2.鈍感聖女は、異世界に二度召喚されても気づかない
「……ど、どうか俺と……け、結婚してくれ!」
――その声は、ハンバーガーショップの窓ガラスを震わせた気がした。
ポテトをつまんでいた学生カップルも、スマホを眺めていたサラリーマンも、店員さんまでもがこちらを凝視している。恥ずかしいなあ、もう。
「あのー……勇者様? 渡す相手、間違えてません?」
だって勇者様の心は、エリシア様のものだもんね。みんなが憧れる完璧で気高いお姫様。
「っ……!」
勇者様は耳まで真っ赤に染め、視線を泳がせた。
「ち、ちがうっ! これは……その……! ショコラテアの花祭りの儀式を真似しただけで! 深い意味はない!」
「そうなんですか。姫様のために練習してたんですね。私で練習相手になれるなら良かったです!」
私はパァッと笑顔になる。勇者様が姫様を喜ばせるお役にたてるなら、こんな光栄なことないじゃん!
異世界からわざわざこっちに来てまで練習するのは、向こうだと誰かに聞かれちゃうからかな? すごいね、それだけ本気なんだ。
「いやいやいや! 深い意味あるっしょ!」
横でポテトを頬張っていた莉央が机をドン!と叩く。
「え、今のガチプロポーズじゃん!? “結婚してくれ”とかフルスイング過ぎてウケるんだけど! 百歩譲って“好きだ”より重いし、マジでヤバすぎ案件!」
「ええぇ!? で、でも勇者様はエリシア姫様が大好きで……」
私が言った瞬間、勇者様の肩がビクッと跳ねた。
「な、なぜさっきから姫の名前が出る!」
「だって……そうですよね? 姫様をお慕いしてるんですよね?」
「ちが――っ……!」
勇者様の口が途中で止まる。頬がさらに赤くなって、うつむいてしまった。
――あっ、恥ずかしくて言葉にできないんだ。
……やっぱり勇者様って、姫様が好きなんだなぁ。うんうん。
「いや絶対ちがうし!」
莉央がツッコミを重ねる。
「今の顔、“陽葵のことしか勝たん”って全力で書いてあったし! マジで隠す気ゼロだから!」
「だ、だまれ! 俺はただ……っ」
勇者様は必死に言い返そうとするけど、声が裏返っている。
「……お前がいなくて、姫様が心配してたから迎えに来ただけだ!」
「やっぱり勇者様は、姫様のために動くんですねえ。それだけ好きなんて素敵です」
「なにそれ。ぜんっぜん違うくない? 勇者、必死に取り繕ってるだけっしょ?」
莉央はジト目で私を睨む。
「つかさぁ、陽葵ってほんっっっと人のことばっか応援してんじゃん。自分のことガン無視でさ。そろそろ気づきなよ」
「えぇ?」
「……もういい! 俺は、とにかく!」
勇者様が突然、私の手をがしっと掴んだ。
「お前を連れて帰る!」
「えっ!? ちょ、ちょっとまだポテト残ってる!」
「文句言うな! 俺には……………………!」
――え? 今、なんて?
「ねぇ、今“陽葵がいなきゃダメ”って聞こえたけど?」
「き、気のせいだーーーーっ!!!」
勇者様の怒鳴り声と同時に、白い光が視界を覆った。
「きゃあっ!」
「ちょっと! あーしまで転送に巻き込むなし! マジ勘弁なんですけどー!」
ハンバーガーショップの喧騒も、ポテトの香りも消え去っていく。
◇◆◇◆◇
次に目を開けたとき、そこは青空の広がる異世界の王都だった。
石畳の大通り、尖塔のそびえる城、きらめく噴水。
現実の街とは違う、物語の中のような光景が広がっている。
――私たちが召喚されたのは、異世界【イルワノール】。
そこは、魔物がいたり、魔法があったり、剣で戦ってたりする中世ファンタジーな世界だった。
魔王を中心とした魔物たちが、人間の王国を支配しようと侵攻していたんだけど。
勇者様と、召喚された私と親友の莉央、そして勇者パーティーの仲間と一緒に魔王を討伐。
最後に、勇者様とお姫様が結ばれて、めでたしめでたし。
二度と来ることはないと思ってたんだけど。
問題は、勇者様が照れ屋でお姫様とまだ結ばれてなかったってこと。
「わぁ……異世界だ……!」
「ちょ、勇者!!」
莉央が横で仁王立ちする。
「なんで陽葵を“結婚してくれ”なんて爆弾ワードで連れ戻そうとしたの!?」
「う、うるさい! 必要だからだ!」
勇者様はさらに赤面し、完全に口ごもる。
そっかそっか。勇者様ってば、一人じゃエリシア姫にどうアプローチしていいか分からないんだね。
しょうがないなあ、もう。
「……陽葵、絶対勘違いしてるっしょ」
「え? してないよ?」
◇◆◇◆◇
<第二王子 エルリック目線>
ああ、転移の波動だ。
勇者が戻った。しかも聖女ヒマリを伴って。
「父上、勇者が聖女ヒマリを連れて帰還したようです」
「……エルリック、やはりか。魔王討伐の褒章に、奴が唯一望んだ“古の指輪”。不要な骨董と思い授けたが、まさか異界へ通じるとはな」
父上の声に苦みが滲む。想定外だったのは確かだ。
僕も唇の内側で小さく笑う。驚きは共有しつつ、動揺は見せない。
「転移は本来、我が王家だけの秘術です。指輪が代行するなど、誰も予見できませんでした。そのせいで勇者はヒマリを連れ帰れた」
勇者はヒマリに恋していた。
だから一度ヒマリを元の世界へ返し、勇者と妹姫エリシアの縁を静かに固めたのち、改めて聖女を召し戻す――それが最も騒ぎの少ない手順。
僕が描いた、きれいな筋書き……だった。
「もっとも、指輪の性質は我らに利も運びます」
「ふむ?」
僕は父上の視線を受け止める。
「古の指輪は往復ののち、長い眠りに入ると聞きます。勇者はもはや指輪に頼って彼女を再び連れ去れない。再び帰す術は、王家の秘術に限られる」
父上の目が細まる。理解の光が宿る。
「つまり手綱はこちらに残るということだな、エルリック」
「はい。今は二人が留まるように形を整えて縛るのが得策です。勇者の反発は織り込み済み。心は時をもって導けばよいかと。やがて――然るべき形に収まります」
僕は一歩進み、微笑む。
「提案があります、父上。勇者と聖女をまずは王宮の内側に置きましょう」
「よかろう。してどのような形で彼らを縛り王宮に置くのだ。話してみよ――」
頷く父上の声を背に、僕は胸の内で計画の歯車を押し出す。
ヒマリ――。
今度は失敗しない。彼女との未来の為に、今は……耐えるしかない。
静かに、確実に。望む結末へ。
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次回は本日19時すぎに更新予定です。
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