23.鈍感聖女は、ツンデレ勇者の優しさにドキが止まらない
神殿での仕事は、今日も大忙しだった。
怪我をした冒険者に回復魔法をかけて、包帯を巻いて、薬草を刻んで……気がつけば夕日が窓を朱色に染めていた。
ふぅ、と息をついて机に手を置く。疲れはあるけど、みんなの役に立てたと思うと心が軽くなる。――そのはずなのに。
最近、どうしてだろう。勇者様の顔がふいに浮かんでしまって、胸がそわそわする。
勇者様のお母さんに言われた「ノイシュはあなたを大切にしている」という言葉が、まだ耳から離れなくて……。
いやいや、違う。勇者様が想っているのはエリシア様。私はその応援役なんだから。
……あの優しいお母さんが言うんだもの、信じたくなってしまう。でも“母親の勘”だから。息子を想う気持ちが重なって、そう見えただけに違いない。
なのに思い出すたび、心臓が勝手にドキンと鳴ってしまう。ほんと、どうして……。
「ヒマリ、もう終わったのか?」
聞き慣れた声に顔を上げると、神殿の入り口に勇者様が立っていた。
逆光に照らされた姿は、鎧ではなく軽装。剣だけを腰に下げて、腕を組んでいる。ちょっと不機嫌そうに見えるのに……来てくれたことが嬉しくて、胸がまた熱くなる。
「え、勇者様!? どうしてここに?」
「どうしてって……今日は護衛の衛兵じゃなくて、俺が代わりに迎えに来たに決まってんだろ。こんな時間まで残ってたら、危ねぇに決まってる」
つんとした言い方。でも、さりげなく私の荷物をひょいっと持ち上げてくれる。重たい薬草袋を片手で軽々と。
うわ……こういうところ、ずるい。
◇◆◇◆◇
街を並んで歩くのは、すごく久しぶりだった。
夜市の灯りがともり始め、通りには果物や雑貨の露店が並んでいる。
通りの先では、石畳の張り替えが続いていた。槌の音がカン、と乾いて響く。
「最近、工事が多いですね」
「魔王との戦いで街の一部が壊れたからな。復興の一環だ」
新しい石が一枚ずつはめ込まれていくのを見ていると、街の息づかいまで少しずつ整っていく気がした。
――ただ、敷き直された石の中に、色の濃淡で線がすっと繋がっている箇所がある。遠目には模様みたいで綺麗……だけど、なんだろう、少し変わった並べ方。
「段差が増えてる。夜は足元、気をつけろよ」
勇者様がさりげなく私の肘を支え、工事区画の迂回札を避けて歩幅を合わせてくれる。そんな何でもない仕草に、鼓動がまた忙しくなる。
ふと、可愛らしい髪飾りが並ぶ店先に足を止めると、勇者様が怪訝そうに振り返った。
「……気になるのか?」
「えっ!? い、いや、ちょっと見てただけです!」
「……そうか」
そう言いながらも、勇者様は店に入ると迷いなく手を伸ばした。
「これ……お前に似合いそうだ」
差し出されたのは、小さな白い花をかたどった髪飾り。光にかざすと透けるようにきらめいて……胸が跳ねる。
「え、えっと……でも、そんな、高そうだし」
「……気にすんな。欲しいなら受け取れ。……べ、別に似合いそうだと思っただけだ」
そう言うと、勇者様は不器用に手を伸ばしてきて、私の髪にそっと触れた。
指先がかすかに頬に触れて、思わず息が詰まる。
「じっとしてろ……」
ぎこちない手つきで髪をまとめ、花の飾りを差し込んでくれる。
ほんの少し照れ隠しのように顔をそむけながら。
「……ほら。悪くねぇ」
その横顔に胸がぎゅっと詰まる。
どうしてこんなに心臓が跳ねるの? 勇者様はエリシア様を――そう信じてるのに。
そのまま街を抜けて、少し落ち着いた小道に入る。昼間の喧騒が嘘みたいに静かで、灯りのない道を二人で歩くと、なんだか世界に私たちだけが取り残されたみたい。
「……その、神殿の仕事。疲れてねぇか?」
「えっ? あ、はい。大丈夫です。勇者様こそ、訓練とか討伐とかで大変じゃないですか?」
「俺は慣れてるからな。……けど、無理すんなよ」
ぽつりと落ちる声が、やけに優しく響いた。胸の奥が、じんわりと熱くなる。
「……か、勘違いすんなよ? 仮にでも“夫婦”なんだから……お前のことを気にするのは普通のことなんだ」
顔をそむけながらのその言葉に、思わず目を瞬かせる。
勇者様の照れ隠しだってわかるのに、胸の奥がきゅっと締め付けられて――また鼓動が速くなってしまった。
――もし……もし本当に、勇者様が私を想っているのだとしたら?
そんなこと、あるわけないのに。そう信じてるはずなのに。
でも、魔王討伐の旅の途中。
魔物に囲まれた私を真っ先にかばってくれた姿や、夜の見張りのときに黙って毛布をかけてくれたこと。
あのときも、勇者様は……。
頭の中で思い出がぐるぐる回って、胸の鼓動はどんどん速くなる。
「ヒマリ?」
「ひゃいっ!?」
勇者様に呼ばれて、思わず変な声が出てしまった。
慌てて首を振り、誤魔化す。
「な、なんでもないです!」
勇者様は怪訝そうに眉をひそめながらも、それ以上は追及しなかった。
けれど……私の視線は、勝手に彼を追ってしまう。
――まるで、答えを探しているみたいに。
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