閑話休題:私のやさしさの理由
少しだけ、昔の話。
お父さんは無口で厳しい人だった。肩幅が広くて、背筋がまっすぐで、視線だけで空気がぴんと張る。
小さい頃は正直こわかったけど、その背中はいつだって嘘をつかなくて――だから私は、ずっと尊敬していた。
「人にやさしく」
それがお父さんの口ぐせ。短いけど、何度も聞いたから、ちゃんと覚えてる。
お母さんは、その言葉をやわらかく訳してくれる人だった。
私が首をかしげると、目線を合わせてほっぺをつつきながら、わかるまで付き合ってくれる。
「どうやったら“人にやさしく”ってことなの?」
「ひまり、あなたは“助けられる人”になりなさいってことよ」
「えーどういう意味?」
「誰かの笑顔を見ると、ひまりも嬉しくなるでしょ?」
「うん、嬉しくなる」
「だからね、ひまりも――誰かの“嬉しい”をいっしょに増やせる子でいてごらん」
「うん、わかった!」
――そんなやりとりを、今でもはっきり覚えている。
◇◆◇◆◇
ランドセルを置いて、ブレザーの袖に腕を通すようになった。
中学生になったんだと思うと、ちょっと背伸びした気分になった。
クラスの女子は、ざっくり二つのグループに分かれていた。
ひとつは、私みたいにおしゃべりや流行の話で盛り上がる“日常系”のグループ。
もうひとつは、男子ともよく話す、ちょっとギャルっぽい陽キャのグループ。
で。私のグループには、ひときわ目立つ可愛い子がいた。
白石ましろ。
透きとおるような白い肌、長いまつ毛、少し伏せた目が印象的で、よくいろんな男の子と“うわさになる”タイプだった。
でも、女子相手になると急に無口。みんなも様子見で、同じグループのはずなのに、ちゃんと繋がってるのは私だけ――そんな感じ。
「ねえ、なんで陽葵ちゃんは、ましろちゃんと友達なの?」
「正直さ、あの子ちょっと苦手……」
そんなことを言われても、放っておけなかった。
ましろちゃんは、いつも私のそばにぴたりとくっついてくる子だったから。
それに――お父さんとお母さんの言葉が、胸の中に残っていた。
だから、私が間に入った。
少しずつ、みんなと彼女の距離をつなぐように。
うまくいかない日もたくさんあったけれど。
ある日、ましろちゃんが小さな声で言った。
「私ね、好きな人がいるの」
「えっ、ほんとに?」
「うん。陽葵ちゃんも……協力してくれる?」
「え、う、うん。相手って誰かな?」
「クラスの翔太くん。陽葵ちゃん、学級委員で一緒でしょ? よく話してるから、仲いいのかなって」
「あー……うん。話すことは多いけど……」
胸の奥が少しだけ痛んだ。
でも、私は笑ってうなずいた。
「わかった。応援するね」
◇◆◇◆◇
放課後。
学年だよりをクラスごとに仕分けて、輪ゴムでまとめる。
教室に残ったのは、翔太くんと私だけ。
指先が落ち着かなくて、プリントを数える手が何度も止まる。
今なら、聞けるかもしれない。
「ねえ、翔太くん」
「ん?」
「いきなりだけど……気になる子とか、いる?」
「い、いるけど……いや、い、いない! いや、なんでもねぇ!」
「なにその早口!? “いるけどいない”ってなぞなぞ?」
「うるせー! そういうの、いきなり聞くなよ……!」
顔をそらして、プリントの束を揃えるふり。耳まで真っ赤だった。
「じゃあ、あてよっか?」
「ばっかじゃねーの! あてられるわけねーだろ」
「ましろちゃんでしょ? 翔太くんって、いつも私たちの席見てるし」
これは私が翔太くんを見てたから気づいたこと。
軽い気持ちで言ったその瞬間、翔太くんの動きが止まった。
「は? なんであいつの名前が出てくるんだよ。……俺は、お前のことが――」
「私のこと?」
「……なんでもねーよ!」
息が止まった。
胸が、どくんと鳴る。
もしかして、今――。
「あー、いたいた! 翔太くん!」
ガラリとドアが開いて、ましろちゃんが笑顔で入ってきた。
その笑顔は綺麗で、少しだけ眩しかった。
「もしかして、いい雰囲気だった? ごめんねー」
