならないものですから。――でも、ひとつ言わせていただけるなら」
王妃様はふわりと頬を染めて、微笑んだ。
「わたくしもね、こう見えて恋愛結婚だったのよ」
「えっ……!」
「舞踏会で陛下に見初められて……それが、わたしもひとめぼれだったから。あのときの視線を、今でも覚えているの。恥ずかしいでしょう?」
その恥じらいがあまりにも可憐で、思わず目を丸くしてしまう。
王妃様って……本当に、ひとりの女性なんだ。
胸の奥がじんわり熱くなったそのとき――。
「お母さま! わたくしもご一緒してよろしいですか!」
ぱたぱたと駆け寄る軽やかな声。
エリシア様が、まるで花が咲いたような笑顔で姿を現した。
「まぁ、エリシア」
王妃様は目を細める。
「わたくしもお茶会に混ぜてくださいませ! ヒマリ様のお隣が空いておりますわね?」
エリシア様は当然のように私の隣に腰を下ろし、私の手をぎゅっと握った。
そして私の手を両手で包み込むように握りしめ、子犬のような笑顔を向けてくる。
「……エリシアでもいいのよ? 私は理解があるつもりです」
にこりと冗談めかして告げる王妃様。
「ぷっ……!」
思わず吹き出してしまった。
「お母さまったら!」
エリシア様が頬を赤らめ、抗議するように笑う。
場が一気に和やかになり、私もつられて笑みをこぼしていた。
窓の外、庭園の向こうに見える街路が一本、昨日までと違う方角へ緩やかに曲がっていた。
花崗石の縁取りが新しく、白い粉が風に乗って陽にきらめく。
胸の奥で、小さな違和感がひっかかった。
――街そのものが、誰かの手で少しずつ組み替えられているみたい。
ちょうどその瞬間、王妃様の声色がすっと変わった。
「……ただし、陛下には気をつけなさい。優しい方ではありますが、国のためならどんなことでもなさるお方です。民を想う心は美徳ですが――時に、やりすぎてしまうのです」
その言葉だけが、不思議な重みをもって胸に沈んでいった。
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