16.鈍感聖女は、銀髪の影を追う
――甲高い悲鳴を聞きつけて、私たちは一気に駆け出した。
カフェを飛び出し、声のした路地へ急ぐと、そこには呆然と座り込む一人の男がいた。顔色は真っ青で、肩を震わせている。
「お、おい……大丈夫か?」
アルバートさんが声をかけると、男はがばっと顔を上げた。
「オ、オレの……オレの店の仲間が……! カフェで働いてる彼女がさらわれたんだ!」
「ええっ!?」
思わず声が裏返る私。まさかの展開。いや、堂々と誘拐とかアリなの!?
「ちょ、それって例の誘拐犯じゃね? 噂になってたヤツ」
「……こんなに堂々とするものなのか」
アルバートさんが眉をひそめ、莉央は腕を組んで唸る。
私たちは慌てて男から詳しい話を聞いた。
「顔は……仮面で隠していた……だが、ひとつだけ覚えてる……。銀髪……とんでもなく、美しい銀髪の男だった……」
「銀髪……」
私たちは一斉に顔を見合わせる。そんな目立つ特徴のある人、そうそういない。
「陽葵、追跡の魔法とか使えないの?」
莉央が真剣な表情で私を見る。
「任せて!」
私は胸の前で手を組み、光の術式を紡いだ。
「――【追跡魔法】!」
地面に光の紋様が広がり、空中に王都の立体地図が浮かび上がる。そこに、赤い点がいくつも瞬きながら高速で移動していた。
「これって……」
「人攫いグループの足跡を可視化したのよ」
赤い点はまるで風のように王都の出口へ向かっていた。
「なにこのスピード! 馬車どころか、馬でも追いつけないよ!」
「相手も何らかの魔法を使ってるっぽいね。フツーじゃあり得ない速さだし」
「……地上を高速で移動できる魔法……勇者パーティーで使えるのはエルリックだけだ」
アルバートさんの言葉に、私はぐっと眉をひそめた。
「今から呼びに行っても、間に合わない!」
焦りかけたその時、赤い点のいくつかがふっと止まった。
「な、なにごと!?」
「ご安心ください、容疑者の一部を拘束いたしましたわ」
振り返ると、光り輝く魔法の杖を手にしたエリシア姫が、すました顔で立っていた。
「勇者様はすでに先行されていますわ。――まあ、あの方は勢いばかりで、後始末は結局わたくしの役目ですけれど」
お嬢様らしい皮肉を添えたその言葉に、私と莉央は苦笑い。
「……すげー、息ぴったりじゃん」
「……いや、皮肉まじりだろ」
「二人とも頼もしすぎる……!」
私たちも慌てて赤い点の方向へ駆けだした。
◇◆◇◆◇
王都を出た林の中――。
先に到着していた勇者様が、盗賊たちと激しく刃を交えていた。
鋭い剣閃がひとつ走るたび、敵は次々と地に伏していく。
だが最後に立ちはだかっていたのは、銀髪の男ではなく、大剣を振り回す筋骨隆々の巨漢だった。
「お前ら……ここは通さねぇ!」
咆哮とともに大剣が振り下ろされる。
勇者様が受け止めるも、衝撃で地面が大きく抉れる。
「くっ……!」
「ひまり! あたしらも行くよ!」
「うん!」
私と莉央、アルバートさんも戦場に飛び込む。
「――【雷槍の奔流】!」
莉央が杖を振りかざし、雷光の槍が空を裂くように巨漢へ突き刺さった。
だが相手は怯むどころか、大剣を盾のように振り回して雷撃を弾き飛ばす。
「なにそれ、硬すぎでしょ!?」
「なら――俺が受け止める!」
アルバートさんが突進し、転がっていた鉄の盾を拾い上げた。
次に振り下ろされた大剣を、正面から――。
「ぐぅぅぅっ……だが、止める!」
轟音と火花。衝撃で土煙が舞い上がる。
それでもアルバートさんは一歩も退かず、盾を押し返していた。
「アルバートさん!」
「マジ硬ぇ! 絶対止めるマンじゃん!」
莉央が笑い混じりに叫び、私は両手を広げる。
「――【聖域結界】!」
聖なる光の障壁が仲間全員を包み、巨漢の大剣の衝撃を和らげた。
その隙を逃さず、勇者様が鋭く剣を振るう。
「はぁああっ!」
火花とともに巨漢の体勢が崩れた、その瞬間――。
