22.鈍感聖女は、優しい声と危うい予感に揺れる
勇者様の村から戻ってきて数日。
村の人たちに感謝されて、勇者様の家族にもあたたかく迎えられて……幸せな時間だったはずなのに。
どうしてだろう、胸が落ち着かない。
勇者様のお母さんに「ノイシュはあなたを大切にしている」と言われた瞬間から、心臓はずっとばくばくしっぱなしで、顔まで熱くなる。
ち、ちがう! 勇者様はエリシア様のことが好きなんだし、私はその応援をしてるだけ!
……なのに、思い出すたび心臓が勝手にドキンと鳴ってしまう。どうして……。
「ヒマリ様~?」
セリーナが机の向こうからひょいっと顔をのぞかせてきた。
「にらめっこの練習ですか? さっきから表情がころころ変わってますよ」
「にらめっこじゃないから!」
「でも赤くなったり青くなったり……照れてるんです?」
「ち、ちがうってば!」
必死に否定していると、セリーナが一通の封筒を差し出した。
「はいこれ。さっき使いの方が持ってきました。分厚くて……なんか気持ち悪いです」
「えっ……手紙?」
その単語に、心臓が跳ね上がる。
勇者様が旅の途中でよく書いていた“手紙の魔法”のことがよみがえる。あれはずっとエリシア様宛ての恋文だと思っていたけど……違ったんだ。勇者様のお母さんの言葉が脳裏でよみがえる。
だめだめ、落ち着いて私!
慌てて中を確認すると――。
「……第一王子、ダリル殿下からの、お食事会のお誘い!?」
「無視しちゃえばいいんじゃないですか? 届かなかったことにすれば」
「それは無理! セリーナが怒られちゃうでしょ!」
「じゃあ……あのドブカエルを倒してしまえば会わなくてすみますね!」
「待って!? 第一王子だから!」
セリーナの発言がいちいち物騒すぎて、私は頭を抱えた。
その直後、彼女がぽつりと小さくつぶやく。
「…………様の敵は、全部敵ですから」
「え? 今なんて?」
「はて? なんのことでしょう?」
無邪気に笑うセリーナに、不思議な違和感を覚えつつも、それ以上は聞けなかった。
◇◆◇◆◇
殿下の部屋に通されると、扉を開けた瞬間にむわっと甘い香りが漂った。
テーブルいっぱいの花束、壁にはやたら大きな私の肖像画。……いやいや、絶対描かせたでしょこれ!?
そんな中、真っ赤な顔のダリル殿下がバネ仕掛けみたいに勢いよく立ち上がった。
額に汗をにじませながらハンカチを取り落とし、机をばんっと叩いて身を乗り出してくる。
「よ、よ、よく来てくれたねヒマリちゃ~ん! さ、さぁ座って! これは全部ボクが君のために用意したんだぁ!」
机の上には、花の香りが漂う紅茶、甘さ控えめの焼き菓子、爽やかな果物――私の大好物ばかり。
「えっ……」
「し、調べたんだ! 愛する人を少しでも喜ばせたいからぁぁ!!」
必死すぎる姿に、私は思わず紅茶を口にした。……おいしい。
その瞬間、殿下が机に手をつき、顔をぐいっと近づけてくる。
「ど、どうかな!? 君の舌に合ったかい!?」
「え、えっと……美味しいです……」
「はぁぁ~~っ! ヒマリちゃんの“美味しい”いただきましたぁぁぁ!!!」
大げさにのけぞって感激する殿下。……圧が強すぎる。
でも――もし勇者様が、同じように「君のために用意した」なんて言ってくれたら……。
胸がどきん、と鳴る。
ちがう! そんなわけない! 勇者様はエリシア様一筋なんだから!!
でももし……なんて考えた時点でアウトじゃない!? だめだめ私!!
「ボ、ボクは君の笑顔が見たいんだ! そのためなら何だってする!」
気持ち悪いくらいまっすぐ。けど、裏表のない誠実さも感じる。
ちょっと見直しかけたところで――。
「……ストーカーでは?」
セリーナがぼそり。
「セリーナぁぁぁ!! 不敬罪になるから!」
「ヒマリちゃ~ん! 庇ってくれるなんて、愛されてるぅぅ!!」
いやいやいやいや!! 庇ったつもりはないですからぁ!!
そしてついに殿下は、椅子をがたんと鳴らして立ち上がった。
「ヒマリ嬢っ!! ボクは君を心の底から愛している!! どうか妻になってくれぇぇ!!!」
「えっ……!?」
勢いに飲まれて胸が跳ね上がる。
でも、私は両手をぶんぶん振って必死に否定した。
「ご、ごめんなさい! 殿下のお気持ちは嬉しいですけど……わ、私はその……応えられません!」
「な、なんだってぇぇ!? ……だがっ、だがいいんだ! 一方通行でも!! 君が笑顔でいてくれるなら、それで! ボクは幸せなんだああ!!」
……重い。けど、どこまでもまっすぐだった。
次の瞬間、殿下の顔から熱がすっと引き、真剣な光が宿る。
「……これは、愛するヒマリちゃんへの伝言だ」
声のトーンが落ちる。
「父上と……エルリックには気をつけろ。詳しくはわからない。でも、何度かヒソヒソ話を耳にしたんだ。その中で――“ヒマリ”という名が何度も出てきていた」
「……!」
「愛する人の名前だから、聞き間違えるわけがない。だからこそ……気をつけてほしいんだ」
真剣な声音に、背筋がぞくりと冷える。
その横でセリーナがにっこり笑った……と思った瞬間、目だけが鋭く光った。
「やっぱり……この男、殺しておきますか?」
氷の刃みたいな声に息が止まる。
けれど次の瞬間、ぱっといつもの調子に戻って、にこにこと笑った。
「なーんて冗談ですっ! あはは、ちょっと言ってみただけですよー!」
「じょ、冗談で済まされる話じゃないから! 不敬罪になりますから!!」
私が慌てて突っ込みを入れると、胸の奥はまだ妙にざわついていた。
……いまの一瞬、なんだったんだろう。気のせい……だよね?
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