21.鈍感聖女は、星空の下で恋を疑う
馬車を降りた瞬間、思わず息を呑んだ。
空気が違う。王都の喧騒とはまるで別世界。
川のせせらぎがさらさらと耳に届いて、遠くで鳥の声が響いてくる。
見渡せば、濃い緑の森と畑の広がり、その向こうには澄んだ湖がきらきらと光を反射していた。
「わぁ……!」
莉央も「インスタ映え~!」と叫びそうな勢いで杖を構えてくるくる回っている。
アルバートさんですら、静かに目を細めて頷いていた。
「ここは……?」
私は思わず口にする。
隣の勇者様は、少しだけ照れたように肩をすくめた。
「……俺の故郷だ」
その言葉に、胸がほわっと温かくなる。
勇者様の生まれ育った場所。勇者様の原点。ここが――。
◇◆◇◆◇
村長さんに迎えられ、私たちは村の広場に集まった。
「よく来てくださいました。最近、村の近くで魔物が暴れておりまして……ぜひ勇者殿たちのお力を!」
「お任せください!」
私たちは声をそろえて答えた。うん、こういうときはやっぱり勇者パーティーだ!
そのときだった。
「まぁ……ノイシュ!」
透き通るような声と共に、ひとりの女性が駆け寄ってきた。
肩までの金髪がさらさら揺れて、陽の光を受けてきらめく。
大きな瞳は澄んでいて、笑みを浮かべるとその場がぱっと華やぐように感じられた。
……えっ!? す、すっごく綺麗! ど、どう見ても勇者様の恋人じゃないですか!?
「えっ!? 勇者様、こ、この方は……!」
私が狼狽するより早く、莉央がすかさずにやにや顔で肘で突いてくる。
「やだ~勇者サマ、ヒマリがいるのに浮気ぃ?」
「……勇者殿」
アルバートさんまでじっと見てくる。
さらにエリシア様は――ぷるぷる震えている!?
「……そんなの、困りますわ」
「わぁ~恋人さんですか!?」とセリーナまで目を輝かせる始末。
ち、違いますからっ! 勇者様はエリシア様一筋なんですからー!!
「な、なにか勘違いしてないか!? こ、この人は……!」
勇者様が顔を真っ赤にして叫ぶ。
「俺の母親だ!!」
「ええええええええっ!?」
全員の声がきれいに重なった。
勇者様のお母さんは、私とセリーナを交互にじぃっと見比べた。
……え、な、なに? どうしてセリーナと比べられてるの!?
視線を行ったり来たりさせたあと、お母さんは最後に勇者様の表情をちらっと見て、ふっと微笑んだ。
「ああ……あなたが、ヒマリちゃんね」
「えっ!? ええええっ!?!?」
両手をぎゅっと握られ、私の心臓は一気に跳ね上がる。
勇者様、ばっ、と顔を真っ赤にして「なっ、なにを勝手に!」と叫んでいるけど……お母さんの笑顔はまるで確信しているようだった。
◇◆◇◆◇
その後、勇者様の家へ招かれると、小さな妹や弟たちが「兄ちゃん!」「おかえり!」と次々に飛びついてきた。
勇者様はうろたえながらも優しく抱きとめ、子どもたちの笑い声が家いっぱいに広がる。
「わー! お姉ちゃんかわいい!」
「この杖ピカピカだ!」
莉央は子どもたちに取り囲まれて「ちょい待ち! それガチ高いやつだから壊されたら泣くんだけど~!」なんて言いながらも笑顔。
アルバートさんは「……危ない」と弟をひょいと抱き上げ、そのまま子どもたちに大きな木みたいによじ登られていた。
セリーナは一緒にかくれんぼを始めて、庭の茂みに本気で隠れていたし。
エリシア様に至っては、妹ちゃんに「お姫さまみたい!」と目を輝かされ、すっかり照れていた。
そんなとき、まだ幼い弟くんが首をかしげながら、私と勇者様を見比べてぽつり。
「この人が……兄ちゃんのお嫁さん?」
「なっ!? ち、ちがう!! そ、そんなんじゃねぇ!!」
