20.鈍感聖女は、デートを討伐だと信じている
「ヒマリ、遠くに出かけるぞ」
唐突にそんなことを言い出す勇者様。声がいつもより硬い。
私は書きかけの治療記録から顔を上げ、ぱちぱちと瞬きをした。
「えっ? 魔物討伐ですか?」
「し、新婚旅――いや、なんでもない!」
「………………え?」
勇者様の口から飛び出した単語に、私は思わず固まった。
し、しんこん……? 今、“新婚”って言いかけたよね!?
――いやいや、そんなはずない! きっと聞き間違いだ。
うん、絶対そう。勇者様が言いたかったのは“討伐”!
「三日後。おまえ、時間あるだろう」
「は、はい。神殿のお手伝いもその日は入ってませんけど……」
「そ、そうか。じゃあ決まりだ。目的地までは馬車で三日。準備しておけ」
ぷいっと顔をそむけ、聖剣をやたら強く握りしめる勇者様。
……うん、この雰囲気。どう考えても大きな討伐に備えて気合を入れてるんだ。
◇◆◇◆◇
三日後、王都の門前。
勇者様が馬車の前で絶叫した。
「なんでおまえらがいるんだ……!」
こめかみがぴくぴくしてる。
そこには当然の顔で並ぶ、莉央、アルバートさん、セリーナ。
私はにっこり笑顔で手を挙げた。
「討伐の旅なんですよね? だからみんなにも声をかけておきました!」
「……ヒマリに討伐と聞いたからな」
アルバートさんが短く補足。
「みずくさ~! あーしたちも当然でしょ!」
莉央はにやにや。杖をぶんぶん振っている。
「そ、それとも? 勇者ってばヒマリと二人っきりで旅行したかったとかぁ?」
「ばっ、ばか! ちがう!!」
勇者様、必死の否定。顔が真っ赤。
……いやいや、莉央はまた冗談言ってるんだ。勇者様がそんなこと考えるわけない。
「勇者様がそんなことするわけないですよ!」
すぐさま勇者様をかばった。だって勇者様はエリシア様一筋。
私はその応援役でしかないんだから!
「それにしても勇者の恰好なに? 鎧は?」
莉央が首をかしげる。
勇者様は鎧を外し、黒の軽装に聖剣一本。どう見ても“討伐装備”というより“街歩きのデート服”。
対して私たちは完全に冒険仕様。
アルバートさんは分厚い鎧に大盾を背負い、どっしりとした存在感。
莉央はギャル風の魔導ローブに短めスカート、ピンク髪を高いポニテにまとめ、じゃらじゃらとした装飾をゆらゆらさせている。
セリーナは可愛い冒険者風のチュニック姿で、腰には短剣と魔法剣を下げて元気いっぱい。
そして私は、久しぶりに袖口や裾に白いフリルがあしらわれた聖女ローブ。
「こ、これは鍛錬だ! 聖剣一本で十分だからな!」
「へぇ~? そっかぁ~?」
莉央の声が明らかに疑ってる。
勇者様は一瞬だけ落ち込んだ顔をしてから、すぐにツン顔に戻った。
……うん、きっと討伐の責任を思って気負ってるんだ。勇者様、やっぱり立派!
◇◆◇◆◇
夜。森の中での野営。
焚き火を囲んでの夕食がひと段落すると、ぱちぱちと薪のはぜる音だけが響く。
その静けさを破るように、勇者様が立ち上がった。
「今日の見張りは俺がやる」
「二人一組じゃないと危ないですよ!」
私は慌てて声を上げる。
「だ、大丈夫だ。俺は強いからな」
強がる勇者様に、すかさず莉央がニヤニヤ顔で突っ込む。
「なにそれ~。“陽葵に心配してほしいアピール”じゃん?」
「ばっ、ばか! ちがう!!」
勇者様、耳まで真っ赤。
「ほらやっぱり! ラブラブなんですー!」
セリーナは瞳をきらきらさせながら、ノートに“観察日記”のようなものを書き込んでいる。
……え、なにそれ? 討伐の記録……にしては、やたら嬉しそうなんだけど!?
「セリーナ、なに書いてるの?」
「ヒマリ様と勇者様の日常観察ですっ!」
「観察!?」
「はい! お二人の尊い瞬間を記録に残さなきゃって!」
えぇぇ!? それって私と勇者様がまるで本物の夫婦みたいじゃん!
私は慌てて否定しようとしたけれど、横から莉央が口を挟む。
「わかるわかる~。ツンデレ旦那と鈍感奥さんってやつでしょ?」
「だ、旦那!?」
「お、俺はそんなつもりじゃ……!」
勇者様まで慌てて否定してるけど、顔が真っ赤すぎて説得力ゼロ。
もうやめて! 私の心臓までつられてばくばく言ってるんだから!
「……勇者の気持ちは見えてる」
焚き火の炎越しに、アルバートさんがぼそっとつぶやいた。
その目は妙に優しくて、なんだか全部わかっているみたい。
私はそっと勇者様の横顔を盗み見た。
焚き火に照らされたその表情は、強がりに隠れているけれど、どこか不器用で……胸の奥がじんわり温かくなる。
魔王を倒しても、魔物が世界から消えたわけじゃない。
ただ、もうあの頃みたいに組織的な脅威ではなく、野生の熊みたいにときどき人を脅かす存在になっただけ。
それでも勇者様は、危険がある限り剣を握り続けている。
――うん。久しぶりに“勇者パーティー”のみんなで出かける討伐なんだ。
そう考えただけで、なんだか楽しくて、心が少し弾んだ。
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