17.鈍感聖女は、王城の闇に気づかない
重厚な扉が開き、私たち勇者パーティーは王の間へと進んだ。
煌びやかなシャンデリアの下、王様と王妃様が玉座に並び立ち、私たちを迎える。
「よくやったぞ、エルリック! 大手柄だ。さすがは私の息子だ!」
王様は声を張り上げ、まずはエルリック様を大絶賛した。
その目がちらりと私に向いた気がして、胸がドキッとする。
……え、なんで私を見るの? 褒められてるのはエルリック様なのに。
そんな私の横で、莉央が「ふーん」と口角を上げていた。
「勇気ある行動、そして見事な先読みの知略! まさに王国の誇り、未来を担う者だ!」
王様はさらに力強く頷いた。……ん? やっぱり今、私の方をちらっと見たよね?
なんで褒められてるのはエルリック様なのに、こっちを見るの?
続けて、王様の視線は私たち勇者パーティーへ。
「勇者パーティーの一行もよく戦ってくれた! 特に――聖女ヒマリ殿!」
「わ、わたし!?」
突然名指しされて、思わず背筋が伸びる。
「そなたの働きは実に見事であった。あれほどの力と献身……まさに理想の娘と呼ぶにふさわしい」
「まあまあ、そうですわね」
隣の王妃様まで柔らかく笑みを浮かべ、うんうんと頷く。
「ヒマリ様はお心も優しくていらっしゃるし……きっと素敵なお嫁さんになりますわ」
「え、あ、あはは……」
どう返したらいいのかわからず、とりあえず笑って誤魔化した。
その瞬間、勇者様が一歩前へ出る。
「待ってください! ヒマリは――仮とはいえ、私の妻です!」
「……ふむ、そうであったな」
王様は一瞬だけ目を細めたが、すぐに威厳ある笑みに戻った。
私はその様子にほっとして、小さく息をつく。
けれど、場の空気がどこかぴんと張りつめた気がしたのは、気のせいだろうか。
私は胸の前で手を組み直し、思い切って口を開いた。
「そういえば……今回の盗賊たちですが、操られていた形跡がありました」
「操られていた……? 誰にだ?」
王様の眉がひそめられる。
「以前、魔王軍と戦っていた時に、魔族のひとりが使っていた力と似ています」
勇者様の声も低くなる。
「その魔族は……討伐したのでは?」
「討伐しました。ですが――」
「それにだ」
王様は私の言葉をさえぎって手を上げた。
「奴らは自供した。すべて自分たちの犯行であると」
「でもさ、銀髪のリーダーは結局捕まってないじゃん?」
莉央が鋭く口をはさむ。
王様はわずかに間を置き、威厳を崩さぬ声音で告げた。
「その件なら調べは済んでいる。奴らの持ち物から銀髪のウィッグが見つかった。すなわち、正体を偽っていただけだ。――これ以上の詮索は無用であろう」
言い切る声音には、余地を与えない強さがあった。
「……っ」
莉央は口を閉ざしたが、表情は納得していなかった。
私の胸の中にも、ざらりとした違和感が残り続けていた。
まるで喉の奥に棘が刺さったみたいに、落ち着かない感覚が。
◇◆◇◆◇
謁見を終え、私たちは案内役に従って控えの間まで戻った。
けれど、侍従が去るのを待つと、すぐに自然と円を描くように集まった。
「ともかく、人質は助けられた。これで解決、ってことにしていいんじゃないかな?」
エルリック様は軽い調子で言った。
「エリシア様のお知り合いの侍女も無事でしたし……本当に良かったです」
「ほんとそれ! 助かって良かったじゃん!」
私と莉央は顔を見合わせて微笑んだ。
「……知り合いといいましても」
エリシア様が口元を扇で隠し、言葉を続ける。
「お城に上がったばかりの侍女ですわ。……少し、ヒマリ様に似た方でしたので顔を知っていた程度ですが――」
「えっ、私に似てた?」
思わず聞き返すと、エリシア様の顔が真っ赤になる。
「ち、違いますわ! 誤解なさらないでくださいまし! わたくしは決して、他の方に心を奪われたりなど――!」
必死に両手を振るその姿に、思わず笑ってしまった。
「いやいや、そこまで慌てなくても……」
「ヒマリ、やばくない? 完全にガチ惚れムーブじゃん」
莉央がニヤリと肩を突いてくる。
「……お前、本当に鈍感すぎる」
アルバートさんが小さくため息を漏らした。
私は苦笑いしつつも、あの謁見の場での違和感を思い出す。
「でも……やっぱり変だよ。あの盗賊たちの目、なんか正気じゃなかった……。ただの変装ってことで終わらせていいのかなって……」
自分でも不安げな声が出てしまう。
「マジそれ! なんか人間ってより、操り人形みたいでヤバかったし」
莉央の声に勇者様が重く答える。
「色欲の魔物、ベルサリスの……【魅了魔法】……」
勇者様が呟いた瞬間、空気が凍りつく。
――ベルサリス。
その魅了の力で、王国南部の街五つをまるごと支配した恐ろしい魔族。
討伐の時も、敵も味方も関係なく人の心を奪い、戦場は大混乱。
私たちが力を合わせてようやく討ち果たした、あの地獄の戦いが脳裏によみがえる。
「そんなはずはない! ベルサリスには、僕が自ら剣を振るい、とどめを刺したのだ。王家の誇りにかけて、見間違えるはずがない」
エルリック様は紳士らしい毅然とした声で言い切った。
「それに――魔族の持つユニークスキルは唯一無二、各々が一つしか授からぬ力だ。同じ能力を持つ者など存在しない。それがこの世の理なのだ」
その確信に満ちた言葉に、胸のざわつきがほんの少しだけ静まった気がした。
「……もし、いるとすれば」
アルバートさんが低く言葉を漏らす。
「もし?」
私が尋ねると、アルバートさんは苦い表情で続けた。
「……魔王」
「……だな」
勇者様も静かに頷いた。
「魔族のすべてのスキルを扱えるのは、魔王だけだ」
「でも魔王は……確実に倒したはずじゃん!」
莉央が声を震わせる。
あの時の戦いは鮮明に覚えている。
命を削るような攻防の末、勇者様の一撃が確かに魔王の胸を貫いた。
その直後、魔王の城そのものが崩壊し、漆黒の炎と共に跡形もなく消え去ったのだ。
逃げられたなんてこと、あるはずがない。
「念には念を。……僕が捕らえた盗賊に魅了解除の術を試してみるとしよう」
エルリック様が結論を出した。
「エルリックなら余裕っしょ! あーし、信じてるし!」
「……任せた」
「わたくしも……エルリックお兄様なら大丈夫だと存じますわ」
「私も……お願いします、エルリック様」
思わず私も言葉を添えていた。
みんなの声が重なり、自然と彼に視線が集まった。
全員がうなずき、彼に任せることにした。
――その瞬間。
ほんの一瞬だけ、エルリック様の背に黒い影がよぎったように見えた。
「……え?」
目を瞬かせた時には、もう何もなかった。
気のせい……だよね?
ただ、少し疲れているだけだ。きっと。
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次回は夜に更新予定です。
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