勇者様は耳まで真っ赤にしてぶんぶん首を振る。
その必死さに子どもたちは「えー?」「照れてるー!」ときゃあきゃあ大はしゃぎ。
私は「そうだよね! 勇者様のお嫁さんはエリシア様に決まってるもんね!」と胸を張って大きくうなずいた。
その横で、莉央は「ぷっ」と吹き出し、セリーナは「きゃ~!」と頬を押さえ、アルバートさんですら小さく「……勇者の気持ちは明らかだな」とつぶやいた。
……みんな、なんだかとても自然に家族に溶け込んでいる。
勇者様の家はあたたかくて、笑顔で満ちていて。
そんな中に自分がいることが、ちょっと不思議で、でもすごく嬉しかった。
◇◆◇◆◇
夕食が終わり、子どもたちの笑い声がようやく落ち着いたころ。
勇者様のお母さんがふっとこちらを見て、にこやかに微笑んだ。
「……少し、お話しできるかしら」
その声にうなずいて、私は外へ出る。
夜空は王都よりもずっと澄んでいて、星がまるで手を伸ばせば届きそうなくらい瞬いていた。
勇者様のお母さんは、その星空を見上げながら静かに言った。
「あなたとはゆっくりお話しておきたかったのよ」
「……私?」
「ええ。あの子、あなたのことを大切にしているみたいだから」
「えっ……? い、いえ、勇者様はエリシア様を――」
「それはないわ」
即答。私は思わず絶句する。
「ノイシュは小さい頃に勇者としてお城に連れて行かれてね。なかなか家族とは会えなかったの。……それでね、あの子が最初に覚えた魔法は“手紙の魔法”だったのよ」
「手紙の魔法……」
もちろん知っている。どんなに遠くにいても一瞬で届けられて、返事だって受け取れる高度な魔法。
そういえば――魔王討伐の旅の最中も、勇者様はしょっちゅう手紙を書いていた。
「その魔法を使って、あの子は一度も欠かさず家に手紙を送ってきたわ」
……え? 家に?
じゃあ、あのときの手紙、全部――エリシア様宛じゃなかったの!?
「最初は気遣いの言葉ばかりだったけれど……あるときから、“ヒマリ”って名前が出てくるようになったの」
「え……!」
「文面も変わったわ。堅苦しい挨拶よりも、あなたとの旅のことを楽しそうに綴るようになって。……ね、そんな手紙を何度も読んでいたら、母親としてはやっぱり思うのよ。『一度、この子に会ってみたい』って」
お母さんは優しい瞳で私を見つめる。
「ああ、この子が……手紙に出てきたヒマリちゃんなんだって。今こうして会えて、本当に嬉しいわ」
「ち、ちがいますっ! 勇者様が好きなのはエリシア様で――」
「それはないわ」
またもや即答。きっぱりと言い切るその声に、私は言葉を失う。
「ふふ……ごめんなさいね。あなたに会えたのが嬉しくて、つい言っちゃったの。……でも、あくまで母親の勘だから。……ここだけの秘密にしておいてね?」
お母さんはお茶目に笑って、夜空の星を見上げた。
私は……私はもう頭の中がショート寸前だった。
え、なにそれ!? 勇者様が、私を……!?
いやいやいや、そんな、ありえないでしょ!?
だって勇者様はエリシア様と――あ、でも……そういえば旅の途中であんなことが……。
いやいやいやいやいや!!!
顔が熱い。心臓がうるさい。思考はぐるぐる。
星空はすごく綺麗なのに、私の頭の中は花火みたいにパーンって弾けて真っ白だった。
ここまでお読みいただきまして、ありがとうございます。
明日も更新予定です。
「面白い」とか
「続きが読みたい」とか、もし思っていただけたなら。
ブックマークや画面下の「☆☆☆☆☆」から評価を頂けるとすごく嬉しいです。
お手数だと思うのですが。
すごく、すごく励みになるので、よろしくお願いします(*ᴗˬᴗ)⁾⁾ペコ




