25.鈍感聖女は、甘い告白に心が追いつかない
最近、勇者様と顔を合わせる時間が減っている。
……べ、別に“好き避け”してるとか、そういうんじゃない。絶対に。だって、そんなはず――いやいやいや!
理由は、あの誘拐事件。
事件自体は無事に解決したけれど、城の警備体制が見直されて、エリシア様の護衛は倍増。勇者様も当然その護衛に駆り出されるようになった。
国にとってもエリシア様にとっても、すごくいいことだ。
だって勇者様とエリシア様が一緒にいる時間が増える――それはつまり、私がずっと望んできた“理想の未来”に近づいているってことだから。
……そう、いいこと。すごくいいこと。
なのに、どうしてだろう。胸の奥が落ち着かない。もやもやして、気づけば勇者様を目で追ってしまっている。
「エリシア様と勇者様がお似合い」――そう信じて、応援してきたはずなのに。
なのに最近の私は、勇者様の姿を見かけるたび、どきっとしてしまう自分に気づいて……混乱するばかりだった。
こんなの、おかしい。恋だなんて、そんなの――。
でも、心臓の音は勝手にうるさくなる。
……ほんと、どうしたの私!
「ヒマリ様~?」
机に突っ伏しかけた私に、セリーナが小首をかしげながら顔をのぞかせてきた。
「また“にらめっこ”ですか? さっきから表情がころころ変わってますよ」
「にらめっこじゃないから!」
「でも赤くなったり青くなったり……あっ、照れてるんです?」
「ち、違うってば!」
必死に否定するけど、セリーナのにやにや顔は止まらない。
「もし気持ちが落ち込んでるなら――お出かけしましょう! 今日はいい天気ですし、中庭がおすすめですよ!」
「え、でも……」
「いいじゃないですか! 行きましょう行きましょう!」
セリーナの勢いに押されて、私はしぶしぶ腰を上げた。
◇◆◇◆◇
中庭へ向かう途中、城門脇の詰所の掲示板が目に入った。衛兵の見回り経路が細い線でびっしり描かれている。
何気なく視線を滑らせた瞬間、線がぐるりと渦を巻き、どこかで見た魔法陣の輪郭に重なって見えた。
目を凝らすと、ただの当直表に戻る。……気のせい、だよね。
掲示板から目を離し、セリーナに促されて回廊を抜けると、噴水の水音と花の香りがふわりと濃くなった。
陽射しはあたたかく、風はやわらかい。こうして歩いていると――最近、どういうわけか決まって同じ人に出会う。
「やあ、ヒマリ。やっぱり来てくれたんだね」
そこに立っていたのは、第二王子エルリック様。
陽を受けて輝く銀髪、洗練された所作、まるで絵本から抜け出した王子様のよう。
「え、あ、エルリック様……」
「そんなに驚かないでくれ。僕はただ、君に会えたことが嬉しいだけだから」
さらりと甘い言葉を口にする。どうしてこの人は、こんなにも自然にそういうことを言えるんだろう。
「最近、勇者ノイシュとはどうなんだい?」
「ど、どうって……?」
「ほら、少しぎくしゃくしているように見えてね。僕の気のせいかな?」
どきりと心が跳ねる。
そう、最近勇者様とは会えていない。けど、それを不満だなんて思っちゃいけない。むしろ助かっているくらいだ。心の整理が全然できていないから。勇者様とエリシア様が結ばれるのを応援しているのに……どうして胸の奥にこんな感情が渦巻くのか、自分でもわからない。
私が俯いたとき、エルリック様の目が一瞬きらりと揺れた。私の答えに満足そうにも、切なげにも見えて――その微妙な表情が、妙に胸に残った。
「仮の婚約は、この城の中だけの限定的なものだ。国民に発表されるわけでも、結婚式があるわけでもない」
「け、結婚式……」
その言葉に思わず息をのんでしまう。
仮とはいえ、勇者様と私は婚約している。夫婦、みたいなもの――そう意識した途端、胸がぎゅっと苦しくなった。
ちらりと見たエルリック様の横顔に、ほんのわずか影が落ちた気がした。まるで私の心を読み取ったかのように……。
「いずれ勇者殿と妹のエリシアは結婚する。……君も、それを望んでいるんだろう?」
「そ、そうですね……」
無理やり笑みを作ったけれど、胸の奥がずきんと痛む。
「そのあと、君はどうするつもりなんだい? 元の世界に帰るのかい?」
「それは……」
答えられなかった。帰るつもりでいたのに、どうしてか言葉が出てこない。
エルリック様が一歩、距離を詰めてくる。陽射しに銀髪がきらめき、近すぎるほどの距離で、彼はやわらかに笑った。けれど、その瞳の奥は揺るぎない真剣さで満ちていた。
「だったら――僕との未来を考えてみるのはどうかな?」
「えっ……」
あまりに突然の言葉に、息が詰まる。
「ま、またそういうセリフ……! 誤解されちゃいますよ?」
軽口でごまかそうとしたのに、殿下は笑わなかった。
その声は絹のように柔らかく、どこまでも甘い響きを持ちながら――奥底には誤魔化しのない切なさが宿っていた。
「冗談じゃない。本気で言っているんだ。考えてほしいんだ、僕との未来を」
その声は、絹のように柔らかくて、どこまでも甘く響くのに――奥底には誤魔化しのない切なさが宿っていた。
微笑んでいるはずなのに、瞳だけは真剣で。まっすぐな視線に捕らえられて、胸がざわめいて、どう返せばいいのかわからなくなってしまった。
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