「――【拘束の鎖・強化】!」
エリシア様の声が林に響き、黄金の鎖が空間を裂いて現れる。
巨漢の両脚を絡め取り、さらに全身を縛りつけ、地面へと叩きつけた。
「ぐっ……! くそ……っ!」
地面に沈む巨漢。
勇者様が駆け寄り、両腕をがっちり押さえる。
アルバートさんはその上から体重をかけ、私は【封印結界】を展開して補強する。
「……ふぅ、これでやっと大人しくなったね」
「……やっぱエリシア様、半端ないわ」
「おほめいただいて光栄ですわ。……ヒマリが見てくださっていると思うと、自然と力が湧いてくるんですの」
「……助かったな」
「フン……お前らが遅いから、こっちはひとりで手間取ったんだぞ」
ツンと顔をそむけながら、勇者様がぼやく。
でもその手は、決して緩めず力強く巨漢を押さえつけていた。
――なんだかんだで、やっぱり一番頼りになるのは勇者様なんだよね。
五人でなんとか捕縛に成功。
少し遅れて衛兵たちが駆けつけ、周囲を取り囲んだ。
◇◆◇◆◇
鎖に縛られた巨漢は、地面に叩きつけられたまま荒い息を吐いていた。
その目は焦点が合わず、まるで深い霧の中に迷い込んだみたい。
「……様子がおかしい」
アルバートさんが眉をひそめる。
「ただの盗賊って感じじゃないね。なんか、目が……」
莉央も不安そうに呟いた。
私は胸に手を当て、決意して一歩踏み出す。
「――【安らぎの光】!」
青白い光が巨漢を包み、その濁った瞳にわずかな輝きが戻る。
私はすかさず問いかけた。
「さらった人はどこ!? どこに連れていったの!?」
荒い息の合間に、男はかすれた声を絞り出す。
「……森……南……はずれ……古い……小屋……」
「小屋!? 森の南……!」
莉央と顔を見合わせ、私はさらに詰め寄った。
「誰と一緒に!? 銀髪の男は!?」
「……リーダー……銀の……髪……そいつが……」
言葉はそこまでだった。
再び目の光が濁り、力なく地面に崩れ落ちる。
「おい! しっかりしろ!」
アルバートさんが揺さぶるけれど、もう反応はない。
私は息を呑んだ。
この感覚、知っている。
「……魔族に操られてる。これ……魔王討伐の旅で見たのと同じだ」
胸の奥に嫌な記憶が蘇る。
あの時も、人間が人間の意思を奪われて、ただ戦わされていた。
「じゃあ、この銀髪の男が……?」
「……関係してるかもしれない」
莉央の顔も真剣になる。
アルバートさんは黙って剣を握りしめていた。
「とにかく急ごう! まだ人質は無事かもしれない!」
「おっけ! 全力でいくしか!」
「……行くぞ」
「ぐずぐずしてる暇はない、走れ!」
「ヒマリ様のためにも、必ず救い出してみせますわ!」
五人でうなずき合い、私は杖を握りしめた。
◇◆◇◆◇
森を抜けると、小さな木立に囲まれた古びた小屋があった。
すでに周囲は近衛騎士たちによって完全に包囲されている。
「……なんでこんなに準備がいいの?」
「マジでタイミング良すぎじゃん。もしかして、あーしたち“おとり”にされてたとか?」
「……あり得る」
「父上の手回しでしょうか……それにしても早すぎますわ」
「……つまり俺たちは、最初から狙われるよう仕向けられていた……ってことか」
ぞくりと背筋が冷える。
そう話していると、見知った顔が歩み寄ってきた。
「やあ、来るのが遅かったね」
涼やかな声。
姿を見せたのは――勇者パーティーの魔導剣士、エルリック様だった。
「エルリック様!」
私が思わず声を上げると、彼は爽やかな笑みを浮かべて肩をすくめた。
「人攫いの集団なら、一足先に捕まえておいたよ」
小屋の中を覗くと、縛られていた“カフェ店員”の女性が保護され、気絶した盗賊たちが転がっている。
けれど――。
「……銀髪の男はいない」
アルバートさんの低い声が、場の空気をさらに重くした。
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