3.鈍感聖女は、仮初めの花嫁になる
私はまぶしい朝の光で目を覚ます。
木造の梁がむき出しの天井、石造りの壁。窓からは小鳥のさえずり。うーん、まさしく異世界の朝!
ここは、王都から少し離れた勇者様の別宅なんだ。
「ふぁぁぁ……」
私がのんびり伸びをしたとき、隣のベッドでは莉央が毛布にくるまって爆睡していた。寝癖で跳ねた淡いピンクの前髪が、アニメキャラみたいでちょっとおもしろい。
「お前ら、起きたか」
リビングから勇者の声が響く。
「はーい。莉央、起きるよー」
「うぇ~、もう朝? 寝起きでテンション0なんですけど~」
井戸で顔を洗ってから、身支度を始める。
私たちが異世界から元の世界に戻っている間に、ここではすでに半年もたっているらしい。二つの世界の時間軸ってどなってるんだろ。
それに――着替えて髪を軽く整えた後、姿見に映った自分の姿を確認する。
私と莉央はこの世界では見た目があんまり変わってないんだよね。
前回の召喚では一年もいたのに、全然身長伸びなかったし。まてよ……自分の成長期が止まっただけとか……いやいやいや、そうじゃないと信じたい。うん、信じよう。悲しいから。
リビングに戻ると、勇者が椅子に腰かけていた。テーブルには焼きたてのパンとスープ、サラダが並んでいる。
でも勇者の目の下にはクマができていて、顔も赤い。
昨日、転送で酔ったのかな……? と私が思ったとき、莉央がニヤリと笑った。
「へぇ~? 勇者サマぁ、同じ屋根の下に推しがいたら寝れなかった系? キュン拗らせすぎじゃね?」
「な、なに言ってんだ! そんなんじゃねぇ!」
勇者が椅子をがたんと鳴らして立ち上がった。耳まで真っ赤だ。
「じゃあそのクマ何? バレバレ案件すぎてウケるんだけど」
「ただ寝つけなかっただけだ!」
ふふん。莉央には分からないみたいだけど、私には分かるよ。
「勇者様って、意外と繊細なんですね」
私が戻ってきたから、やっとエリシア姫に告白できるんだもんね。練習したし!
だから勇者様は、エリシア様のことを考えて眠れなかったんだ。想い人を思うあまり眠れないなんて素敵だなあ。
そう言ったら、勇者様はパンをちぎりながら顔をそむけた。
「黙って食え。食ったら出発するぞ」
「はーい」
朝食を取っていると、コンコンと玄関の扉が叩かれた。
「誰だ、こんな朝っぱらから」
勇者様が扉を開けると、王宮の紋章を刻んだ外套をまとった使者が立っていた。
「勇者殿。そして聖女殿。王が至急の召喚を望んでおられる」
「えっ、私!?」
私が来たことを何で知ってるの?
スプーンを落としそうになった私に、使者は深々と頭を下げた。
「聖女殿はこの国の宝ですから」
「……仕方ねぇ。城に行くか」
勇者が立ち上がる。莉央はパンを頬張りながら手を挙げた。
「あーしも行くわ。陽葵ひとりとか、心細いっしょ」
「ありがとう」
うん、確かに心細い。嬉しいよ親友!
◇◆◇◆◇
王都に入った馬車は王城まで一直線。重厚な廊下を抜けて、私たちは玉座の間へと通される。
「勇者一行よ、よく来てくれた」
豪奢な衣をまとった国王陛下が玉座に腰かけていた。鋭い視線が私たちに注がれる。
「さて……一つ、気になることがある。勇者よ」
国王陛下が低い声で切り出した。
「――そなた、我らに内緒で聖女を自分の故郷に連れ帰ろうとしてはおらぬか?」
「なっ……!」
「そうなの?」
勇者様はこのあと王都に行って、エリシア様に告白するんだと思ってた。で、私は解放されてまたあっちに戻るんだろうなって。
莉央は隣で「え、密輸?」と小声で突っ込んでる。
国王陛下は重々しく続ける。
「聖女は国の宝であり、民から慕われ愛されている存在。それを勝手に動かされては困るのだ」
「国の宝……」
いやいや、私そんな大それた存在じゃないんですけど!
「聖女よ。そなたはいずれ我が息子の妃となり、この国に永くとどまることを望む」
「えっ……お、王子の妃!?」
「出た~! シンデレラ展開! ガチのお姫様コ~ス!」
「ちょ、莉央、茶化さないで!」
「だってもうプリンセス確定フラグ立ってんじゃん! チート人生すぎて草」
さわがしい私たちを無視して、国王陛下は勇者様へ視線を移す。
「勇者よ。そなたは代わりに我が娘、エリシアを妃に迎えてもらいたい」
私はピタッと口を閉じる。
良かったね、勇者様!
だけど次の瞬間――。
「――断る!」
勇者様が立ち上がって叫んだ。
「そ、そんな勝手な話……俺が受け入れるわけねぇ! ひ、人の結婚相手を勝手に決めるなんて……それに、エリシア姫まで巻き込むとかありえねぇだろ!」
「なに……?」
国王陛下の眉がわずかに動いた。
「だ、誰がそんなもん望むかよ……っ!」
私は呆然と勇者様を見つめる。
でも……うん、そっか。自分で告白したいよね。親から言われて結婚するなんて嫌だよね。ああ、……純愛だなあ。
「ふふ……勇者様って、意外と照れ屋なんですね」
私がニコッと返すと、勇者様は髪をかき上げて、ますます赤くなる。
だってこれはどう見ても“好きな相手を想って照れている姿”だもんね。
横で莉央がジト目になってぼそっと言った。
「……また他人の恋応援モード入ってて草。そういうとこピュアで可愛いけど~」
「え、えぇ!? だって勇者様とエリシア様、お似合いだし……」
「いやいや、鈍感力カンストかよ。もはや才能じゃんそれ」
私たちがぼそぼそ話してる横で、勇者様と王様の話はずっと「結婚しろ」「嫌だ」の押し問答が続いてる。
どうなるのかなと思ってたら、王様の側近が一歩進み出て言った。
「陛下。真正面から押せば勇者殿の反発を招きます。ならばいっそ――聖女殿と勇者殿に、ひとまず“婚姻”を結ばせるのはいかがでしょう」
「聖女殿と勇者殿の婚姻?」
「これなら、聖女をこの世界に繋ぎとめることができますし、国民にも『聖女がまた元の世界へ戻ってしまう』などと疑念を抱かせることもございません。――そして、将来は王家と真に結びつけるための布石ともなりましょう」
「な……っ!」
「え、えぇぇ……!?」
勇者様と私の声が重なったが、響き方はまるで違った。勇者様は怒気を含み、私は情けなく裏返っただけ。
国王陛下は静かにうなずく。
「……なるほど。確かに“今は”そうしておくのが賢明かもしれぬ」
その声色は柔らかいのに、瞳の奥に消えない炎のようなものが宿っていた。
「……よかろう。では、聖女と勇者の婚姻――これは国の安寧のために定められた決まりとする」
「……っ、ふざけるな! 俺はそんな――」
「ちょ、ちょっと待ってください! わたし、そんな、いきなり結婚なんて困ります! ぜったい、ぜーったい、困ります!」
私が叫ぶと、国王陛下は「やれやれ」って感じの表情になった。
「ならば二人の婚姻は仮初めのものとする。それならばよいな?」
「仮初め……?」
どういうことなんだろう。