「ち、ちがうよ! 二人で学級委員の仕事してただけ!」
「そ、そうだぞ!」
「ふーん。でも、翔太君って、陽葵ちゃんのこと好きなんじゃないの?」
「な、なに言って――! そ、そんなわけ!」
あわてる翔太くん。
その瞬間、ましろちゃんが一歩近づいて、ふわりと翔太くんの唇にキスをした。
「じゃあ、翔太君は、ましろがもらうね?」
「え……?」
「えぇぇぇっ!?」
私も翔太くんも、固まる。
「そういうことだから。ごめんね、陽葵ちゃん」
「あはは……うん、よかったね。おめでと。……じゃあ、私、行くね」
「ありがとう、陽葵ちゃん!」
「ちょっと待ってくれ!」
その声を背中で聞きながら、私は走って教室を出た。
ホントに恥ずかしい! もしかして翔太君が……なんて、私の自意識過剰だったな。
最初から両想い――私の見立ては当たり。
ふたりがうまくいって、本当によかった。
なのに、胸の奥だけはきゅっと痛んだ。
◇◆◇◆◇
「はぁ? なにしてんの、委員長」
声をかけてきたのは、ギャルグループの葉山莉央さん。
髪をかきあげながら、ため息をつく。
「てかさ。委員長、あれホントによかったわけ?」
「あれって?」
「今のやつ、たまたま通ったらフツーに見ちゃったんだけど」
「……うん。よかったよね、ましろちゃんと翔太くん」
「はぁ? なにそれ。それで納得って、マジで?」
「“マジ?”って?」
笑おうとした口元が、思ったよりもうまく上がらない。
「どう見ても翔太、委員長のこと好きじゃん」
「いやいや、それはないって!」
「ふーん、関係ないけど――ましろ、委員長の人気に嫉妬して“私が上”ってマウント狙ってたよね。バレバレ」
「なにそれ、ましろちゃんはそんな子じゃ――」
言い切る前に、こつんと額に軽いチョップが落ちた。空気が少しだけ抜けて、呼吸が戻る。
「いったー」
「委員長、あんたさ――いい子なのは認めるけど、視野せまいのよ、もうちょい周り見な?」
「なにそれ」
「しゃーなし。あーし、味方やっとくわ」
そう言いながら、彼女はポケットからハンカチを取り出した。
「ん……これ」
「え?」
「涙、出てる」
「うそっ……あれ? なんで泣いてるんだろ」
頬に触れた指先が、濡れていた。自分でも気づかないうちに、涙がこぼれていたらしい。
「ったく。あんたみたいなお人よし、一人くらい味方いないと秒で削れるって」
「なにそれ。別に傷ついてないし」
「ふーん。じゃあこの涙は?」
「チョップが痛かったから」
「いや、そんな強くやってねーし」
差し出されたハンカチを受け取ると、なんだかおかしくて、同時に『ぷっ』と笑い声が重なった。
それから、私と莉央はいつのまにか仲良くなっていた。
自然とグループから離れて、二人で過ごすことが多くなった。
◇◆◇◆◇
「莉央、課題終わった?」
「……あっ! やばっ、完全に忘れてた!」
「もう、しかたないな。ほら、これ見せてあげる」
「陽葵、まじ天使……! 救いの女神……!」
情けない声で手を合わせてくる莉央に、思わず笑ってしまう。
結局、私のノートを並べて、ふたりで肩を寄せ合いながら課題を片づけていく。
「ていうかさ、昨日の夜、課題やるって言ってたじゃん。結局寝落ちしたでしょ」
「うっ……ばれた?」
「通話、つなぎっぱなしだったもん。寝息、かわいかったよ」
「うわ、はずっ……やめてそれ言うの……!」
顔を真っ赤にして机に突っ伏す莉央の姿に、また笑いがこぼれた。
でも、ふと気づく。
私が落ち込んでいたとき、最初に声をかけてくれたのも、黙って隣にいてくれたのも、この子だった。
お父さんとお母さんの言ってた「人にやさしく」って、きっと莉央みたいな人のことなんだと思う。
彼女みたいに、誰かを気づかせるでもなく、自然に励ませる人。
心から人を応援できる、そんな人になりたい――そう思った。
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